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黒緋の勾玉が血に染まるとき  作者: 弍口 いく
第3章 運命の人

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第4話 妖狼の指輪 その14

「お前たち、なんでよりにもってかすみ様から加護を授かっている者を攫ってくるんだ?」

 青狼せいろうは渋い顔でぼやいた。


 中世の王様のごとく玉座に陣取る青狼の前に、仁南は罪人のように引き出されていた。

 部屋の造りは洋風だが、青狼は羽織袴の和風な出で立ち、憐れむような目で仁南を見下ろした。


 仁南になは真眼で紺碧の美しい毛が輝く威厳ある立派な狼の姿を見た。控えている取り巻きの者たちも狼、そしてすぐ横にいる美しい女性は真っ白な毛の狼だった。その光景は、妖狐の東宮に拉致された時のことを彷彿させた。狐の行列が今度は狼――犬にも見える――思わず吹き出しそうになったが、グッと堪えた。


「災難だったのう、体は大丈夫か? ここは妖気が濃いからな」

 もちろん仁南は平気である。妖世あやしよには何度も来ているし、通って来たものの、ここは現世うつしよのようだともわかっていた。


 狼の里は連なる山三つがまやかしの障壁で守られた、人間が立ち入ることが出来る場所、ゆえ、手付かずの自然が残る豊かな山だった。

 人ならざる者もしかり、狼族以外は一歩たりとも踏み込めない場所が大神家おおかみけの本家である。


 凌生りょうせいの謀反によって破壊された城は、すっかり元通りに再建された。しかしこの機会にと、室内は便利な現代風にアレンジされ、青狼は二千年で初めて、椅子やテーブル、ベッドの生活を体験している。


 ここ中世貴族が舞踏会を開いていたような大広間も、青狼はけっこう気に入っていた。


「でも、なんであたしを連れてきたんです?」

 あの状況で自分が拉致される理由が仁南には理解できなかった。はるかたちが来たのは見えた、逃げるなら自分たちだけでよかったのでは?


「決まってるだろ、結音ゆのをおびき寄せるためだ、友を見捨てるようなら、それこそ狼族の王に相応しくないと証明することにもなる」

「友達じゃないです」

「なに?」

「偶然、あそこで会って少し話をしてただけです」

「そうなのか?」

「そうです」


 ばくりつはキョトンしながら顔を見合わせた。

「なら、どうする?」

「助けに来ないか?」

「帰らせてもらっていいですか」


「お前たちいい加減にしろ、青狼様の御前だということを忘れてやしないか?」

 三人の口論を聞いて、青狼の横に付き添っていた女性、らんが堪りかねた。莫と律は不服そうに反抗的な目を向けた。


「近頃の若い奴は礼儀がなってないな」

 睨み返す藍の威圧感は半端ではないと仁南は感じたが、莫と律は侮っているようだ。確か青狼の曾孫だとか言っていたか? 血筋だけで偉いと勘違いしているタイプに違いない。


 青狼は大きな溜息をついた。

 長くこの座に座り過ぎたのかも知れない、もう時代はとっくに変わっている、彼らは長く人間界で生活しており、考え方も違うのだろうが、青狼は自分の存在が地に落ちていると感じていた。凌生が反乱を起こした時、身に染みているはずだったが、一度失墜した威厳は取り戻せない。


 莫と律、若手では上位ランクの妖力を誇る二人、しかし、いくら血の繋がった曾孫とは言え、当主を狙える器ではない若造に軽んじた態度を取られるまでになり下がった自分が情けなかった。


 里に引きこもり、狼王の座に胡坐をかき、支えてくれている乃武のぶや藍に甘え過ぎていたのかも知れない。いよいよ潮時だ。同時に、自分の寿命が尽きかけているのもわかっていた。


 一刻も早く後継者を確定しなければならない。誰もが認める、異議を唱えられない者でなければならない。指輪が選んだ者であることを示さなければならないと痛感した。


「もういい藍、儂は疲れた、一休みする」

「侍医を呼びましょうか?」

「大丈夫だ」

 藍の手を借りて立ち上がろうとする青狼を見て、莫は一歩前へ出た。


「待ってください、この際、指輪を試させて下だい」

「青狼様はお疲れなのがわからないのか」

 藍の言葉に律も異議を唱えた。

「だからこそです、いつお隠れになるかわからない今の状態、一刻も早く後継者を決めていただかなければならないと思います」


「なんと不遜な!」

 これまで黙って聞いていた取り巻きの一人が堪りかねて立ち上がった。

「お前のような者が口にすることではない!」

 もう一人も怒りを露にした。


 当の二人は、なにを怒られているのかわからずキョトンとしていた。自分たちは事実を言ったに過ぎなかったからだ。

「我らは青狼様の血を引く曾孫だ、指輪を受け継いで後継者となるのに相応しい、指輪を使いこなせると証明できれば、誰も異議は唱えないだろう」


 取り巻き立ちはいきり立って身を乗り出したが、青狼は片手でそれを制した。

「莫の言うことも一理ある」

「青狼様」


 藍は青狼の静かな怒りを感じて鳥肌が立った。しかしなぜそれをハッキリ莫と律に示さないのか心中がわからなかった。自らの力を過信する二人だが、弱っているとはいえ青狼にかかればひとたまりもないはずだ。


「よかろう、そこまで言うなら、試してみよ」

 笑みを浮かべてはいるが、青狼の目には冷徹な光が潜んでいた。


「青狼様、よろしいのですか? こんな奴らに試させて」

「身をもってわからせるしかないようだからな」

 淡々とした口調だが、青狼は腹に据えかねているのが藍にはわかった。


 青狼自身、この憤りはとこから来ているのかハッキリしなかったが……。老いのせいで怒りっぽくなっているのか、昔のような力が無くなった自分、若造に侮られる自分、かつて隆盛を誇っていた頃は、睨みを利かせただけで黙られることが出来た、無言でも従わせることが出来た、勝手な発言など許さなかった。


 老いとは惨めなものだ。いいや、誰もが老いる、そのことに気付くのが遅かった。無意識だが玉座に執着して、引き際を見極められなかった自分が腹立たしかった。


「庭園に出るとしよう、せっかく再建した城を壊されてはたまらんからな」


 莫と律の表情が期待に輝いた。

 顔を見合わせ、やった! とばかりに笑みを浮かべた。


 対照的に藍は眉を寄せた。〝城を壊されては〟と言った青狼、莫と律が指輪をコントロールできない前提で試させるつもりなのだと察したからだ。


 しかし、舞い上がっている彼らは気付いていない。


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