【85】聖女様とパレード(2)
ここはフリーデン王国辺境の地。
ギルメス伯爵領。
ここに高貴な身分を剥奪された男が燻っていた。
石造りの無骨な城の一角。
春でも暖炉に火をくべないと寒さをしのぎ切れない。
四十過ぎの壮年の男は、暖炉の前の椅子に腰掛け、一人やけ酒をあおっていた
「くそ!見てろよ!エルデリン!このままで済むと思うな!」
男は異母弟の名を呼び、グイッと酒をひと飲みしに喉に流し込んだ。空になったグラスに乱暴に酒を注ぐ。
こぼれようが、お構いなしだ。
男のかつての名前は
ガーフィル・ブラックドラゴン・フリーデン
第二王子だった。
ガーフィルは第一子だったが側室の子で、数日遅く生まれた王妃の子エルデリンに第一王子の座を譲らなければならなかった。
順調に育ち成人した二人。
だが異母弟は王太子となり誰もが羨む栄光の道を歩きだし、ガーフィルは日陰のまま。
ガーフィルが黒髪に黒い瞳。
対してエルデリンは金髪碧眼。絵に描いたような完璧な王太子だ。
フリーデン王国の建国神話にはドラゴンと姫の恋物語がある。ある小国の姫を見初めたドラゴンが人間の姿と成って姫と恋に落ち、子供を成した。
その子がドラゴンから受け継いだ強力な魔力を駆使して、小国から大国へとなった。
その偉業を称え、王族男子にはミドルネームにドラゴンの名をつけることになっていた。
エルデリンは栄光を表すシャインを与えられ
エルデリン・シャインドラゴン・フリーデン
そう相応しい名前を与えられた。
対してガーフィルは黒髪から取ってつけられたような
[ブラックドラゴン]のミドルネーム。
その差は歴然だった。
ガーフィルはエルデリンに取って変わる野望を抱き、今の境遇に不満を持つ者や王国に含みをある者を密かに糾合し勢力を築いていった。王太子と天と地とも広がった差も徐々に埋まり、引きずり下ろす算段も見えてきた。
だがある出来事から歯車が狂いだした。
王太子の親友で、王太子派の有力貴族のアスタリス侯爵夫妻の馬車を強襲し暗殺した。
その成功の報を聞き、王太子の片腕をもいだのだから決定的な打撃を与えたと、ガーフィルは狂喜乱舞した。
だがそれは王太子エルデリンの逆鱗に触れた。
今まで静観していたかのように、突然獰猛な牙を向けてきた。
今までは、ガーフィルがエルデリン側の要人を暗殺や脅迫、恐喝や罠に嵌めたりしても反応が薄かった。けれど、アスタリス侯爵の暗殺以降はガーフィル側の人間が一人二人と消えだした。
特に誤算だったのはアスタリス侯爵の後釜にダルイ子爵を送り込んだのに、その強力な家臣や騎士の者達を傘下に加えられなかったこと。
それどころかアスタリス侯爵の家臣や騎士団はダルイ子爵を見限り王太子側へ流れ、ガーフィルへの復讐を誓った。
ガーフィルの関与は噂に過ぎなかったが、清廉潔白な人格者のアスタリス侯爵夫妻を暗殺するなど、王太子の政敵のガーフィルしか有り得なかった。
証拠が無いだけで、いわば公然の秘密というものだった。
個人的武勇に優れたアスタリス騎士の面々は王太子派の要人の警護に回り、ガーフィル派の放った暗殺を何度も防いだ。更に凶悪な刃と化し、ガーフィル派の武闘派の者達の命を奪った。
ダルイ子爵は領主代理であったが、アスタリス家臣団から見限られ完全に孤立した。
そして……激しい泥沼の権力闘争は、アスタリス侯爵家の元騎士や家臣達の助けもあり王太子側が勝利した。ガーフィルの後ろ建てだった、母の実家の侯爵家はクーデターに近い当主交代劇があり王太子へ乗り換えた。
ガーフィル派の面々は次々と失脚し、ガーフィルは丸裸にされた。
いつしか味方だった者達に、アスタリス侯爵暗殺を告発され父である国王の怒りを買った。父王は釈明するガーフィルへ言い放った
「アスタリス侯爵家は忠実な王家の剣であった。
それをつまらぬ政治抗争に巻き込み殺しおって!
もし貴様が王と成れば、アスタリス侯爵家は貴様に仕えたのだ!アスタリス侯爵はエルデリンとは国を良くする為に志を同じくする同士であったが、同時にこのフリーデン王国に忠実な剣の役割も忘れなかった。
殺さずとも良い者を見極められず無駄に殺し、この王国へ仇を成した貴様の罪は重い!貴様は国王どころか人を導く器ではない!恥を知れ」
そうしてガーフィルの王族の身分は剥がされ、あれ程嫌っていた[ブラックドラゴン]のミドルネームも名乗ることを許されず剥奪された。第二王子の身分から伯爵位に落とされ家族諸とも辺境の地へ送られた。
死刑に成らなかったのは、最後の情けであった。
ガーフィル・ブラックドラゴン・フリーデン第二王子は、ガーフィル・ギルメス伯爵となった。
ギルメス伯爵領は山あい領地で作物の生産も乏しい。かつては金鉱山で賑わっていたが、それも遠の昔に枯渇し廃鉱山となった。税収の見込みも殆んどなく、王家からの援助無くして成り立たない。
間もなくエルデリン王太子が玉座を継ぐ。
そしてもしガーフィルが王家に仇なす事を行えば、援助はたちまち断ち切られ陸の孤島で枯れ果てるしかない。
周囲の領主は全て王太子派で、最早ガーフィルがどれ程息巻いても逆転の目は無かった。
それで暖炉の前で酒に逃げていたのだ。
ガーフィルは自らの境遇悪化の潮目となったアスタリス侯爵家の事を考えていた。
アスタリス侯爵家には王太子の三番目の息子であるアーサーが入り成人後にアスタリス侯爵を名乗る事になった
「馬鹿な事をした……無能なダルイなど信頼せず、我が息子の一人をアスタリス侯爵家に送り込み、侯爵令嬢……確かレイアと言ったな……そやつと結婚させれば良かった。まさかダルイ……侯爵令嬢をも殺すとは……」
レイア・アスタリスを殺さず煽てて祭り上げ、利用すれば良かったのだ。
「猛毒が欲しい」というから、闇ギルドを通して高価な毒を融通していたが、まさか担ぐべく神輿で爵位継承の生命線たる侯爵令嬢に毒を盛っていたとは……夢にも思わなかった。監禁の挙げ句毒殺なんて、それでは家臣も騎士も付いて来ないのは当たり前だった。
てっきりアルタリス領の王太子派を暗殺するのだと思っていた。欲深い馬鹿だから利用しやすいと思っていたが、ダルソン子爵は想定以上の馬鹿だった模様
「くそ不味い酒だ!あのダルイを思い出したら、胸糞悪くなった。今度会うことあったら、アヤツを絶対殺してやる!」
「それは無理だねぇ~」
いきなり声がしたので振り向くと、フードを被った小柄な男が部屋の中に立っていた。男は言った
「ダルイはボクが殺すし、あんたも今夜……死ぬから」
「毒は高価だよ」というアドバイス読者様にいただき、ここにパトロンのガーフィル(元第二王子)の話に盛り込みました。とても助かりました。
ありがとうございます。