第十二話:未来への祝福
カグヤはランスロットと共に湖の辺へと戻ってきていた。ここを選んだ理由は、静かで滅多に人と会わないから、秘密の話をするにはちょうどいい。
グィネヴィアに会ってしまったことで、少なからず動揺してしまったカグヤは、自分の行動を恥じていた。
ヒスイは全く動揺しているように見えなかった。まだまだヒスイとの差は埋まらない。
そんなことを考えていたカグヤの耳に、ランスロットの声が届く。
「⋯⋯⋯⋯カグヤ、一つ聞きたいのだが⋯⋯」
「なに?」
「色々知ってしまったが、私はこれからどうなる?」
たしかに、侵入者がバラしたことによりランスロットは未来の片鱗を知ってしまった。
処理されるのかと心配しているようだ。そんなランスロットを安心させるように、カグヤは笑う。
「問題ないよ、あなたの中にあるわたしたちとの記憶は、わたしたちがこの世界から移動すれば消える」
「──消える⋯⋯?」
「この世界にとって、わたしたちは異分子だからね」
物語に関して言えば、シナリオ通りに戻そうとする強制力を少し利用している。
監史者たちがその世界を離脱したら、関係した全ての者の記憶から監史者の記憶が消去されるようにプログラムされている。
これも認識阻害と共にTRUSTが誇る修復プログラムの一つだ。
「そうか、忘れてしまうのか⋯⋯」
少し残念そうに、ランスロットが呟く。
もしかしたら、カグヤたちのことを少しは気に入ってくれていたのかもしれない。
「⋯⋯カグヤたちは、覚えているのか?」
「忘れないよ」
「そうか、それなら──」
ランスロットが跪き、カグヤの手を取る。予想外の行動に、カグヤの動きが固まった。
それを意に介さず、ランスロットは取った手の甲に静かに唇を寄せる。
それはまるで、騎士が姫に一生を捧げる忠誠のときのようだ────。
「⋯⋯ランス、ロット?」
ランスロットは跪いたまま、カグヤを真っ直ぐに見つめる。
意味が分からず、カグヤはランスロットに手を取られたまま動けない。
視線もランスロットから外すことが出来ず、暫し二人で見つめ合う。
「──私は、君に救われた」
カグヤはハッとした、それは侵入者の男が言った言葉。
────私は貴方を救いに来た!────
その言葉を受けてのモノ。
「君が気に病むことはない」
「────」
「ずっと、君の悲しみを含んだ視線が気になっていた」
ランスロットに気づかれているとは思わなかった。
カグヤは自分の未熟さに、視線が落ちる。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「私のことを心配してくれていたんだろう?」
まるで幼子に言い聞かせるように、優しく語りかける声。
その声に後押しされるように、カグヤは小さく頷く。
いつもなら簡単に誤魔化すことが出来るのに、ランスロットの目を見たら嘘をつくことが出来なかった。
彼の瞳は、あまりにも真っ直ぐ過ぎるのだ。
「これから先がたとえ地獄だとしても、私は私の道を進む」
ランスロットの顔は、吹っ切れたように爽やかな笑顔だった。
「⋯⋯もしも、私の記憶から君たちのことが消えても────君が覚えていてくれるなら、それでいい」
「こんなことされたら、忘れられないよ」
「私はそれで十分だ」
ランスロットが出会ってから初めて、声を上げて笑った。
言葉に嘘はない。
本心からの言葉だと分かって、カグヤの心が軋んだ音を立てる。
(このままで、いいのだろうか────)
そう思ったとき、無意識に体が動いていた。
カグヤは未だ跪いたままのランスロットの額へ、キスを贈る。
額へのキスは、相手を祝福するという意味がある。
「あなたの進む未来に、“祝福”がありますように──」
「────カグヤ」
ランスロットが息を飲むのが分かった。
カグヤは、優しい笑みを浮かべながら、頷く。
「じゃあね、ランスロット」
彼がこれから進むのは、茨の道だ。
元々仲間だった人々や忠誠を誓った主君と決別する道を、彼は選ぶ。それは、決定事項。決して覆らない。
それでも、ランスロットが少しでも幸せでいてくれるように。カグヤは祈らずにはいられなかった。
ほんの些細な、改変。
監史者としては、許されない行為。
先ほど捕まえた男がやろうとしていたことと、何ら変わらない。
カグヤは、やっと改変しようと思う人々の気持ちが理解出来た。
罰せられたとしても、カグヤは後悔しない。
このまま別れる方が、きっと後悔する。
「さようなら、我が戦友」
ランスロットと別れ、ヒスイとの合流場所へと向かう。
この後のことを考えると、少し頭が痛い。
合流地点である小高い丘の上には、すでにヒスイが待っていた。
「終わったか?」
「⋯⋯うん。そっちは?」
「問題ない。────帰るか」
「了解」
ヒスイは、普段通りだ。あまりにも普段通り過ぎて、それが逆に怖い。
多分、帰ったら長い長いお説教が待っているのだろう。
それくらい、今回の仕事ではやらかしている自覚があるので、甘んじて受けるしかない。
「“転移門起動”」
ザウルスから数式が実体化して、魔法陣を形成。
“発動”の声と共に魔法陣が眩く光る。
光が収まると、そこに二人の姿はなかった。
誰もいない小高い丘に、一陣の風が吹き抜ける。
××××××××××
夜明け前の空は、青と黒が混ざり合う。
澄んだ空気が辺りを包み込んでいる。
一陣の風が通り抜ける。
ランスロットは湖の辺に立ち、辺りを見渡した。
自分以外には誰もいない空間なのに、誰かがいたような、そんな不思議な感覚に陥った。
「──⋯⋯」
腰に下げた剣の柄に触れると、カチャリと音がした。
ふと思い立って、剣を抜く。
良く手入れされた刀身に自身の姿が映る。
誇り高い騎士を目指す男の顔。
いつもと変わらないはずなのに、何故か今日は少し誇らしくみえた。
「⋯⋯私は──」
自身の罪が消えた訳ではない。
忠誠が揺らいだ訳でもない。
それでも、ずっと見えない鎖に雁字搦めにされていた。その鎖が、少しだけ緩んだ気がした。
理由は、分からない。
靄がかかったかのように、曖昧だ。
剣に映る自分を見つめる。
額が目に入り、ランスロットは無意識に額に触れていた。
“祝福を”
誰かの声がした。
振り返っても、誰もいない。
風が吹き抜け、水面に波紋を広げるだけ。
────幻聴⋯⋯。
それはそうだ。誰もいないのだから。
そう結論づけようとした時、東の空が白み始めたことに気がついた。
辺りが少しずつ明るくなる。
夜が明けた。
刀身が、朝日を受けてキラリと輝いた。
たったそれだけ。
それだけのはずなのに、心が暖かくなり、勇気が溢れた。
まるで“大丈夫”と、背を押してくれている気がした。
今日も、一日が始まる。
ランスロットは剣を鞘に戻し、背筋を伸ばす。
彼は誇りと忠誠をその胸に抱いて、今日も騎士で在り続ける。理想の騎士を目指して。
ランスロットはゆっくりと王都に向けて歩き出す。
救われたことを知らぬまま。
祝福を与えられたことも忘れて。
それでも、少しだけ軽くなった心と共に歩んでいく。この先も。
あと1話で終わりです。
良ければ、最後まで読んでいただけると嬉しいです。




