咲き誇る薔薇と、冷たき氷の公爵
王立貴族学院の午後の休み時間。
陽光が注ぐ豪華な中庭のガゼホで、私――エルザ・フォン・ヴァルハイト伯爵令嬢は、優雅に扇子をあおぎながら、取り巻きの令嬢たちを従えて座っていた。
「まあ、エルザ様。今期のドレスの流行は、やはりヴァルハイト伯爵家が主導なさるのですわね」
「当然ですわ。カルステン公爵家の未来の妃となるエルザ様ですもの。学院のどのような令嬢も、エルザ様の美しさには敵いませんわ」
クラリスとシャロンという二人の取り巻きが、私を持ち上げるように笑いかける。
私は満足げに口元を扇子で隠し、うっとりと目を細めた。
「ふふ、当たり前ですわ。私とアレクセイ様は、幼い頃から決められた完璧な婚約者同士。カルステン公爵家にふさわしいのは、最高位の淑女教育を受けた私だけですもの」
私は本気でそう信じていた。
高飛車で高満、周囲の生徒をどこか見下し、気に入らない下級生には容赦なく圧力をかける。それが「ヴァルハイト伯爵家の誇り高い令嬢」としての正しさと確信していたのだ。
だが――私にはどうしても手に入らないものがあった。
それは、婚約者であるアレクセイ・フォン・カルステン様の心だ。
「おい、エルザ。また中庭を占有して取り巻きと騒いでいるのか。不快だ」
冷ややかな声が、頭上から降り注ぐ。
振り返ると、黒髪に冷徹な紫の瞳をした美青年――生徒会長であり、私の婚約者であるアレクセイ様が立っていた。
その瞳には、隠そうともしない苛立ちと、私に対する底知れない冷酷さが宿っている。
「まあ、アレクセイ様! お会いしたかったですわ!」
冷たくあしらわれても、当時の私はまったく懲りなかった。
いつか彼の冷たい氷を溶かしてみせる。彼に愛されるのは私だけだと証明してみせる。そう信じて、甘い笑みを浮かべながら強引に彼の腕に抱きつこうと歩み寄った。
「私、あなたのために最高級の紅茶をご用意させましたの。どうぞ私とお茶を――」
「触るなと言っている」
アレクセイ様は私の手を冷たく振り払った。
私の指先が空を切り、取り巻きの令嬢たちが息を呑むのが分かった。恥ずかしさと悔しさで胸が潰れそうになる。
なぜ? どうして私を見てくださればいいのに。私はこんなにもあなたを愛しているのに――。
その時だった。
「あ、アレク! 探したよー!」
可憐で愛らしい声が響き、金髪を揺らした少女が駆けてきた。
平民上がりの特待生として編入してきた、男爵令嬢のマリアだ。
「マリア……走ると危ないと言っただろう」
その瞬間、私の世界は残酷に引き裂かれた。
私には一度たりとも見せたことのない、溶けるように優しく柔らかい笑顔。
アレクセイ様は嬉しそうにマリアを迎えると、自らの手で彼女の乱れた前髪を優しく整え、親しげに「アレク」とあだ名で呼ばせるのを許しているのだ。
「ごめんなさい、アレク! 生徒会室の資料室で迷ご子になっちゃって……」
「まったく、君は僕がついていないとダメだな。……怪我はないか?」
「うん! アレクがいてくれれば平気!」
鈴を転がすような笑い声をあげる二人。
私に向けられる氷のような冷徹さとは正反対の、甘く、特別で、誰も立ち入れないあたたかな空間。
(どうして……私という婚約者がいるのに! どうしてあの女にだけ『アレク』なんて呼ばせて、そんな顔で見つめるの……!?)
激しい嫉妬と屈辱で、視界が真っ赤に染まる。
怒りに震える私は、二人の間に強引に割り込もうと、取り巻きを押しのけて踏み出した。
「マリア様!! あなた、いくら幼馴染だからと言って、私の婚約者に気安く触れないでちょうだい!!」
「ひっ……エルザ様……!?」
怯えるマリア。私を庇うように一歩前に出るアレクセイ様。
怒りで頭が逆上していた私は、足元のドレスの裾に気づかず、そのまま派手に躓いた。
「――あっ!」
「エルザ!?」
視界が激しく揺れ、私はガゼホの石畳の階段へと激しく転げ落ちていった。
ガッ――ン!!!
頭部に凄まじい衝撃が走り、暗転する視界の中で、私の「記憶」が音を立てて崩れ落ちていった――。




