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ブランジア人魔戦記  作者: 長村
chapter,04
96/104

ep,092 ダグラス城塞

 それから半刻程でダグラス城塞の城壁内に入ることが出来た。

 ここはブランジア王国とイーグリス王国を隔てる険しい山岳地帯の中央部に存在する城塞都市である。

 通行が困難な山岳地帯の狭間、数少ない平地部分に建造されたこの城塞は、平時ならば貿易の要となり、戦時ならば国境防衛の要となる都市だ。

 先の戦争においては何度も激戦が繰り広げられた地であり、高く、そして分厚い石造りの壁面からは、戦争が終わった今でも物々しさを感じさせる。よくよく見てみればその石壁には刀剣類によって斬りつけられたであろう跡や、血がこびりついて拭き取りきれなかった染みなども見受けられる。

 更に通路は複雑に入り乱れている上、意味の無い行き止まりも所々に存在する。生活空間としての利便性よりも、侵入してきた敵兵を追い詰めるための戦闘空間としての有用性を重視しているような造りをしているのだ。

 そうは言っても今は一応平時であるため、街中で見かける人々は商人や冒険者、旅行者などが殆どだ。かつてここで人が死ぬような出来事があったとは、一見しては思えない空気を醸していた。魔族の増加やイーグリス王国残党軍の存在など、ちらちらと危うい空気も隠れ潜んでいるようではあるが。


   ※


 ショーマ達はまずブランジア王国騎士団の詰所へと向かい、捕えた男二人を引き渡した。

 彼らが残党軍の構成員であることを証明することは難しいらしく、受付で応対した騎士は渋そうな顔をしていた。それでもメリルがドラニクス家の人間であることを示すと途端に掌を返して男達を逮捕していたが。


「何ですかあれ。お役所仕事ってやつでしょうか」

「下っ端を何人か捕まえたってあまり意味が無いでしょうからね。それに報奨金目当てで関係も無い人を残党軍だと偽って連れてくる人が後を絶たないみたいだから、うんざりしているんでしょう」

「そういう気持ちは分からなくもないですが、それよりお偉いさまの名前を出した途端やる気があるような態度を見せたってのが気に入らないです」

「そう? そんなものじゃないかしら」

 ぐちぐちと文句を垂れるステアと、事も無さげにするメリルのやり取りを聞きながら、ショーマ達は宿へ向かう。メリルが言うには流石のドラニクス家もこんな所にまで別宅を構えてはいないらしいが、贔屓にしている高級ホテルがあると言うのでそこを目指した。

 程無くして到着すると、ショーマはその外見に対して率直な感想を漏らした。

「思ったより……普通だな」

「もっと豪華で派手な感じだと思った?」

「……うん」

 ダグラス城塞は周辺を堅牢な外壁に囲まれ、内部の市街地も同様に頑丈な建築物が立ち並んでいる。それらは当然軍事施設だけでなく一般の住居や店舗に使用される建築物でも同様だ。ゆえに、高級な宿でも豪華な装飾が施されているようなことは無く、しいて言えば他より特に頑丈な作りをしているくらいであった。

 正確には都市のほぼ全ての建物が元々軍事用に作られて、そこが不要になったから一般に売却されたという流れがあるのだが。

「それで部屋なんだけど……二人部屋を二つ借りれば良いわよね?」

「え」


   ※


「さてそれじゃあ、今後の方針を決めて行こうと思うのだけど」

 ドラニクス家が贔屓にしているというだけあって、宿の外装はともかく内装はしっかりと高級感のある造りになっており、用意された部屋も広く、ベッドやソファ、その他調度品も上等な品が置かれていた。

 二人部屋であっても四人が集まって手狭な感じは全くしない広さである。

「とりあえずオードラン元将軍がスヴェルム将軍に接触して、私達の元に何かしら情報が届くまでは少し時間がかかるだろうから、その間にこの街で情報収集なりをしておきたいと思うの」

 メリルはてきぱきと指針を示していく。一方ショーマは話を聞きつつも、何となく落ち着けずにいた。

 何しろ二人部屋である。しかも男女用の。一人用のベッドが二つ置いてあるわけでは無く、二人用の大型ベッドが一つ置いてあるのだ。もう一方の部屋は違うのだが。

「まずは二人ずつに分かれて市内を色々当たってみるのがいいかなと思っているけれど……何?」

「えっ、い、いや……二人ずつね」

「……はぁ」

 妙にそわそわした様子のショーマを見て、メリルは呆れたように溜め息を吐いた。

「何だかショーマさんはお疲れみたいだから相談はまた明日にして今日はもう休みましょうか。みんな行きましょ」

「……そ、そうだね」

「そうしましょうか」

 そしてメリルはセリアとステアを伴い、もう一つの部屋へと立ち去ってしまうのだった。

「えっ、えっ?」

 二人部屋へと、三人で。


「……何だよ」

 一人残されたショーマは不服そうにベッドへと倒れ込んだ。やはり一人で寝るには少し大きすぎるように感じられた。

「出てくことないだろ……」

 確かに自分にも落ち度はあったと思う。久し振りにちゃんとした大きなベッドで浮ついていた気持ちはある。だがそれならそう指摘してくれればすぐ気持ちを切り替えていたのに。実際に今はしている。

