ep,093 ジェシカとの再会
ショーマとステアがやって来た大型武器商店。その店名は見覚えがあるものだった。
「ガゼット……」
それはメリルの幼馴染である少女ジェシカ・ガゼットが運営している商店であった。彼女はこのダグラス城塞に本拠を構えていたのだった。
「そういえば何となくメリルがここに行くのを嫌がってた感じがしたけど……そういうわけか」
「そういうわけですね」
「……知ってたのか」
「ええ、昨夜お話をしました」
ショーマはメリルとジェシカの間にあるわだかまりを解消したいと常々思っている。この来訪がその機会になるだろうかと、少しだけ期待してしまう。
「じゃあ……行きましょうか」
「ああ」
それにしても、ガゼット社はかなり規模の小さい組織だとメリルが言っていた気がする。眼前にそびえる店舗を見ると、とてもそうは思えないが。メリルも知らない間に急成長を遂げていたということだろうか。
それはつまり……二人はそれだけ連絡を取らない程に疎遠な間柄になっていた、ということを意味しているのかもしれない。寂しい話だ。
照明のまばゆい店内に入ってまず気付いたのは、客層の多彩さだった。いかにも武器の扱いに慣れてそうな無骨な顔立ちをした旅人風の者から、そんなものにはまるで縁の無さそうな中年女性まで。流石に子供の姿は見なかった。十三歳未満は武器の所持を禁止されているのだから当然であるが。
扱っている商品は主に自社開発だというクロスボウと装填用ボルト、そしてその修理交換用パーツ類が中心だ。
クロスボウは強力な性能を有しているだけでなく、その扱いやすさから一般家庭にも護身用にと需要があるらしい。特にガゼットの製品は高額ではあるが軽量で取り回しが良く、耐久性にも優れている点が人気の秘訣だという。
店の奥に行けば試射場もあるらしい。何かしら情報収集をするならそちらの方が良いだろうと考え、ショーマ達は歩みを進めた。
「あ」
そして試射場に併設された休憩所にて、ショーマは意外な程あっさりとジェシカの姿を発見してしまうのだった。
「……!」
ジェシカは他の客と話をしていたようだったが、ショーマのことにはすぐ気が付いたようだった。
ショーマとステアは何気無い態度を装いつつ、取り敢えずはその話が終わるのを待つことにする。
やがて、
「いらっしゃいませ、お客様」
話を終えたジェシカがわざとらしい程丁寧な態度でショーマ達に声を掛けてきた。
「やあ……久し振り」
「ご記憶に留めて下さり恐縮ですわ。本日はどういったご用件でございましょう?」
ジェシカのにこにことした来客用の笑顔に、どこか圧力を感じショーマは少しだけ後ずさる。「何かお探しですか?」とは聞いてこないのがこちらの事情を把握しているようでちょっと怖い。正直な所、事前の心構えが出来ていなかったので何を話したらいいかすぐには浮かばないのだ。
そうこうしていると、突然ステアが二人の間に立った。
「おたくの商品でメリルさんが狙われました」
そして、まったくの無遠慮に言い放つ。
「……!?」
その言葉はジェシカにとってもショーマにとっても衝撃的なものであった。
ステアが言っている話が、ダグラス城塞に辿り着く直前の襲撃でのことはショーマもすぐに察しがついた。
一瞬のことだったのではっきりはしないものの、思い返せば確かにあの時飛来した矢はメリルを狙っていたと思うし、その矢は普通の弓から放たれるような物より短めで、クロスボウなどに使われるような矢……ボルトだったかもしれない。
でもそれがガゼット社製の物だという確信はとても持てない。……否、矢を撃った狙撃主を追撃したステアなら確認出来ていただろう。何よりステアの身体能力は全体的に高く、当然目も良い。例え一瞬しか視界に入らなくとも十分確認出来ることなのだ。
「……何で言わなかった」
急にそんなことを言いだすステアに、ショーマもつい声色に怒気が混ざってしまう。
「言ったらこうして本人に告げるのを止められるかと思ったので」
「お前な……」
