ホワイトチョコオレ
自動販売機というと、どうしても高校時代を思い出す。わたしは二回高校に入学したことがあるから、思い出す学校が二校あるのだが、鮮明に覚えているのは二度目の農業高校でのことだ。
農業高校は公立だったから、最初に入った私立の自称進とはまるで自販機コーナーの規模が違ったが、わたしにとっては自販機が三つ並んでいるだけの中庭が好きだった。
農業高校時代、ハマって飲んでいたのは『ホワイトチョコオレ』だ。昔からわたしは変わった飲み物が好きで、それでラベンダー味の飲み物があまりにもトイレの芳香剤すぎて飲み込めなかったことがある。このホワイトチョコオレは、想像通りのホワイトチョコレートの味のこっくりした舌触りの飲み物で、お世辞にも喉が渇いたときにがぶ飲みするような代物ではなかった。
買っている人間をわたしの他に見たことがない。わたしが所属する動物科、食品科、グリーン科、土木科、植物科とクラスがあって、それぞれ三学年あるわけだから、六百人は生徒がいて、職員も普通科教員、農業科教員、事務員、作業員と五十人くらいはいたはずなので、そのうちの一割くらいが認知していたとしても、六十人はホワイトチョコオレを知っているはずだ。それなのに、在学中(と言っても、壮絶ないじめに音を上げて十ヶ月で辞めてしまったが)一度もそんな人間を観測したことがない。
しかしホワイトチョコオレは春・夏・秋とそこに居続けた。どうなってやがる。
わたしにとって農業高校での生活は、普通科の勉強は目を瞑ってでもできるほどチョロくて、定期テストでは満点を取れていたが、農業科の勉強はなかなか骨が折れた。実験動物の動物倫理の勉強は結構難しかったし、農業高校生徒は全員通るFFJ検定の勉強も本気で取り組んだ(それで一年の夏に上級を取ってしまい目をつけられたのだった)。畜産の授業では家畜の品種を呪文のように唱え、農業の授業ではリン・カリウム・窒素の比率や、各種野菜の特性などを暗記し、実習では毎回違うことをさせられ(一年生は固定実習ではなかったので)、農業当番の搾乳は、乳牛たちの機嫌を損ね、しっぽで打たれることなども多々あった。
そんな毎日の中で、脳は常に糖分を求めていた。その最適解がホワイトチョコオレだった。
「なにそのジュース、長尾ちゃんしかそんなの飲まないよ」
とゲラゲラ笑われたこともよくあることだったが、わたしにはこれが高校生活の一部だったから、辞めるに辞められなかった。
いまでも自販機の前に立つと、ホワイトチョコオレを探している自分がいる。いつでも探しているよどっかに君の姿を、と山崎まさよしも頭の中で歌い出す。ああ、こんなとこにいるはずもないのに。
特に実習終わりの、水曜の夕方。実習服のまま中庭のベンチに座り込み、ストローで吸うホワイトチョコオレは最高だった。仕事終わりに飲むビールってこんな感じかな、なんて思ったりもした。
仕事終わりに、といえば。同じようなシチュエーションになったことが数年後にある。
わたしは農業高校を辞めたあとも、畜産獣医の夢を追い続け、仔牛を育てる牧場でバイトしていたことがあった。そこは山の中だったので、最寄り(徒歩一時間半ほど)の駅まで私鉄で行き、そこからデマンドバスで出勤していた。
冬だった。牛の哺乳瓶を高圧洗浄機で洗うのが主な仕事だったから、どうしても服が少し湿って、寒いなと思いながら、バイト先の最寄り駅で帰りの電車を待っていた。駅の自販機は一台しかなく、そこで仕方なしに買い続けていたのが温かいミルクティだった。
申し訳程度に飾られたイルミネーションを無表情に眺めながら、寒いなと思いつつ啜る缶のミルクティが、これまた沁みた。たまに職場のおじさんがお菓子をくれたりして、電車待ちの三十分のうち十分はそうやってぼけーっと過ごしていた。
当時のわたしは、牧場のバイトと、母の宅配の仕事の補佐を掛け持ちしてお金を稼ぎながら、獣医学部に入れるだけの勉強をこなしていたから、電車待ちの残り二十分は、スマホで講義動画を見ていた。テキストなしで見られたものだから、たぶん古文文法か生物だったと思う。
そんな時代もあったなあと、今日は職場の自販機を眺めていた。いまの職場は事務所にウォーターサーバーがあるので、家から水筒で持ってきた麦茶と、ウォーターサーバーの水で喉は潤う。
思えば、最近はめっきり自販機の飲み物を買わなくなった。家計簿をつけていると、明細が残らない小銭の行方みたいなものは初めから断ってしまいたくて、電子マネーで買えない自販機では買わないし、そもそもコンビニの方が安いからそっちで買う。まあ、退勤に一時間半かかるから、途中でたばこが吸いたくなって絶対にコンビニに寄るということもある。
ホワイトチョコオレ……いまも売っているんだろうか……。またお目にかかりたいものだな。