 もう少し今後についてちゃんと話をしておきたかった。

 それに、捕まえたあの男達と、残党軍についてのことも。

 自分達の目的はフュリエスを確保することであり、そのために死都ゼヴィナスへと辿り着くことである。残党軍のことなど直接的には関係無い。それは承知していることだが、やはり気にはなるものだ。

 優先順位を間違えるつもりは無い。だが低い位置にいるからって全く無視して良いわけでもない。どういう姿勢で彼らに向き合うべきか、少しくらい意見を交わしておきたかったのに。

「…………」

 横になっていると、ベッドの寝心地の良さもあってか眠気がやって来る。空を飛ぶ魔法なんてものをずっと使い続けていたから、流石に疲労感があった。慣れない新しい魔法と、それを使い続けるという緊張感。体が休息を求めるのも当然のことであった。

(いいや、寝ちゃおう……)

 上等な宿だ。危険も少ないだろうし、それに何かあるのならメリル達が起こしてくれるだろうから。

 そう決めるとと、面倒な考えを放棄してさっさと睡魔に身を委ねることにしてしまうのだった。


 が、

「……ん」

 深い眠りに落ちる前に、体に刺激が来る。

 どうやら、頬を突かれているらしい。

「あ、な、何……?」

 寝ぼけ眼を開きながら体を起こす。明かりの落ちた暗い部屋の中で顔を向けて、そばに居るのが誰なのかを探る。

「お、おはよう」

 セリアだった。

 ショーマが横たわっていた大きなベッドに腰を下ろし座っている。

「……おは、よう」

 挨拶を返しながら、周囲を見渡してみる。

 広い部屋には、ベッドの二人以外誰もいなかった。

「あの……私、です」

「……ん?」

 それは見ればわかる。

「だから、今日、この部屋で寝るのが……」

「あ……」

 もじもじと体を揺らしながらそう口にされたことで、ようやくショーマは状況を理解する。

「く、くじ引きで決めたことだから……別にその、割り振りに何か意図があるわけじゃないから」

「う、うん……」

 そして同時に、またあることにも気が付いていた。

 いずれは、こういう光景が日常になるのかもしれない、ということに。


 皆で一緒に暮らしたい、と、そう思っている。

 けれど自分の体は一つだけだ。基本的に一つの体では一度に一人としか相手が出来ない。

 そうなるとこんな風に、代わる代わるに誰かが一人ずつ部屋にやって来る……ということになるのだろう。

 そんなある意味非常識とも言える生活の一端を垣間見てしまったことで、ショーマはひどく動揺していしまうのだった。

 本当に、我ながらとんでもない決断をしてしまったのではないか、と。


   ※


 翌朝。

「おはよう」

「……おはよう。目覚めは良いみたいね」

「うん。昨日はぼけっとしててすまない。今日はちゃんとやるよ」

「そう」

 ショーマ達は四人で揃って食事を摂りながら話をする。

「でさ、いきなりで悪いけど先に残党軍のことについて話をしておきたいんだ」

「いいわよ」

 その際ショーマはこの日の予定を決める前に、昨夜から気になったことについて話をしておく。

「俺としてはやっぱり、俺達には関係無いから放っておこう、とは割り切れないんだ。もちろん優先順位は低いってのもわかってる。だからやるべきことを終わらせたら、その後で良いから……残党軍の人達が戦いをやめてくれるよう、何かしら行動してみたいと思う」

「ふうん……」

「……どうかな」

 具体的にどうすれば良いかなどはまだ全く考えていないが、取り敢えず意思だけは示しておきたかった。そうすれば皆で何かしらの策を考えられるから。

「まあ、良いんじゃない? でも私達が何か行動を起こすよりも先に彼らが壊滅させられてしまったとしても、後悔しないでね。王国軍だって魔族だけを警戒しているわけじゃないのだから」

