【87】聖女様とパレード(4)
[青い水晶宮]の主人の執務室。
ここにオルフェル第三王子と臣下の主だった面々が揃っていた。いよいよ今日正午の鐘の音に合わせて、パレードが行われる。その最終チェックをしているところだ。
急なイベントで不備も多いが、安全面の強化を念頭に準備を進め、粗方完了した
「馬車は観客から一定距離を保つように!そして不用意に馬車に近付く者がいたら、容赦なく魔法で弾き飛ばせ」
オルフェルはお抱え魔法士に指示をだす。空気を圧縮して発射する魔法は威力は無いが相手を無力化させるには丁度いい。
それにしても……オルフェルの想像以上に人が押し寄せた。もちろん王都から離れたこの地に、国王夫妻が訪れてパレードを一緒に行うこともこの大人数に拍車をかけているだろう。
オルフェル自身も国民から高い人気が有ることも、分かっている。だが……なんと言っても花嫁となったラフィーネの人気が凄まじい。
記憶を失くした15歳の平民の、王子妃へ駆け上がるシンデレラストーリー。『まだ子供のよう』だという話や『いや美しい少女である』という噂が駆け巡り、何はともあれこの王国一の人気者の王子の心を射止めた、王国一の幸せな女の子を一目見ようと周囲から人が押し寄せたのだ。
それに夢見る平民の少女達の間に
『世紀の花嫁を一目見たら幸せな良縁に恵まれる』
そんな真しやかな噂が広まり、女性率も高い。
オルフェルの家臣達は最終チェックを終え解散し、各地の指定の場所へと赴いた。
そこへ来客があった。
来客というより、挨拶と言っていい。
隣国フリーデン王国アスタリス領の領主補佐をしているフェルデ侯爵だ。かつては伯爵であったが、来年王となるエルデリン王太子の懐刀としての活躍が認められ侯爵となり、今は来月アスタリス侯爵となるアーサー王子の補佐をしていた。
結婚式にも出席し会談も終えているが、パレードを一目見て帰国となるので、その前の挨拶となったのだ。思わぬ時間が出来たのでオルフェルはラフィーネを呼んで、フェルデ侯爵との面会となった。
オルフェルにとっては同盟国フリーデン王国との友好の為にも、領地を接しているアスタリス領との今後の関係に置いても、そのままホイホイと帰らせる訳には行かないのだ
「これはこれはこの忙しい最中、御揃いで出迎えて戴けるなど、恐悦至極でございます」
「こちらこそ遠路遥々お越しに成られたのに、ロクなおもてなしも出来ず心苦しい」
応接室でフェルデ侯爵と挨拶を交わす。フェルデ侯爵は50代の灰色の髪の男だ。柔和な顔をして微笑みを絶やさないが、オルフェルにはその隠された武人の本質を見逃さない。
主のアスタリス侯爵を暗殺された家臣団や騎士団を糾合し、反第二王子派の急先鋒として多くの者達を血祭りにあげてきた。一筋縄で行かない人物であり、この人物を結婚式に送ったのも両国……そしてオルフェル王子とアーサー王子の両者の関係を重視している証だろう。
紅茶を楽しみながら短い面談は続く……
「それにしても奥方様は噂に違わぬ……いや……それ以上の美しさですな。所作のひとつを見てもとても平民出身の方とは思えませぬ。イヤ失礼!貶めるつもりはサラサラなく、紛うこと無き本心!!いやはや失言お許し頂きたい」
「何よりの褒め言葉でございます。わたしは平民であることに何ら含みはございません。むしろわたしは平民であるわたしへも分け隔てなく接して下さったオルフェルにこそ、感謝してもしきれません」
「いやはや……そう言って頂けると……ありがたい」
フェルデは柔和な瞳の奥から、隣国のしかも隣の領地の新しい領主夫人を見る。初め会った時には、まさに少女の皮を被った子供だったが、結婚式での奇跡を目の当たりにして認識を改めた。
所作が平民出にしては美し過ぎる。こればかりは一朝一夕には身に付かない筈。一年と半年の間人格を失い、今も記憶が戻っていないようだが、フェルデはこのラフィーネという少女は没落貴族の御令嬢だと踏んでいる。
身のこなし、品。どれを取っても非の打ち所がない。
これなら来月、夫婦揃ってアスタリス領へ訪れても大事には至らないだろう
「フェルデ殿。来月我々は新婚旅行も兼ねて貴国を訪れようと思っている。アスタリス領にはどのような観光地があるかな?」
「無骨ながら美しい風景が広がっておりますな。
しかしながらこの[湖上の宝石]と吟われる[青い水晶宮]にはとても及びません。観光よりも文化の違いや人との交流をお楽しみください」
ダルイ子爵によりズタズタにされたアスタリス侯爵領の復興に懸かりきりのフェルデには、観光地を把握する余裕など無かったので、ありきたりな説明で逃れた。
オルフェルが身を屈めて
「ところで……帰国を早めたのは、あの事件の影響もあるのかな?まだ犯人は見付かっていないとか?」
事件とは半月前に起きた第二王子だったガーフィル伯爵殺害事件である。初めは火事による死亡事故だと思われた。だが一族諸とも焼け死んだ。
女性も子供もまだ産まれて間もない乳飲み子もや、後継者も使用人も護衛の騎士も含めて200人以上が火事で焼け死んだ。
幾ら夜中の失火だからといっても、誰一人として逃げる者が居ないのは解せない。ガーフィルは方々に怨みを買っていた。その怨恨によるものだというのが専らの噂で真相に近いだろう
「貴殿は我々をお疑いで?」
「いやいや。微塵も。貴公ならこんな派手な事をなさらず、ガーフィル殿は人知れず病に倒れ亡くなることでしょう」
フェルデとオルフェルは失礼と承知しつつ、祝いの場にそぐわない話題で牽制しあった。だがそれは、お互いが認め合っているということでもあった
「わたし!アスタリス領の訪問が楽しみでございます!
なぜか知りませんが、心のワクワクが止まりません。
わたしと同い年の新しい御領主様にお会い出きるのを、心待ちにしております!
フェルデ様。是非そのように御伝えくださいませ」
剣呑な雰囲気に無邪気に割って入るラフィーネ。毒気を抜かれたフェルデは元の柔和な顔に戻り
「しかと承りました妃殿下様。
我が主アーサーも妃殿下様を一目見れば、きっと自身にも美しい花嫁が欲しくなるでしょうからな」
フェルデは女に興味を持たないアーサー王子を思った。
誘拐され行方不明になった少女を今も探している。生死を問わずアイラという名の少女の行方が分からぬ限り、結婚や婚約への踏ん切りが付かないのではないか?
フェルデはそう思っている。
愛する者を失ったアーサー王子の心の傷は、未だ癒えてはいない。