ステアの言い分は最もだった。確かにそんなことを考えていると聞かされていたら止めていただろう。
だが止めるのは当然のことだ。ジェシカが武器を売ったからメリルが狙われた結果になったなんていうのは、暴論というものだ。
「別に……私はただ事実を伝えたかっただけです。彼女を非難する意図はありません」
「っ」
「武器の商いをするってことは、必然そういうことに遭遇するものですからね。だから……それであなたに何かをしてほしいとか、そういうこともありません」
ステアはジェシカに向き直り自分の意思を伝えた。
本当に何の意図もないのだ。ただ起こった事実だけを伝える。それで誰かしらの関係性が良い方向に進もうと悪い方向に進もうと、構わない。
ただメリルとジェシカが今後どうにかなるにせよ、この一件を互いに認識すらしていないということは良くないと思ったのだ。そのままでいると、いずれ何か取り返しのつかない程の過ちが起きてしまうのではないかと、そんな予感めいた不安があった。
「私の言い分はそれだけです。それじゃ」
「あっ、おい」
そして言うだけ言ってのけると、ステアは踵を返しさっさとその場を立ち去っていくのだった。
「えー、えっと……」
残されたショーマはどうしたものかと、取り敢えずジェシカの顔色を窺って見る。
ひどいものだった。
悲しみとも怒りとも取れる複雑な心情を、とにかく内に込め押さえつけようとしている、そんな表情だった。
謝る事なんて出来ないが、開き直ることも出来ない。だがどちらにせよ受け入れなくてはならない。それが今、ジェシカの直面している問題だった。
「……あの。急に、申し訳なかった。連れが困らせるようなことを言ってしまって」
「……いえ」
こんな状況では本来の目的は到底達成出来ないだろうとショーマは考えた。最低限伝えておきたいことだけ伝えて、今は立ち去ることを決めた。
「俺達、一区にあるホテルを取ってるから……その。何か話をしてくれるなら、顔を見せて欲しい。……メリルも、いるから。……それじゃあ」
※
結局大した目的も果たせずガゼット武器商店を後にしたショーマ達。
「すいませんでした」
「ん……まあ、うん」
店を出て早々に謝罪をしてくるステアに、ショーマは言葉を濁すしかなかった。
ステアの言い分もわからなくはない。喧嘩から仲直りする際に隠し事が残っていると、大概ろくなことにならないものだから。劇薬を投与するような行為だったが、だからこそ効果はあるかもしれない。
「帰ったらちゃんとメリルと話をしよう」
「それが良いです」
メリルとジェシカの諍いの原因はもう随分古いものだ。
貴族同士で友人であった二人は、しかしその貴族としての在り方で意見を違えてしまった。
経済的弱者であることを理由に犯罪行為を行う子供達がいた。そんな彼らを助けるために金銭を与え続けたジェシカと、それはたかられているだけだ、逮捕してもらうべきだとその行為を否定したメリル。
どちらの言い分にも理はあり、一概にどちらが間違っているとは断定できない問題だ。
だが主義主張が相容れないからと言って、個人的な二人の交友関係までが悪化するのは間違っていると、ショーマは思う。
何とか仲直りしてほしいと思ってはいるが、機会に恵まれないこともあって中々上手くいかないでいる。
今回の一件が少しでも関係改善に繋がれば良いのだが。しかし逆に難しくなってしまったかもしれないとも、同時に思った。
※
「会ったの?」
ホテルに戻り四人が再集合すると、メリルが一番にそう問いかけた。
「……会ったよ」
ステアが行先を決めていた時点でショーマとジェシカが邂逅することはメリルにもわかっていた。そして二人が出会ったのなら、また仲直りしろだの何だのと言ってくるであろうということも。
「…………」
ショーマとメリルの間に何となく嫌な空気が生まれていく。それを感じ取ったセリアは心配そうに視線を泳がせた。
セリアもこの日メリルとの行動中に、ジェシカがこの街にいるであろうことは聞かされていたのだ。だから再集合したらこんな状況になることも覚悟はしていた。だからと言って落ち着いていられるはずもないのだが。