 そう。他の事件に隠れて目立ってはいないが、王国軍だって残党軍掃討のため部隊を動かしているのだ。それが明日にも本格的に行動を始めたっておかしな話ではない。

「わかってる。……ありがとう」

「ありがとうって……私は手伝ってあげるとは言ってないけど?」

「手伝ってくれないのか?」

「そんなことないけど」

「はは。……ありがとう、メリル」

 軽い冗談で、二人は小さく笑い合った。

 残党軍に関してショーマは部外者もいい所だ。それでも人同士の戦いは嫌だという考えでショーマは首を突っ込もうとした。

 個人で何が出来るものかということかとは思いつつも、規格外の力を持つ自分なら、ひょっとしたら何かが出来るかもしれない。そんな風に考えてのことだ。

 それに何より、どうせ出来ないと最初から諦めていたら、出来るものも出来ないだろうから。


 残党軍についての話がひとまず片付くと、本格的に今日、そして今後数日の予定を話し合う。

「情報収集ならやっぱり人の多い場所が良いと思います。それも外から来た人が集まるような場所」

 そういってステアが市内の地図を広げて示したのは主に三か所。酒場、行商の露店、そして大型の武器商店だ。

「昨日ガイドブックを眺めて当たりを付けました」

「そ、そうか」

 何か自信満々なステアの様子を適当に流して、ショーマも街の地図を眺める。

「ちょっと散ってるな」

「二人ずつに分かれて行きましょうよ」

「ん……」

 目当ての三か所は市街のあちこちに散って離れた場所にある。一つ一つ巡っていると無駄に時間がかかりそうだ。提案は良案と言える。

「心配しなくてもそこまで治安の悪い街ではないから大丈夫だと思いますよ。それにこの前の防御魔法、中々優秀みたいでしたし」

「そうかな……いや。うん、そうだな」

 二人ずつに分かれるとなるとどちらかの班が女子だけになる。ショーマとしては少し不安だった。

 だが結局ステアの言う通り、念入りに防御魔法をかけ更に何かあった場合、ショーマにもすぐ異常が伝わるような魔法も新たに用意しておくことで納得することになった。


   ※


 くじ引きで班分けを決めると、ショーマとステア、そしてメリルとセリアの班で別れることとなった。

「うーん」

「何だよ」

 何か言いたげなステアをショーマは気にする。

「ショーマお兄さん、我々は武器屋に行ってみたいと思うのですがどうでしょう」

「どうって……別に良いけど」

 するとそう提案してきたので特に深く考えず受け入れる。だが、

「あ……」

「ん?」

 今度はメリルが何か言いたそうな顔をした。だが結局何も言うことは無く、二手に分かれての行動が開始されることとなった。

「何なんだ一体……」


 ショーマとステア、二人で目的の大型武器商店へ向かう途中、

「ショーマお兄さんは、セリアさんのことどう思ってます?」

 急にステアがそんな話を振って来た。

「どうって……そりゃ、す、好きだよ」

 突然そんなことを聞かれ戸惑いつつも、ショーマは素直に答える。

「いやそういう話ではなくって……顔赤くしないで下さいよ恥ずかしい人ですね」

「そういう話じゃないなら何なんだ……」

 聞いた方も答えた方も気恥ずかしい思いをしながら、ステアは質問を改めた。

「ほら、さっきだって話し合い中に何も口出しして来なかったでしょう? それに限らず何だかずっとそんな感じじゃないですかあの人。それで何と言いますか……彼女なりに何か考えていてもその意思を無視しちゃってるようなことになってませんでしょうか、って思ったので」

「ああ、そのことか……。それならちゃんと話はついてるから気にしなくて大丈夫だよ」

「そうなのですか」

 ステアがそういうことを気にしているという事実を意外に思いつつ、ショーマは自分でもセリアに直接聞いたその辺りの意見を伝えていく。

「自分は育ちが良いわけでもないし、頭もそんなに良いわけじゃないからって、考えるのは他の人に任せるっていうことみたいだ。その結果想像以上に大変な旅路になっても構わない、ってさ。それだけ強く俺と……俺達と一緒に旅をしたいって思ってる、っていうことらしい」

「はぁ」

「俺もあの子の気持ちにはたくさん救われてるから……ちゃんと守ってあげたいって思ってる。それでステアにも良かったら力を貸してほしいんだけど」

「まあ、良いですよ。そういうことなら別に……」

「うん、ありがとう」

 一緒に旅をする上で役割分担は大切だ。何か出来ないことがあっても、代わりに他の誰かがそれを出来るなら問題は無いのだ。そのことを自覚し合えているなら尚更良い。

 ステアが仲間のことを気にかけていることを嬉しく思いながら、ショーマは感謝の言葉を述べるのだった。

「それでその話はいつどこで聞いたんでしょうね……」

「…………」

「すけべ」

「何でだよ!」

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