【86】聖女様とパレード(3)
「誰だ貴様は!何処から現れた!」
部屋の中に突然現れ殺人予告をする男を、ガーフィルは立ち上がり睨み付けた。男はゆっくりと近付いてくる
「ボク?ボクはねぇ~誰だっていいじゃん。
だって今ボクが言ったよね。
君は死ぬってさ!ひひゃ!」
男は奇妙な笑い声をあげた
「誰か!誰か居らぬか!侵入者だ!
こやつを始末しろ!」
ガーフィルが怒鳴るが屋敷は静まりかえっている
「無駄無駄むだだよぉ~。だってみんな眠っているもん。ボクとボクの忠実な部下達がやった。
あ~殺した訳じゃ無いよ。魔法で夢の世界へ旅立って貰っているのさ。ところで確かめたいことがあんだけど……」
フードの男が一歩歩みを進めると、ガーフィルは酒によろめきながら立て掛けてあった剣の束に手をかける
「ギャッ!!」
ガーフィルは剣から思わず手を離した。剣が熱を帯び、握れなかった
「いやはや魔法って便利だねぇ。使い方によっちゃこうして武器を無効化出来るからねぇ~」
「くっ!来るな!」
「あのさぁ~聞きたいことあんだけどさぁ~。
あんたアスタリス侯爵家の馬車を襲って暗殺したんだよねぇ」
「だったらどうした!咎める気か?
そのせいでこんな不毛な地へ送られたのだ!
ギャァアアア!」
いきなりガーフィルの右手が燃え上がった!赤々とした炎が暖炉よりも明るく部屋を照らす
「いやね。ボクとしてはアスタリス侯爵なんて死んでいようが殺そうがどうでもいいのぉ。でもねぇ。オババ様の大切な娘を殺しちゃったでしょう?
それが許せない分けよ」
「はぁはぁはぁ……オババ様?娘?」
右手の炎が消え、火傷の痛みに耐えながら、ガーフィルは疑問を投げ掛ける
「オババ様?オババ様はオババ様さ。
ボクの国では[聖女]と崇められているけどねぇ」
「聖女?ファルシア王国の者か?」
「御名答!君は馬鹿だけど、馬鹿なりに頭は使えんだねぇ!
知ってる?オババ様。すっごく甘くて良い香りがするんだ。魔力の香り。聖女だからかな?分かんないけどすっごく良い香り。
でさ。その娘……ボクにはおばさんになるけどさぁ~。彼女の匂い嗅ぎたかった訳。味わいたかった訳。でも君~殺しちゃったじゃん?無理じゃん?だから君を殺すの」
──なんだこいつ?
ガーフィルは男の言ってることが分からない。何をどう突っ込めばいいのか分からない
「ギャア!止めろ!止めてくれ!」
今度は両手に火が付いた。火は燃え広がり手から腕。腕から肩へと炎が伝っていく。ガーフィルは余りの熱さに床を転げ回る。それをニタニタと嬉しそうに見物する男は
「ボクねぇ。ずっと楽しみにしていたことがあるんだぁ~何だと思う?」
ガーフィルの両足からも炎が吹き出し、それどころではない
「わっかんないよねぇ~。ボクはねぇ~。ずっと屋敷に閉じ込められていたのさぁ。でも安心してぇ。酷い扱いはされてないよぉ。軟禁ってやつ?贅沢していたしねぇ。
でも外には出して貰えなかったのぉ。
おっと衰えてきたねぇ~。もっと燃料をくべないと」
「ギャアアアアア!!!!!!」
男はバッと両手を広げると、ガーフィルの全身が燃え上がる
「ひゃは!これで明るくなった!
それでねぇ。父様がねぇ。聖女と番になったら王様にしてくれるって言ってね。聖女を見つけて来いって外に出してくれたのさぁ!
それでねぇ。真っ先に会いに行ったのぉ!レイアちゃんに!レイアちゃんって知ってる?ねぇ」
男は右手を高々とあげ、パーに広げた指を固く握った。
するとガーフィルの全身を包んでいた炎が消え、黒々とした残骸が横たわっていた。男は覗き込み
「なんだ?もう死んじゃったの?つまらないなぁ~!
あっそうそう!そのレイアちゃんもオババ様の血を受け継いでいるからさぁ!綺麗な青い髪してるって聞いてるしぃ~。どんな香りかなぁ~なんて楽しみしていたのに~。死んじゃっててさぁ。ざ~んねん」
男はガーフィルの残骸を蹴り
「焦げたオジサン。君のせいだよ君のせい。
もしレイアちゃんが生きていて、オババ様のように甘くて蕩けるような良い香りだったら、ボクが拐って飼って可愛がって全身愛でてあげたのに……ボクの愛情を受け損なって……レイアちゃんも報われないよ。だろう!」
思い切り蹴りあげると、ガーフィルの真っ黒な頭が飛んで暖炉の中へ飛び込んだ
「よしよし。ちょっとは腹の虫が収まったかな?
次は……ダルイって野郎を殺しに行かないとね。
ホント……ダルイよ……な~んてね!」
男は窓辺に立つと下を見下ろす。月明かりに薄く照らされた地面が見える。ここ三階からは高低差がある。が……
「よっと!」
男は躊躇なく飛び降りる。激突間近で身体が止まり、ゆっくりと地に降り立つ
「じゃ!最後の仕上げとまいりますか!ほいっ!」
男がバッと両手を大きく広げると、屋敷が赤々と燃え上がった!
「あ……みんなあの中で眠ったままだった……まっいっか!」
男はフードを取り青い長髪をさらけ出す。
美少女と見紛うばかりの美しき容姿を持った少年であった
「ひゃはは!!すっごい綺麗だなあ~っ!」
紺色の瞳には、夜空に燃える屋敷を映しだしていた。