表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら薬草だった件 ~最強の根を張るのは、異世界の大地の上で~  作者: parade


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/25

十一話「薬師の師匠」


 宿場町の朝は霧の中にあった。


 ガリウスが厩の馬に水を与えているあいだ、レインはリコの鉢を抱えて市場へ出た。リコに朝の光を当てるためと、今夜の薬草の仕入れを兼ねて。


 市場はまだ人が少なかった。野菜売りが荷を並べ、豆腐売りが声を上げ始めたばかり。その端に、薬草商の露店が一軒だけあった。


 年老いた女が、一人で座っていた。


---


 レインは足を止めた。


 「アルマ先生」


 女は顔を上げた。七十に近い顔に刻まれた皺が、ゆっくりと動いた。


「……レイン」


 アルマ=ヴォルトは、レインが薬師の基礎を学んだ師匠だった。王都リュミエールに弟子を持ち、辺境を旅しながら薬草を採取し続ける、この世界では珍しい独立した薬師。


 三年ぶりだった。


「こんなところで何を」


「仕入れですよ。先生こそ」


「わたしも仕入れ」アルマは短く言った。「それと、様子見」


 様子見、とレインは繰り返した。


「何の」


 アルマは答える代わりに、レインの腕の中のリコを見た。


 老いた目が、細くなった。


 「……神樹の花」


 声が低くなった。周囲に聞こえないほど。


「先生、何ですかそれ」


「古い名前だ」アルマは立ち上がった。骨の音がした。「人の多いところで話す内容じゃない。宿はどこだい」


---


 宿の一室に四人──三人と一鉢──が集まった。


 アルマはリコの鉢を卓上に置き、しばらく無言で観察した。花弁の色、葉脈の走り方、土の質、根が鉢底からわずかに出ている様子。それからおもむろに、自分の右手をリコの葉に近づけた。


 触れる直前で、止めた。


 レインはその手首に気づいた。古い傷。蔦が食い込んだような、あるいは縄で縛られたような、複雑な形の痕が、手首の内側にあった。


「……先生、その傷は」


「昔の話だ」アルマは手を引いた。「それより、この花がどこで見つかったか話しな」


 ガリウスが経緯を説明した。森の中、呪詛の魔石、魔素雨で一時的に人の姿に。アルマは途中で何度か目を閉じ、何度か小さく頷いた。口は挟まなかった。


 すべて話し終えたとき、アルマは言った。


「運が悪い子たちだ」


「何で運が悪いんですか」


「巻き込まれるからだよ」


 アルマは卓に肘をついた。


「知ってるか。五百年前、この大陸には一本の巨大な樹があった。神樹と呼ばれた。大地のネットワークそのものを束ねていた、根の中の根。それが枯れたとき、大陸の三分の一の魔素が一晩で消えた」


「……知らなかった」レインが言った。


「教科書には載らない話だからな。政治的に都合が悪い」アルマは皺だらけの指でリコの葉のそばを、触れずになぞった。「神樹が枯れた原因は、今でも議論がある。でも古い記録には一つの説がある──神樹は枯れたんじゃない。封じられた、と」


 部屋が静かになった。


「封じられた」ガリウスが繰り返した。「誰に」


「それを知りたければ、王都へ行けばいい」アルマは初めて笑った。でもそれは、明るい笑いではなかった。「答えは神殿の台座の下に埋まってる。五百年かけて、ゆっくりと──目を覚ましつつある」


 リコの花弁が、震えた。


 全員がその動きを見た。


---


 レインは問いを重ねた。


「神樹の花、って何ですか。この子のことですよね」


「神樹の末裔、とでも言えばいいかな」アルマは静かに言った。「神樹の意志が、新しい器を求めて──どこか別の世界から魂を呼んだ、という伝承がある。器として相応しい魂を」


「器」ガリウスが眉を下げた。「それって」


「道具、ということだ」アルマは目を逸らさなかった。「この子がそれを望んだかどうかに関係なく」


 沈黙。


 ガリウスはリコを見た。リコは──動かなかった。香りも出なかった。ただ、花弁が少しだけ閉じていた。


「一つ、言っておく」アルマが続けた。「神樹の花は二度咲かない。一度その力を使い果たせば、あとには何も残らない。器は空になる」


 レインの顔が青ざめた。


「それって」


「言った通りの意味だ」


---


 アルマが帰り際、レインに小さな革包みを渡した。


「必要になったとき、開けなさい。それまでは開けるな」


「何が入って──」


「開けるなと言った」


 アルマは戸口で一度振り返り、リコを見た。


「……ごめんよ」


 それは誰に向けた言葉か、レインには分からなかった。


 扉が閉まった。


---


 三人と一鉢、宿の部屋に残された。


 ガリウスはしばらく黙っていた。レインも黙っていた。


 リコも、ずっと黙っていた。


 (器)


 その言葉を、リコは反芻していた。


 否定できない。自分の根が、力が、この世界の何かと繋がっていることは感じていた。でもそれが「意図されたものだ」と言われると、話が変わる。


 転生は、偶然ではなかったのか。


 「あなたは何を愛していたか」と問いかけた声が、今になって別の意味を持つように感じた。


 好きだと言ったから、植物にしたのではなく。


 器に相応しいと判断したから、引き寄せたのか。


 (わたしは、最初から──)


 花弁が、一枚、卓に落ちた。


 ガリウスが、黙ってそれを拾い上げた。


 「リコ」


 名前を呼んだだけだった。


 でも、それだけで良かった。


 リコは──ゆっくりと、残った花弁を開いた。


 答えの出ない問いを抱えたまま、それでも光の方へ。


 根は、まだここにある。


---


 夜。


 レインが眠った後、ガリウスは窓の外を見ていた。


 霧が深くなっていた。


 街道沿いの木の影が、昨日より一本、少なかった。


 彼は振り返り、暗がりの中でかすかに輝くリコの花弁を見た。月光でも受けているのか、白く光っていた。


「行かない方がいい、って言ったら、お前はどうする」


 リコは答えなかった。


 ガリウスはそれを、答えとして受け取った。


「……そうだよな」


 彼は壁に背を預け、目を閉じた。


 王都までの道は、もう引き返せないほど短い。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