お茶会-1-
ウィルと会わなくなって数週間が過ぎた。
「あ、姉さん。今日も街に行くの?」
お昼すぎ、白いワンピースに着替え部屋を出ると、あの本だらけの木製の建物へ行く途中のクリスに会った。
「うん! この壊れた時計を直してもらうんだー!」
そう言って手に持っている動かなくなった時計を見せる。
ウィルには会えないままだけれど、私は変わらずよく街に顔を出す。
あぁ。ちなみに、クリスは私が街に行ってウィルに剣を習っていたことを知っている。
っていうか、私がクリスに言う前から彼は知っていた。
なんでだろうね。私、何も言ってなかったのにね。
「ははっ、姉さんが分かりやす過ぎるんだよ」
あ、また声に出てたのか。
「え!? ヤバッ! じゃあ、もしかしてお父様とお母様にもやリリィにも……?」
「うん。バレてると思うよ」
サラッとそんな事を言った。
え、やばくない!? それって非常にやばくない!?
「あれ、でも、なんで皆何も言わないの?」
そう、これだ。
皆、一応お嬢様の私がが剣を習ってるなんて許しそうにないのに。
「そりゃあ言わないよ。姉さんいつも楽しそうに街に行って帰ってくるから誰も止めないんだよ」
、うん。なんか……。
「なんか皆、優しいね」
そう言えばクリスは頷き、目を細め微笑んだ。
クリスは初めにこの屋敷に来た時に比べて表情が豊かになった。
まぁ、最初が無表情過ぎたのもあるけどね。
「あ! そうだ! 今日はクリスも街に行く?」
「んー……。まだ読みたい本があるし、止めとく」
うん。その理由、前も聞いたかなっ?
ていうか、それ街に誘う度に聞いてる気がするんだけどなっ?
どうやらクリスは街に出るよりも屋敷で本を読んでいる方が好きらしい。
「お土産話、楽しみにしてるね」
「うん!」
「あ! そういえばまだチビとキラに餌あげてないや。じゃあ姉さん、気を付けて!」
そう言ってクリスはパタパタと来た道を帰っていった。
ちなみに、チビとキラは春の収穫祭でゲットした例の金魚たちの名前ね。
チビは私が取った金魚で、キラはウィルが取った金魚。
私のは言わずもがな小さかったからで、ウィルのはなんか鱗がキラキラしていて綺麗だからって理由で決まった。
「さてと、街に行こっかなー」
1人そう呟き、時計を片手に歩きだそうとすると誰かに肩をガシッと掴まれた。
「うぉっ!?」
「お嬢様? どこに行かれようとなさってるのですか?」
リリィだ。
リリィの低い声は怖い。
普段高い声だから尚更。
「えっと、ちょっとお出かけにー……」
「何言ってるんですか。今日、何の日かお忘れですか?」
「え? 今日ってなんかあったっけ?」
誰かの誕生日?
「……お、お嬢様? ご冗談はおやめください」
そう言って「あははは」と笑っていたが、ハテナマークが大量生産している私の顔を見て段々その笑顔は引き攣っていった。
「っお茶会ですよ!! お・ちゃ・か・い!! 」
「あ、あぁ! お茶会ね、お茶会!」
ヤバイ、全く記憶にない。
「分かってないですよね!? 私ちゃんと先週言いましたよ!? 隣街のご令嬢が開くお茶会の招待状がお嬢様に届いたと! お嬢様、私が出席と出していいかと聞いた時ハッキリと『うん』と頷かれましたよね!? 」
肩を揺さぶられながらそう早口で捲し立てられた。
ヤバイ、本当に覚えてない。
と、ピタリとリリィの肩揺すりが止まった。
「お嬢様。お茶会ちゃんと行きますよね?」
じっと見つめられる。
「え、ドタキャンしちゃダメ?」
「ダメです」
即答だった。
考える間もなかった。
「だよねー。分かったよ、全く覚えてないけど行くって言っちゃったし」
自分で言ったことには責任はとらないとね。
と言えばリリィは目にうっすら涙を溜めてウンウンと頷いた。
「そう言ってくださって良かったです。まぁ、でもいくらお嬢様でもお茶会に出席しないわけないですよね。いくらお嬢様でも」
ん? リリィ? なんでそれ2回言ったのかなっ?
でも、確かにお茶会は大切だ。
お茶会は13歳になった貴族の女の子なら誰でも開ける男子立ち入り禁止のパーティ。
まぁ簡単に言うと女子会だ。
だから私のお茶会はこれがお初。
自分にとって最初のお茶会を断るということは、女の子という集団から外れたいという意思表示にもなる。
つまり、一生、女という性別の人に話し掛けられないし、目も合わせてくれなくなるってこと。
当然、自分から話し掛けても無視される。
この世にいる人類の半分が女だというのにそれって地獄だと思いません?
記憶にないとはいえ出席するって答えた私は本当に偉い。
自画自賛だ。
あ、ちなみにそのお茶会ってのは貴族だけじゃなくって、平民の子とかも招待状を受け取れば出席出来る。
まぁ、でもそれを受け取った平民の子は正直行きたくないと思うよ。
だって貴族の子に『食べ方が下品だわ。さすが平民』となんとか言われて笑い者にされて終わりだもん。
実際に見なくてもそんなこと簡単に想像できる。
私は前世はごく普通の一般人だったけど、その前世の記憶を思い出す前のティナがしっかりと礼儀作法を習っていてくれたから私はなんの苦労もなくそれを習得できた。
あれだね。覚えてないけど身体は覚えてるってヤツ。
にしても……。
「ね、リリィー、ワンピースじゃダメー?」
「ドレスですね」
ですよねー。
私、ドレスごちゃごちゃしててあんまり好きじゃないんだよなー……。
そう思っている間にもリリィにピンクのふわふわのドレスを着せられ、茶色のセミロングの髪もいじられあっという間にシーナ家のご令嬢ティナが完成。
いっつも鏡見て思うけど、これ誰よ。
軽く詐欺じゃね?
「さ! 時間もあまりありませんし、そろそろ行きましょうか」
「そうだね」
それからリリィと私は馬車に乗り込み、日が傾き出した頃にクリスとお父様とお母様と屋敷の人達に見送られて隣街の屋敷に向かった。
クリスに『あれ? 街に行ってるんじゃなかったっけ?』みたいな顔をされたのは言うまでもない。
クリスごめん。帰ってきたらちゃんと説明するから。