白野
テーマ「白」より
忘れられた村の忘れられた社。人は山里を離れ荒れた田畑をそのままに、時に流され消えてゆく。長い年月を刻む年輪を重ねた数々の木々も今や切られて薮の中。空には満月、薄く掛かる霧が色を白く見せていた。
白く伸びる腕、手のひらが空に向けて波打った。穂高く伸びるススキの海だ。荒れ果てた平野の中程には朽ちかけ、傾いた鳥居がひっそりと佇んでいた。崩れ落ちた木屑のような、もはや見る影もない社の金具が外れ、格子扉が倒れると、中から白く流れる毛並みを揺らし、長い鼻先が闇から覗く。切れ長の目と真紅の口、ノコ歯の間から舌がぞろり。満月見上げ、一声上げて白い姿を空へと晒す。
風に吹かれてゆらゆら揺れた、白い柔腕一斉に分れ、左右へと倒れ伏せる。鳥居がきりりと一度音を立てた。
朽ちる鳥居をくぐり抜け、波目を描いて倒れゆくススキの合間を、白い尾を残して毛並みが疾駆する。後を追うように伏したススキが身を起こし、穂先を揺らして尾を押した。やがて白く輝く毛並みは山の中へと消えてゆく。再びススキの野は何事もなかったかのように風に揺れ、白い水面を作り出す。僅かして末後の悲鳴をあげ、朽ちた鳥居は音を立て、社の上へと崩れ落ちた。
霧が晴れて満月が煌々とススキの野を照らす。山中で獣が咆哮を上げた。地響きが起き、土塊や倒木の波が山の中腹からやってくる。波の先陣を切って白い獣が疾駆する。苔むした、かつての人の営みを残す全てを飲み込もうと、月の燈に照らされて、白い波となってやってくる。巨大な獣の咆哮のような、叫びを響かせやってくる。
翌日、忘れられた村は最初から存在していなかったかのように土砂に飲み込まれ、跡形もなく自然の中へと消えた。
翌々年には一面平野と化した村跡一面にススキがその穂を実らせて、その中を黄金色の毛並みをなびかせて、狐の群れが疾駆していた。




