職人技
「おかえりなさい。今日は遅かったわね」
「すまないな。色々とあって……」
タマノオヤと別れて、コウが神殿に着いたのはちょうどアマテラスが神々に夕の挨拶をする刻の頃であった。
民衆に混じり、彼女の向ける労いの言葉を聞いた後……誰にも気付かれぬ内に神殿の中に入り、アマテラスと合流したのだ。
「色々と話さなければならないことがある。今、大丈夫か?」
「えぇ。ご覧の通り、今は侍女達もいないからこのままいつもの所に行きましょう」
そう話しながらいつもの所……玉座の間に入り、アマテラスは一段と高くなっている上座にある御座に腰を下ろした。
コウは下座にて彼女が落ち着くのを待った。
「さて、話しても良いか?」
「えぇ。良いわ」
「まず頼まれていた物だが、先に勾玉の首飾りから……」
コウはそう言いかけて神衣の袖から首飾りを取り出すと、それを両手に乗せて恭しくアマテラスに献上した。
アマテラスはそれを受け取るとまじまじと首飾りを眺める。
翡翠で出来た勾玉を中心に所々に真珠をあしらった紐がその美しさを一層際立たせていた。
それをひとしきり確認した彼女は満足そうに頷く。
「さすがタマノオヤね。良い出来だわ」
「もう一つの姿見の鏡なんだがな……実はまだ出来ていないらしいんだ」
「あら、イシコリドメにしては珍しいわね。まぁ、現物が見当たらないから予想はしていたけれど……」
「鏡の材料は集めたんだが、それが壊れてしまってな……あと七日ほど、待って欲しいとのことだ」
「……なるほどね。それであなたはその材料を採りに今日は一日中、奔走していたってわけね」
まだ何も言っていないのに既に見抜いているアマテラスの言葉にコウは驚いて言葉を失ってしまった。
そんな彼の様子を見てアマテラスが呆れたように苦笑し、代わりに言葉を続ける。
「別にそう驚くことでも無いでしょう? だって昨日はあんなに務めを早く終えたのに、今日はこんなに遅いのだもの……誰だってそう思うわ」
「そうか……」
「……大変な一日になってしまったわね、お疲れ様。鏡のことは分かったわ。気にしないでちょうだい」
「すまないな……代わりと言ってはなんだが、イシコリドメからこんな物を預かった」
コウはそう言うと貰った二枚の銅鏡の内、一枚をアマテラスに差し出した。
「あら……この鏡は?」
「イシコリドメの詫びの品だそうだ。何やら細工を施したらしいが、俺は分からなくてな……」
「細工……ねぇ。何かしら? 立派な鏡にしか見えないけれど……」
アマテラスは銅鏡の隅々にくまなく目を配る。
するとその時、沈みかける夕日の僅かな光が玉座の間に射し、彼女の持っている鏡を照らす。
それと同時に光が鏡背から入り込み、そのまま鏡を通過し壁にその明るさを投影する。
それを見たアマテラスはイシコリドメが施した鏡の仕掛けに気付いた。
「あっ! 見て、アラハバキ!」
「これは……」
鏡を通して壁に投影された光の中にはなぜか鏡背に描かれている文様と同じ影が写っていた。
鏡の表面には何も無い筈なのにだ。
「綺麗ね……鏡は物事の本質を暴く、なんて言われているけど……まさか表の裏側にある文様まで写すとは思わなかったわ」
「あぁ……さすがはイシコリドメだな」
恐らく、たまたま光が当たらなかったら気付かなかっただろう。
しかし、自慢げに妙技を披露するわけではなく、そっとそれを隠して使った者に驚きと感動を与える。
それはやはり長けた者にしか出来ない芸当だ。
そした、二柱の神はその務めを存分に発揮してアマテラスを喜ばせた……これはコウには出来ないことだ。
「やはり、務めに長けた者は凄いな……」
「えぇ。あなたはその点では実直過ぎる所はあるわね」
「そうだな……見習いたいものだ」
「いえ、見習わなくて良いわよ。だって、その方が分かりやすいし……下手に嘘をついてもすぐに気付けるしね」
「……そうか?」
「そうよ、あなたはそのままでいて。そのままでいるから私もこのまま接することが出来るのだから……隠し事が無い方が安心出来るわ」
アマテラスのその言葉にコウは無言で応えることしか出来なかった。
本当はとても大きな隠し事をしている。
素性と内情という隠し事を……だからこそ、小さな隠し事が漏れるのだ。
アマテラスは自身を信じてくれている。そんな彼女に対し、この行いは果たして良いことなのだろうか?
「アラハバキ?」
考えを巡らせるコウにアマテラスは声を掛ける。
その声にコウはハッと我に返った。
「あ、あぁ……すまない。それじゃあ、今日の報告をする……」
内心で様々な思いが交差する中、コウは昨日同様に今日あったことを話した。
だが、全てではない。
イシコリドメが言ったスサノヲのことについてはその話しの中では一切触れず、当たり障りの無い内容だけを述べた。




