第十話:完璧な英雄像【後編】
隔絶された空間に、突如違和感が生じた。
カツン、っと足音が響く。
「────────何で⋯⋯」
ここは、通常の空間からは隔絶されている。
いるはずのない人物が現れたことに、カグヤは困惑した。
「⋯⋯剣が、導いてくれた」
そう言ったランスロットの手には、“祝福されていた剣”が握られている。今は、すでに祝福の残滓はない。全て消え去っている。
つまり、一度祝福された武器を持つランスロットは、この隔絶された空間にも入れてしまったらしい。
祝福にそんな効果があるなど初耳だった。
そして、最悪のタイミングだ。
「カグヤ、こいつは誰だ」
「────そ」
「私は、貴方を救いに来た!」
カグヤが答える前に、男が叫んだ。
ランスロットの眉が寄る。それに男は気づかない。
「私を、救う?」
「そうだ! 貴方はこれから破滅の未来へと進む! 私はその未来から貴方を助けに来たんだ!!」
男はまた恍惚とした表情をランスロットに向けている。
自分の言葉は必ず受け入れられると信じて疑わない。
そんな表情だ。
「カグヤ」
ランスロットは男の言葉には答えず、カグヤの方を向く。
「⋯⋯なに?」
「アイツが言っていることは、本当か?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
沈黙は、肯定に他ならない。
それが分かっていても、カグヤは何も言えなかった。
ランスロットの視線が、あまりにも真剣だったから。咄嗟に声が出なかった。
「そうか」
その声は、静かだった。
声をかけようとしたカグヤを手で制し、ランスロットは男に向き直る。
「私を救うと言ったが、具体的にはどのようにして救うつもりだ?」
「もちろん、魔女に消えてもらうのがいいでしょう」
魔女とは、たぶん王妃グィネヴィアのことだろう。
ランスロットが話を聞いてくれたのが余程嬉しかったのか、男は自らの考えを語り始める。
「魔女が他国へ機密を流そうとした。それを、貴方が止めるのです。貴方は密通していたのではない、寧ろスパイを捕まえた功績で称賛されるでしょう! ⋯⋯魔女には、火あぶりになってもらうのがいい。そうすれば、改変はほんの僅か──」
男は好き勝手に喋り続ける。
気持ち良さそうに語っているが、言っていることはめちゃくちゃだ。
「──あなたは物語の強制力を甘くみてる」
物語には、シナリオ通りに進行しようとする強制力が存在する。その力は、本当に強い。
男はそれを甘くみている。
「強制力だと? そんなモノがなんの役に立つ?」
男はカグヤの言葉を鼻で笑う。
「強制力を無視して話を書き換えても、その物語は存在出来ない」
「存在出来ないとどうなるんだ?」
ランスロットの問いに、カグヤは言葉に詰まる。
強制力を無視して物語を変えても、最終的には同じような道筋に戻される。それでも無視すると、物語自体が崩壊してしまう。
つまりは、世界からその物語が消えてしまうということ。
「──少しくらいの改変は許される。今まで、何人もの人々がこの物語を書き換えてきた。それはなぜだ? 納得していないからだろう?」
自分勝手な理屈。
許される保証などどこにもないのに。
しかも世界中の人たちが書き換えたのは、自分の国に合うように話を読みやすくしたに過ぎない。根本的な部分は変わっていない。
ランスロットの行動によって円卓の騎士は分裂、それが引き金となり結局アーサー王は亡くなり、円卓は崩壊した。
「私が貴方を完璧な英雄にする」
「ランスロットは、あなたの理想を体現する道具じゃない⋯⋯! 優しい心のある人間だ!」
カグヤには珍しく、思わず声を荒らげる。
男の理屈は、彼の中の理想像をランスロットに押し付けているだけ。
ランスロットのことなど微塵も考えていない。
それが、カグヤには許せなかった。
「──ありがとう、カグヤ。その言葉が何より嬉しい」
いつの間にかそばに立っていたランスロットがカグヤの肩に手を置く。
振り仰ぐと、ランスロットは穏やかな表情をしてカグヤを見つめていた。
それから、男へと視線を向ける。
「これから先、もしも私が破滅するのだとしても、それは私の選択が招いた結果だ」
カグヤは息を飲む。
ランスロットは、カグヤが思っている以上に、強い信念を持って行動している。
「私が全て責任をとる」
ランスロットの言葉を真っ向から受けて、男は愕然とした表情になった。
まさかランスロットに拒絶されるとは思っていなかった男が、膝から崩れ落ちる。
「“捕らえろ”」
空間に響いた聞き慣れた声。
男の足元に展開される魔法陣から見慣れた鎖が現れ、男を拘束する。
そしてそのまま、魔法陣の中へと引きずり込んだ。男は抵抗する気力もないのか、項垂れたままだった。
全て吸い込まれ、辺りに静寂が戻る。
「⋯ヒスイ」
「お疲れさん」
カグヤに労いの言葉をかけた後、ヒスイはランスロットに向き直る。
ヒスイとランスロットの視線が交錯する。
「ランスロットもお疲れ、巻き込んで悪かったな」
「いや、問題ない」
以前のようなピリッとした警戒心はどちらにも感じない。
穏やかに笑いあっている。
この後のことを考えながら、カグヤはホッと息をついた。
一先ず、戦いは終わりだ。
続きをアップ出来て良かったです。




