秘密
西にある寂れた塔――王家の所有物であるその塔は、今宵も漆黒の森の中で異彩を放って君臨している。
時刻は真夜中、その塔の入り口の手前で1台の馬車が静かに止まった。
馬車を迎えるため少し前から待機しているランタンを持った銀髪の少女は、忠誠心をあらわすように深いお辞儀の姿勢をとる。
馬車の扉が開くと、コツン、コツンと尖った靴が擦れる音が辺りに響いた。
「どう?変わりはない?」
馬車から降りてきた男に声を掛けられ、銀髪の少女―――リボルバは初めて顔を上げた。
はい、と短く返事をする。
「そう、良かった」と慈しみに溢れる表情でリボルバの主人――ウィリアムは微笑んだ。
サロメを塔に移した時にウィリアムが宛がったメイドというのが、このリボルバだ。
「長旅お疲れ様でした」
日中の晴れ間が嘘のように、厚い雲に覆われて月明かりが届かない今は、主人の顔が良く見えない。
ふいに強い風が吹き、囲むように聳え立つまわりの木々が揺れた。森の匂いが鼻を擽る。
主人を照らそうと高く持ち上げたランタンの向こう側で、恐ろしいくらいの美貌の瞳と目が合った。
「僕のお姫様はよく眠ってる?」
「・・・はい、ご案内します」
サロメの屈託のない笑顔を思い出して、リボルバの胸がチクリと痛みを帯びる。
そして出会った時から変わらない、この妙な威圧感はどうやったら無効化できるのか、リボルバは12年経った今もいまだに分からない。
いま私、ちゃんと息出来ているだろうか。
久しぶりの圧に耐えられているだろうか。
主人より恐い人をリボルバは見たことがない。
優しく微笑みながら、淡々と人を粛正していくのをずっと側で見てきた。
逆境も、裏切りも、全て乗り越えてこの国のためにその精神を尽くしてきた。
その行為は、決して綺麗なんかじゃない。むしろ汚くて惨くて、直視したくないくらいだった。目を逸らすことは許されなかったけど。
双子の兄は、そんな主人に憧れ「将来はウィリアム様の右腕になりたい」と、日々励んでいるけど、自分にはその考えが分からない。同調できない。
私は出来ることなら主人から逃げ出したいとさえ思っているのだ。孤児だった私たちを引き取って、ここまで成長させてくれたことには感謝してる。でも、この人といるといつか―――人の心を失いそうでこわいのだ。だってもう悲しい嬉しい、そんな感覚がマヒしているような気がしているのに。
(サロメ様は何もご存じではないし、何も覚えていらっしゃらない。)
握り締めたその拳は小さく震えていた。
12年前―――4歳のころ孤児院から引き取られ、リボルバと兄――ダイスは王宮預かりとなってから、その大半をウィリアムと過ごしてきた。
いろんなことを教わった。政治学、心理学、経済学、薬学、犯罪学、護身術、作法に至るまですべて。
孤児院で成績優秀だった私たちは、すぐにそれらを身につけた。
『やっぱり、君たちは優秀だね。僕の目に狂いはなかった』
そして、まだ少年だった小さな主人は続けて言った。
『君たちは、僕のために命を投げ出せる?僕に全てを捧げてくれる・・?そうすれば、一生分の衣食住を保障してあげるよ』
その瞬間、瞳の奥に隠された、底知れない黒い感情が見えた気がした。
私たちを引き取ったのだって慈愛に溢れた行動なんかじゃない。
―――私たちは、忠誠を誓う彼のコマだ。
数十年前、暗殺されたと言われている側妃から産み落とされた第二王子を取り巻く環境は芳しくないと聞く。
だからきっと、まっさらで何の企みも持たない私たちが欲しかったのだ。
後ろ盾のないかわいそうな王子様。
国王陛下や王妃が気にかけるのはいつも第一王子のレナード殿下だけ。
レナード殿下はウィリアム様を実の弟として、接していらっしゃったけれど。
王妃からは疎まれ、メイドや従者から腫物を扱うように接されてきた第二王子の心の傷はどれほど深いものだったのだろう。
きっと、愛されたかったはずだ。
冷たく笑う、それがこの人の本当の姿。
しかるべき時がきたら、戸惑いもなく私たちを切り捨てるんだろう。無残に、冷酷に。
私たちの主人は、そういうことが出来る人だ。
利害の一致を認めるなら、きっと命を殺めることも厭わない。そんな気がした。
主人にサロメ様と共に離れの塔に行って欲しいと言われたのは、つい先日のことだ。
目的の扉の前で2つの影が止まる。
「こちらです」
「ありがとう、リボルバ。万が一、何かあったら教えてね」
「かしこまりました」
カチャン、と扉の閉まる音が冷たく響くと、リボルバは一つ深呼吸を落とした。
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ずっと前から気づいていた。
なぜあの日、私たち双子は引き取られたのか。
抜きんでて成績優秀だったのはダイスだけだったのに。
シスターの部屋に連れていかれたのはダイスだけだったのに。
唯一の肉親だからと、特別に馬車に乗り込むまでお見送りが認められた。
ダイスとの別れを惜しんでいたその時―――
『その瞳・・・』
私の顔を見た瞬間、第二王子だという美しい少年が狼狽えた。
その少年がシスターに何かを言い、大人たちがばたばたと動き始めたと、そう思ったら、いつの間にか私もダイスと同じ王都行きの馬車に乗っていた。
ウィリアム様は、いつも私を慈しむような表情で見ていた。
兄に向けるそれとは、どこか違うことに幼いながらも気づいていた。
でも、理由が分からなかった。
そして、その理由がわからないまま、1か月が経ったころ―――
ウィリアム様に引き取られてから私とダイスが移り込んだ王都にある大きな一軒家、いつもカギがかけられていたとある一室。
その扉が開いていた。好奇心に勝てなくて、私は足を踏み入れた。
『え・・・?』
そこで、ウィリアム様とレナード様に挟まれ笑顔を浮かべる少女の絵を見つけた。
これは―――
『わたし・・・?』
いや、そんなはずない。
だって私は、こんな煌びやかな衣装を着たことがない。孤児だったのだから。
髪型だって全然違う。
でも、瞳の色が同じだった。
アメジストに輝く瞳の色。
褐色系が大半の世の中、私の瞳の色は特別だった。
この世に数%しかいないと言われる色で、神話に出てくる女神と一緒だったのだ。
(年を取るにつれてアメジスト色は薄れ、今ではもう褐色と呼んだほうがしっくりくるくらいになってしまったのだけど)
おなじいろ・・
その瞬間
『その瞳・・・』
すべてに合点がいった。
『この子はね、僕の婚約者なんだ』
『わっ』
『まだ、正式ではないんだけど』
こんやくしゃ・・?
気配がしなかった。
耳元で響いた声に、思わず大きな声を上げてしまう。
そんな私の反応にくすくすとウィリアム様は笑った。
『驚かせてごめんね、シーラ先生が探していたよ?』
はっとして時計を見遣ると、国史の時間まであと5分になるところだった。
『もうしわけ、ありません、忘れ物を取りに戻ったら鍵が開いていたので、つい・・!』
『・・どうして謝るの?好奇心旺盛なのはいいことだよ。さあ、戻ろう』
どうしてか。
繋がれた手は、手枷を嵌められたみたいに重かった。




