8 使い
ゆら、と揺れたペンダントを、太一が興味深そうに見ている。何だか、親友の慣れない視線に居心地の悪さを覚えて、ふい、と顔を逸らした。
すると、ついに耐えきれなくなったのか、太一が口を開いて、好奇心いっぱい、とでも言うようにペンダントを指さした。
「もしかして彼女から貰ったのか!?」
「……なんでそうなる」
違う違う、と首を振って否定したものの、彼は相変わらず疑り深くペンダントを見ていて、一切引こうとしない。
それもそうだろう、普段アクセサリーをつける習慣は一切なく、彼からしたら珍しい事この上ないのだ。まあ、だからといって彼女から貰ったという想像は、色々とぶっ飛び過ぎな気もするが。
「いや、滅多にアクセの類をつけない蛍だから、彼女でも出来たのかな、と」
「俺、お前に彼女出来たなんて話した事ないだろ?居ない居ない。ちょっとデザインが好みだったから買ってみただけ。……変?」
「ん、全然。蛍にはそういう落ち着いた奴、よく似合ってるぜ」
ぐっと親指を立ててくる太一は、自信満々で、その様子にホッと息をつく。あまり似合っていなかったらどうしようかと思っていたのだ。ファッションセンスのある彼のお墨付きなら、問題ないだろう。
首元のペンダントに視線を移しつつ、太一と食堂に向かうこと数秒。
いつものように窓側の隅に座ると、自然と太一が食堂のおばちゃんに注文をしようと離れる。大学内での昼食では、場所取りが蛍で、注文を取るのが太一と、定番になっていた。おかげで毎回落ち着いて食べる事が出来るのだ。
彼が席にやってくるのを待つ間、ペンダントを何気なしに手でいじってみる。月の形をした石造りの物は、あの雑貨店で預かったものだ。
このペンダントを着けていれば、背後の霊は、落ち着いたままで居られる。だから肌身離さず着けていろと美代に言われたのが二日前。同時に、準備が出来たら使いを寄こすから、普通に生活していろ、とも言われた。
準備とは一体何の事だ、と問いたかったが、その後すぐに客が来て話も出来ない状況になり、眠い目をこすって帰ったのは記憶に新しい。
使いを寄こすって、一体誰が?そしてそれはいつ?
聞きたい事は、相変わらず山ほどあったが、普通に生活していろと言われた手前、あの店に訪れるのは何かが違う気がして、ひとまず待ってみる事にした。
「お待たせー。ほい、ラーメンな」
「ああ、ありがとう。やっぱラーメンだよな」
「なって言われてもな。俺は真夏にそんな熱い奴食えねーよ」
太一が苦笑しながら座るのを見つつ、そうか?と首を傾げる。彼が持ってきた塩ラーメンは、ほかほかどころかぐつぐつと音を立てて、見ただけで汗が流れてきそうだ。しかし、そこがまたいいのではないか。
ちなみに、彼は冷やし中華を早速すすっており、温度差を感じざるを得ない。冷房がよく効いている中でそんな冷えた物を食べる気にもならず、やはり熱々のラーメンをすするのだった。
背後の幽霊は、ただただ嬉しそうに控えているだけで、特に何をしてくる様子もない。向かいの太一に彼女が見えるはずもなく、久々に平和を感じたのは、ペンダントのおかげなのだろう。
しかし、ラーメンを半分ほど食べて、水を飲もうと顔を上げた時、不意に違和感に気づく。一体なんだろう、と辺りを見回すが特に変わった様子はない。背後の霊は穏やか、ペンダントは綺麗に月の色を光らせたまま。太一は美味しそうに冷やし中華を食べているかと思いきや、喉に詰まらせている。
手に持ったままの水をそのまま差し出しつつ、きっと気のせいだろう、と思い直し、彼に大丈夫か?と問いかけた。
「ゲホッゲホッ……。むせた……。ダメだ今日はモテない日だ……」
「意味が分かんないよ。ちょっと落ち着け」
「だってな、俺な……」
どうやら最近、彼女が全く出来なくてナーバスになっているらしい。そのまま彼の理想の彼女像を聞き流しつつ、最後に残ったスープを飲み干せば、僅かに汗が流れる。
この微妙な熱さがたまらなく、満足感を得たまま、ごちそうさまでした、と手を合わせたところで、彼の話も終わった。
「そういえば、前に肝試し一緒に行った子達とはどうなってんの?昼飯食べるくらいには仲良いんだよな?」
「聞かないでくれ……」
暗い表情で返って来たのを見て、何となく状況を察した。まあ、あんな煩い女が親友の彼女だと言われても、不安しかない。申し訳ないとは思いつつも、内心で安心していると、太一はガバッと顔をあげて、鬼気迫った様子だった。
「元々お前目当てだって言われた時の俺の心境、分かるか!?」
「は?いや……そんな事言われてもな。ていうか、聞いてほしくないんじゃなかったのか」
「それとこれとは別だよ!ああああ、俺の彼女候補……」
ワックスでがっちりと固めた金髪を、ぐしゃぐしゃこする。派手な見た目とは裏腹に、彼は以外と小心者であり、押しは弱い。ナンパはするが、断られたら素直に引き下がってしまう、難儀な性格の持ち主だった。
「まあ、あんまり気負うなよ。焦る事ないって」
