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8-1彼と彼女

ギルバートと話をした時、そのときは自由にしたらいいと彼に言えた。けれど、別れてから一人になって考えれば考えるほどもやもやとする自分がいることに、ミーナは戸惑う。


本音を言えるなら、ギルバートにはアイリーンのことを忘れてほしい。自分だって前向きな結婚をギルバートとしたい。

けれど、それを自分に言う権利があるのかと考えると閉口してしまう。鏡に映るのは、まわりから笑われる醜い豚。どの口が自分だけを見て、自分と前向きに結婚してほしいなんて言えるだろうか。








そんなもやもやする日々を送っていたら、もうすぐ定期テストが始まろうかと言う頃になっていた。

ミーナはもともとそこまで成績も良くない。両親からは、勉強ができなくても何も言われたことはなかったし、女の子は結婚するんだからそこまで勉強なんかできなくてもいいという周りの風潮もあったため、ミーナはこれまで深く勉強をしようという気にはならなかった。

それでも、今のこの自己肯定感がほぼない状況で、悪い点数をみてしまったら心に悪影響だと思い、ミーナは今回はちゃんと勉強をしてみることにした。











放課後、図書館でミーナは一人勉強していた。これまできちんと勉強してこなかったのに、今更やろうとしたってすぐには頭にはいらなかったけれど、自分なりに少しずつ勉強することにした。

何度も問題に躓き、もう勉強なんかいいかと投げ出したくなったけれど、そのたびに、いや、がんばる、と思い直してはペンを走らせた。


「ねえさま?」


声がして、顔を上げるとユーリがいた。ユーリはミーナの向かい側に座ると、ミーナのノートを覗き込んだ。


「勉強ですか?」

「うん。テスト近いし。ユーリ…は、テストとか関係なくいつも勉強してるか」


ミーナは、ユーリはすごいなあ、と羨望のまなざしを向ける。ユーリはにこにこと、そんなことないです、と返す。


「とうさまとかあさまも、跡取りが優秀なほうが安心されるでしょうし」

「…ユーリが良い子すぎて眩しい…。自分の浅はかさが沁みるよ…」


ミーナはそう苦笑いを漏らす。そんなミーナに、そんなのねえさまらしくない、とユーリは笑う。


「とうさまもかあさまも、成績のことでねえさまを怒ったことないでしょう?」

「まあ、ない…。でもそれを言ったらユーリだって成績のことでとやかく言われたことないでしょう?」


そう返しながら、それはユーリの成績に文句をつける部分がないからか、とミーナは思い直す。

ユーリは柔らかな笑顔のままで、そんなわけにはいきません、と返す。


「僕は外からきた人間だから、普通より頑張らないと」


そう言ったユーリを、ミーナは、え、と声を漏らして見つめる。


「でも、もうとっくにあなたは私たちの家族でしょう?」


ミーナは不思議そうにユーリに言う。ユーリは少しだけ目を揺らしたあとすぐににこりと微笑み、そうですね、と返す。そんなユーリにミーナは、もちろん、と笑い返した。


「私はね、怒られないけど、成績まで悪かったら恥ずかしいから頑張るんだ」 


ミーナはそう意気込む、ユーリは、そんなミーナを見つめる。


「ねえさま、僕、そんなに自分を卑下することないと思います。人間みんな、得意なことと不得意なことは違って当然なんですから。今のねえさまは、自分のいいところだけをみていたほうが良いような気がします」


ユーリに言われて、ミーナは一瞬固まる。ミーナは腕を組んで、ううん、と考え込む。


「…ユーリは、私のいいところ一つ言える?」

「えっ?」

「…ごめんね、無理難題を…」


ミーナは恥ずかしさにうつむく。そんなミーナに、また卑屈になってますよ、とユーリが笑う。


「たくさんあるから、すぐ一つに絞って言えなかっただけです」

「たくさん…」

「そうだな…、ねえさまの周りは時間がゆっくり流れているところ、かな」


爽やかな笑顔のユーリにそう言われて、ミーナは一瞬固まる。


「…それって、良いところかな」

「良いところですよ」

「それってつまり、裏を返したら鈍臭そうってことじゃない?」

「そんなこと言いだしたら、どんなことも一長一短ありますよ」


ユーリに言われて、そ、そっかあ…、とミーナは納得させられる。

ミーナは、それじゃあ、とユーリの目を見て言った。


「ユーリの良いところはね、なんでも話を聞いてくれる優しいところだよ」


ミーナはそう笑顔で返す。そんなミーナを見て、ユーリは少し目を丸くして、ゆっくり笑う。


「…昔から僕たち、たくさん話をしましたね」

「うん、そうだね」

「ねえさま、僕が家に来た時からずっと、たくさん話しかけてくれましたね」

「弟ができたのが嬉しくってつい、ね」


ミーナは、ユーリが家に来た日のことを思い出す。両親もお手伝いさんもみんな喜んでいて、もちろん自分も嬉しくて、とても温かい1日だったことを覚えている。


「…本当にねえさま、結婚しちゃうんですか?」


ユーリがぽつりと呟く。ミーナは、え?と声を漏らしてユーリを見つめる。ユーリはミーナと目が合うといつもの笑顔を見せた。


「僕、そろそろ行きますね。邪魔してごめんなさい」

「ううん、またね」


ミーナは笑顔でユーリに手を振る。ユーリも笑顔を見せると、ミーナの前から去った。

ミーナはまたノートに向かい合う。しかし、ユーリの言った、本当に結婚しちゃうのか、という言葉が頭に響く。


「(…実感わかないよねえ…。私もだもの…)」


はあ、とミーナはため息をついたあと、また勉強を再開させた。











図書館でしばらく勉強をしたあと、ミーナは宿舎に戻った。すると、宿舎のロビーにあるソファーに座ってぼんやりしているアイリーンがいた。そのアイリーンの傍に、最近よく見る茶色い紙袋があった。


「(…あ)」


ミーナはそれを見て気持ちが落胆する。ギルバートのアイリーンへの気持ちに胸が潰されそうになって、息が詰まる。

アイリーンはミーナに気がつくと、あっ、と声を漏らした。ミーナは笑顔を作ると、アイリーン、と彼女の名前を呼んだ。


「どうしたの、こんなところで」

「少しぼうっとしてただけよ」


アイリーンはそう言って微笑む。ミーナは、なるべく気にしないようにしていたのについ、それ、と紙袋のほうを見てしまった。


「例のお菓子…よね、アイリーンとっても気に入っていたものね」


触れなければいいのに、つい触れてしまった自分にミーナは嫌気が差す。

アイリーンは紙袋を手に取ると、少しずつ頬を赤く染める。そして、どこか恥ずかしそうに、うん…、と呟いた。そんな彼女を見つめて、ああ…、とミーナは軽い絶望を覚える。


「(…ギルバートに惹かれてる…のかな)」


ミーナはそんな現実にぶつかる。

ギルバートからもらったであろう紙袋を見て少しぼんやりするアイリーンに、好きになったなら気にしなくて良いのよと伝えるべきなのに、今のミーナはうまく言葉を紡げなかった。ただ彼女の芽生えはじめているであろう気持ちに気が付かないふりをして、よかったね、と笑うことしかできない。



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