「いい加減何とかした方が良いと思うんだ」
「……そうね」
ショーマからの関係改善の提案に、メリルも一応は同意をする。だがその言葉に積極的な意思は感じられない。
「でもだとしたら、実際にどうすれば良いと言うの? 主張を曲げる気は私には無いしあの子にも無いだろうし。だとしたら主張を曲げないまま……お互いに妥協できない部分を抱えたまま、それを見ない振りして上辺だけ仲良くしていれば……それで良いの?」
「そうは言ってないけど」
お互いの主張を曲げずに仲良くすることは出来ない。仲良くするために、そこを無視することは出来ない。メリルの言い分はそういうことだった。
「……ごめん。どうすれば良いか、俺にもよくわからないや……」
となればもうどちらか、あるいは双方が主張を曲げるのが一番なのだろうが……その妥協をさせるにはどうすれば良いか、見当もつかなかった。
いっそ強引に顔を合わせ話をさせてみようかとも考えるが、また上手く行かないのが目に見えている。
結局話はまとまらず、この日はもう休むこととなってしまった。また二人ずつそれぞれの部屋に戻る。
「……後回しにしても、良いじゃない」
あの後メリルはそう言った。
確かに、優先順位の低い問題ではある。誰かの命が懸っているとかでも無いし、放っておけば大きな事件に発展する可能性があるわけでもない。
単に二人の少女が喧嘩したまま仲直り出来ないでいるだけのこと。
原因こそ社会に根差している比較的大きめな問題ではあるけれど、それは今回解決するべきこととは別のもののはずだ。
ショーマはどうしたものかとソファに深く腰掛け思案していると、ふと視線を感じ、そこにいた人物のことを思い出す。
「ごめん、ほったらかしにしちゃって」
「ううん。いいよ」
そう言ってセリアは柔らかな笑みを浮かべた。
「私にとってもメリルは大切な友達だから……何とかしてあげたいと思うよ」
「うん……そうだな。でもそのことばっかり考えてもいられないだろ? 色々と……世の中にはあるから」
まず最優先すべきはフュリエスと魔族の問題。
それから自分達の将来設計だとか、きな臭い動きを見せる残党軍だとか、どこかへ姿をくらませてしまったレウスのことだとか。ジェシカのこと以外にも気になることはたくさんだ。
「全部まとめて何とか出来る程万能じゃないし、全部無視出来るほど器用でもない。損な性格だとは自分でも思うけど」
「……すごいね」
「ん?」
急に褒めだすセリアに、ショーマは首を傾げた。
「私は、そんな風に世の中のこととか、一度にたくさんは考えられないから。……家族とか友達とか、好きな人とか……すぐそばに居る人のことくらいしか考えていられないよ」
恐縮するようにセリアは言う。平民出のセリアには、そういった考え方が身に沁みついてしまっているのだ。
世の中全体のような大きいことを考えるのは、もっと上の地位に居る人間がすることであり、日々の生活を全うし、言うなれば社会の歯車として黙々と働くことが主となる彼女達は、普段からこんなことに頭を使ったりはしないものだ。
メリルやレウスのような人間ならともかく、ショーマがそんなことを考えているというのは、セリアにとって驚くと共に自身を改めたいと思わせることであった。貴族の生まれでも、平民の生まれでも無いショーマが考えているというのは。
自分も今のままではいけないのではないだろうか。そんな風にセリアは思わされてしまっていた。
「セリアはセリアらしくあれば良いと思うけどな、俺は……」
「……そうかな?」
「そうだよ」
ショーマはセリアの隣に座り直し、そっと肩を抱いてあげる。そうすることで互いの温もりが伝わりあっていく。
「みんな真剣に考えているから……意見がぶつかって、喧嘩しちゃうんだよね」
「真剣に……か」
セリアの呟きを反芻する。
単純な事柄だが、だからこそそれは崩しがたい強固な意志になる。
向かい合うにはきっと、こちらもそれに負けないだけの意思が必要になるのだろう。