「そうだけど……」
しょぼん、と眉を下げた彼を見つつ、食べ終わった器をトレーに集めて、テーブルを綺麗にする。あらかじめ置いてある布巾でテーブルを拭いた後、残った水を飲み干した。
そして、そろそろ行こうか、と菊田に問いかけようとして、顔をあげた時、彼の目がこれでもかと言うほどに見開かれているのに気付いて、どうした?と問いかける。
彼はその問いに答える事なく、後ろを振り返るように促した。されるがままに後ろを見ると、そこにはムッとした様子で立ち尽くす、目を閉じた少女が居た。
「……柊?」
大学内で会うのは、これで二度目。相変わらず彼女の背後に控える霊達は、普通に見たら圧倒的な違和感しかない。
しかし、それが太一に見えているはずもなく、何故そこまで驚いているのか疑問だ。
とりあえず、どうした?と彼女に問いかけると、雪月は、機嫌が悪そうに、いつもより低い声で、ぼそぼそと話を切り出した。
「……今日の六時に、空き地の前、です」
「は?いや急にそんな事言われても、」
「それでは」
彼女は早々にそう言うと、これ以上この場に居たくないとでも言うようにその場から離れる。いつも傍に居る女性の霊に手を引かれて、足早に去っていく彼女を見送りつつ、何だったのか考える。
「……もしかして、使いってのは柊だったのか」
辿りついた答えを小さな声で漏らすと、はあ、と頭を抱える。彼女ならそうと言ってくれればいいのに。それに、もっと事前に言っておく事は出来ないのかよ。
この場に居ない、事の首謀者である美代に文句を垂れていると、太一が苦い顔をしてこちらを見ていた。
そして、至極言いにくそうに口を開いたのだ。
「……あの子と、知り合いなのか?」
「え、ああ、こないだ知り合った。お前も知ってるのか」
「知ってるも何も……」
太一が立ちあがって、トレーを持つ。その行動に合わせて、立ち上がると、二人一緒に食堂のおばちゃんの前に持って行って、ごちそうさまでしたーと声をかけ、トレーを返す。
そして、食堂から廊下に差し掛かったところで、彼が先ほどの続きを話し出す。
「蛍は知らないのか?あの子の噂」
「……噂?いや……何の事か、さっぱり」
もしかして、幻の雑貨店のように、都市伝説化されているというのだろうか。聞かせて、と視線で訴えると、太一は、遠くの階段の先を見つめる。
そこには、先ほど去っていった雪月が立って、周りの霊達と会話をしているようだった。僅かに口を動かしているのが見える。
そういえば、彼女を初めて見たのもここからだった。階段の先から、大量の霊達を寄せて、歩いてくるその姿は、今でも鮮明に思い出せる。
「あの柊って子さ、何かおかしいの」
「おかしい?何処が」
「見ての通り、あの子、目が見えてないじゃん。それはしょうがないんだけどさ、見えてないのに、まるで見えてるかのように一人で動けるんだよな。さっきもそうだったけど、すたすた歩いてっちゃうし」
「でも、人間って感覚の一つを失うと、他が物凄く鋭くなるって話あるだろ?それじゃなくて?」
「いや、それならそれで凄いなって思うって。触っただけで何か分かるとか、音だけで判断するなんて、すげーじゃん。でも、それだけじゃないんだって」
「どういう事だよ」
「誰も居ないのに、小声で何か話してたり、身体の何処かを前に出してたりして、普通の感じじゃないんだよ」
そう言われて、ハッとなる。太一の言葉を聞きながら、遠くの彼女を見つめて、改めて感じ取る、その違和感。
そうだ、自分が見ている景色こそ、普通ではないのだ。
太一や大学の生徒、教授達から見れば、周りで補助をする霊達の存在なんて、当然感じ取れない。おかげで、彼女が誰も居ないのに話しているように見えるし、見えていないはずなのに一人でに行動が出来ているように見える。
本当は、死者の助けを得ているというのに。
未だに口を動かしている雪月は、菊田から見たら誰も居ないのに話している不気味な光景なのだ。
「しかも滅多に姿を見せないから、段々あの子は妖怪かなんかじゃないのって話になってて。どう?分かった?」
「ああ……」
具体的には、彼と見ている世界が違うと、改めて分かった気がする。霊感がある事について、あまり気にした事はないが、こういう時ばかりは衝撃を受けてしまう。
やがて雪月が霊に手を引っ張られ、階段から反対の方向に歩いて行く。きっとこの光景も、彼女が訳もなく手を突き出している不思議なものなのだろう。
「ま、そう言う事でさ、あの子にはあんまり関わんない方がいいよ。得体が知れなくて、不気味ってのはホントだから」
「ん、分かった。気をつける」
関わらない訳にはいかないのだが、それを説明するには、今背後にいる霊の事まで話さなければならない。
いくら自分の事情を理解してくれている太一とはいえ、それを説明すると心配するだろうし、こちらとしても迷惑をかけるのは不本意だ。
この事は黙っていよう、と心に決めると、二人は午後の講義に向かうため、歩きだした。




