【82】聖女様の初めて(4)
『まいったな……これじゃまるで拷問のようだ……』
オルフェルは思った。
今……ベッドの中……胸の中に可愛らしい乙女がいる。
ラフィーネ。
薄い夜着一枚で、ぼくに抱きついている。
甘い心地良い香りが鼻腔をくすぐる。
香油の香りでも薔薇の香りでもない、彼女の香り
「オルフェル……さま……」
寝言も堪らなく可愛い。
ラフィーネの髪を掻き上げる。
額が可愛い。
眉毛が可愛い。
睫毛も可愛い。
小さな鼻も……。
可憐な唇も……。
整った顔だちも……。
すべてが可愛らしく……。
愛おしい……。
寝息も可愛い。
もうどうしていいのか分からないくらい……
可愛い。
──バカだなぼくは……
どうして一ヶ月なんて期限を切ってしまったのだ?
10日……いや!せめて一週間にすべきだった。
これから毎日寝ようと約束した。
つまりはこの手を出したくても出せない、拷問のような日々が続くということ……。
あれから初夜は迎えず、ぼくはベッドを出てソファーに寝ようと行動を起こした。
そしたらラフィーネは、ぼくのガウンの袖を引っ張り。
上目遣いで……
「一緒に寝たいです」
こう囁いた。
とたんにその顔が真っ赤に染まり
「ね……ね……寝たいと言っても!あの事じゃなくて!
そういう事はしないから、そういう事じゃなくて!
ただ……こんな大きなベッド……こんな小さなわたしじゃ大きすぎるから……寂しいから……オルフェルと一緒に寝たいな……って思って……」
消え入りそうな小声で切々と言葉を紡ぐラフィーネに、ぼくに断る勇気は持てなかった。そして
「手を繋ぎたい……」
って可愛いことを言うから身体を少し離して、小さな手を握って眠りに付いた筈なのに
──何故?抱き付かれてる?
このまま抱かれたままでいると、理性が持たない。
約束初日に破ってしまいそうになる
──仕方無い
オルフェルは断腸の思いで、腰にまわった腕をそっと剥がす。反動でラフィーネは仰向けになった。
窓からカーテンを通して優しく照らす朝の光に、薄い夜着のシルクが透け、裸がみえそうな錯覚を覚える。
下着は着けてないけど、その辺りは薄布が幾層か重ねてあるから透けては居ない。が……それでも心を揺さぶるには十分過ぎる。オルフェルは視線を反らし、肌掛けを掛けてあげた。
そしてその安らかな寝顔を愛おしそうに見つめ、頬を優しく撫でた。
☆
ラフィーネ……少女をオルフェルが初めて見たのは、兵舎の中の特別待遇者の収監用個室であった。
兵士のリガットが少女を襲撃し、その後始末を終えた後だった。血だらけのベッドの上で、駆け付けた神官が神聖魔法で治癒を施していた。
鼻の周りの流血の跡が酷く、息も弱々しかった。
オルフェルが来る直前まで、身体が激しく痙攣していたという。治癒の魔法の効果で命を取り留めたばかりで、容態が落ち着いたところだった
『いたいけな少女になんたることを!』
その時は、仕出かしたリガットへの憤慨で心が掻き乱されていた。
そのつぎの日。守備隊長レイモンドから少女の記憶が失われた事を聞いて、せめて記憶が回復するまで保護すると決めた。オルフェルの力なら、少女の一人や二人、養うのは簡単だ。
そして彼女の容態が心配で、国境での滞在日数を伸ばした。一日に面会する時間は僅かだったけど、日々回復する姿にホッと安心する自分がいた。
はじめは日がなベッドの上で一日ボーッとしている少女だったが、何故かオルフェルが部屋に顔を出すと笑った。
しょっちゅう見舞っていたレイモンドからは
「不公平ですよ!いくら王子様だと言っても!あんまりですよ!」
訳の分からない嫉妬された。
記憶は戻らなかったけど、一月もすれば少女は元気に動けるようになった。そして矢鱈オルフェルに懐いた。
オルフェルが来れば抱き付き、離れようとしなかった。
オルフェルは記憶喪失にさせた少女への責任感と、保護欲、そして離れがたい気持ちになった。
そしてオルフェルは少女を領地へ連れて帰る選択をした。
本来なら誘拐犯から聞き取った、少女の本当の家族へ知らせ、返すのが筋だろう。分かってはいたけど、少女を手元にずっと置きたい想いに縛られ、連絡もしなかった
記憶喪失だから……
そんな理由にならない理由で……
少女を連れて行ってしまった。




