忌惹キネマ
頂きましたお題「映画」から
「君、覚えているかな」
「一体何の話だい」
「いや、子供の頃に映画館に一緒に行ったことがあっただろう」
「また随分と懐かしい頃の話だな」
「あの頃はまだ無音映画が多かった。活動弁士なんてのもざらにいて、今みたいな上等な映画館何ざどこにもなかった」
「そんな時代もあったねえ、食物にもろくにありつけない時期に映画なんて贅沢だったな。今思えば滑稽にしか見えない代物だが、面白かったなあ。忘れもしないあの鮮やかな語り口、今じゃあもう聞けない」
「そうだ、そんな頃に大勢の大人と共に映画を観たこと、覚えてないか」
「そうだったかな、それがどうかしたのかい」
「無音映画でひたすら何かから逃げる女の姿が映されてるんだよ。ざわついていた映画館の中がしんと静まり返ってさ、弁士が訳の分からない言葉を早口で急き立てられたように話し続けるんだ」
「そんな映画、見たか、覚えがないが」
「確かに見たはずだ。その場面がどうにも忘れられない。女の目が途中から点に変わるんだよ。そいつの目が画面に迫ってきて館内が一瞬真っ黒に染まるんだ」
「そんな気味の悪いもの見たのかい、それはきっと違う頃に見た映画と君、勘違いしているんじゃあないか」
「そう思いたいのは山々だけどね、どうにもそう言う訳にもいかなくなったのさ」
「そりゃ一体全体どういう意味かな」
「その場にいた人達の事を覚えているか」
「ああ、酒屋の女将に油屋の旦那知り合いばかりだったじゃないか、そういやもう皆いなくなってしまったね」
「実を言えば、偶然だけどね。今君に話した事を直接彼らの口から聞かされていたんだ」
「じゃあ何だ、ただ君がその話を思い起こして勘違いしているだけじゃないのかい」
「ところがね、皆この話をしてから数日後に亡くなっているんだな。だから思い出したら危ないんじゃあないかと思ってね」
「そんな縁起でもない話はやめてくれよ」
「なんでだろうな、あの夜の事を誰も覚えてないんだよ。あれは確かに盗み見たはずだよな、集められて見させられたものじゃあないはずだろう」
「あれ、どうだったろうか、言われてみれば俺達以外にも子供が沢山いた気がするな」
「何もかもが足りていない時代だ、そうそう映画を見る機会なんて無かったはずなんだ、思い違いなんてするだろうか」
「待て、待ってくれ。あの頃俺達、肺病を患って居なかったか。そうだ、椅子に座らされていた大人達もどこか体に悪い所があった連中ばかりだったじゃあないか」




