ep,066 懐かしの顔
学術都市リヨール。そこにはショーマ達がかつて在籍していた騎士士官学校の他、王国が誇る魔導技術研究の最先端、王立魔導研究所が存在する。
リヨールの街に戻って来たフィオンは、ドラニクス家の別宅で小休止するというショーマ達と別れその研究所へやって来ていた。
そしてそこで、かつて魔人アーシュテンにより『種』を植え付けられ、現在は研究と保護を兼ねて暮らしていたリノンに再会する。
※
一方ショーマ達はドラニクス家の別宅で小休止すると、士官学校へ向かいボンボーラ教員らに挨拶をする。騎士候補生をやめたことで後ろめたい気持ちがあるので正直気が引けるのだが、そういう所をしっかりさせておくのは騎士としての礼儀である。短い間でも講義を受けた身としては、そうするしかないのであった。
その帰り道、ショーマはなんとなく心労から胃の辺りをさすりながらメリル、セリアの3人で士官学校から少し離れた場所で待っているというステアの元へ向かっていた。部外者だなんだと理屈をこねて着いてきたがらなかったのだ。
「……やっぱり、貴方のご両親にも話をしてきた方が良いんじゃないかしら」
道中、メリルはセリアにそう提案した。
「う……、うーん……」
だが当のセリアは乗り気ではない。
ショーマと共に行動することに後悔は無かったセリアだが、やはり両親に直接話をするとなると憂鬱な気分になる。
騎士の道を志したことには反対をされつつも、結局最後は首を縦に振ってくれた両親だった。しかし今は、それを裏切るような形になってしまったのだ。
セリアも今しようとしていることは騎士になることと同じくらい大切なことであると思ってはいるが、後々の社会的立場を考えれば良い判断だとは言いがたい。成功も報酬も保証はされていないのだ。
それに何より、根っこの部分ではもっと個人的な、下心と言っても良い感情があったことも拍車をかける。
「まあ……、気持ちはわかるんだけどね」
メリルもそれはわかっていて、強要させるつもりには中々なれない。親不孝だとはわかっているが、結局は友人の味方してしまうのだった。
「……何か騒がしいな」
ステアの待つ裏路地に近くなると、そこで何やらちょっとした人混みが出来ているのが目に入った。
嫌な予感しかしなかったが、ショーマ達は近付いていく。
「ああああうううう」
案の定、間抜けな声を上げて涙目になっているステアがそこにいた。紅いマントを羽織った、騎士とおぼしき金髪の女性に腕を捻られている。
それでも余計な騒ぎを起こしてはならないという自覚はあったようで、反抗はしていないものの、せめてそこから動かないようにと抵抗はしているらしい。
「……は! おにいさん! 助けてください!」
ショーマ達に気付いたステアが声を張り上げると、人だかりの視線が一斉に向かう。腕を捻っている騎士の視線も同じく。
「……まあ1人にさせた俺達が悪いんだけどさ」
面倒だとは思っても、今更迷惑だとは思わない。ショーマはため息を吐きつつも責任をもってステアを引き取りに向かう。
「……君達の知り合いなのか」
と、どこかで聞いたような声をした女性騎士はショーマ達に気付いて少しばかり驚いたような顔をした。
「えーっとすいません、何かこいつが悪いことしちゃいましたかね」
「してないですー!」
むきむきと怒りだすステア。女性騎士はその腕を捻ったままショーマ達へ事情を説明する。
「いやなに、こんな重武装の割に冒険者という風体にも見えないのでな。少し事情を聴かせてもらおうかと思ったら急に挙動が怪しくなったので、こうして押さえさせてもらったのだが……。ふむ」
確かにこの黒い鎧はまあ、見るからに怪しい格好ではある。人通りの少ない所に待たせていたのも怪しさに拍車をかけただろう。
挙動が怪しくなった、というのは未だ王国の騎士というものに苦手意識があるからか。それともまさか本当に人体実験をされるとかまだ思っているのだろうか。
「えっと、俺達の用事が済むまでちょっと待たせていただけなんです。誤解させてしまって申し訳ないです……」
「用事……? ああ、なるほど」
「はい?」
女性騎士はそこからわずかに視界に映る士官学校の校舎を見て理解する。ショーマには何を理解したのかわからなかったが。
ショーマが事情を説明している間に、その後ろでメリルとセリアは女性騎士についてこそこそと話し合う。どこかで会ったことのあるような気がするのだが、いまいち思い出せない。しかし話を続けている内に、もしやと思う人物が浮かんできたのだ。
「やっぱり、そうなのかな」
「たぶん……。ほら、担当の大隊長が変わったから」
「ああ、それであんな格好……」
女性騎士の容貌は少し伸ばしかけの鮮やかな金色をしたショートヘアに、女性にしては若干厳しめの目付きをしていた。レースを主張しすぎない程度にあしらった小洒落た衣装の上から、装飾の施された鎧を要所に当てて更にその上から紅いマントを留めている。細身ながら引き締まった筋肉とぴんと伸びた背筋は、実際の姿よりもその体を大きく見せている気がした。
例えるなら鮮やかとまでは言わないが野原に力強く咲き誇る花のよう、であろうか。戦士らしい勇ましさの中に、しっかりと女性らしさが見え隠れしていた。
「うむ、余計な詮索をしてしまい迷惑をかけた。失礼を詫びさせてもらう」
「ううー……」
女性騎士はステアがショーマ達の同行者であり、何か悪意を持っているわけではないと理解するとようやく掴んでいた手を離す。ステアは不満そうにしていたが、これ以上反抗的な態度を見せてひどい目にあうのも嫌なので大人しくしていた。
それにあわせて野次馬の群れも波が引くように散っていく。女性騎士はショーマに対し苦笑して見せた。
「いやしかし、こんな形でまた君達に会うことになろうとはな」
「はい?」
見覚えの無い相手にまるで以前会ったことのあるような態度を取られ、ショーマは困惑する。
そこへ素早くメリルが脇に立つと、会話を引き継いだ。
「は、はい! お久し振りですルーシェ殿! その節は本当にお世話になりました!」
「ああ。王都でも色々あったようだが、元気でいてくれたようで何よりだ」
「そ、そうですね! まあ、本当色々ありましたが……」
笑みを返す女性騎士ルーシェに、メリルはショーマを抑えて世間話をつなぐ。ショーマもメリルの口にした名前を聞き、少し昔のことを思い起こす。
「え? ん……? あ!」
ルーシェ・ヴィアンヌ。かつてはブレアスが率いていたリヨール駐屯大隊の中隊長であり、ショーマ達の初めての実戦に同行してくれた人物である。
以前会った時は全身を無骨な甲冑に身を包み、顔の大部分も兜によって隠されていた。そのため今のような軽装姿とは結び付かなかったのだ。
「こちらにも君達の噂は聞こえているよ。……やめて、しまったそうだな」
ルーシェが話題を振る。この事ももう誰かに会う度聞かれているような気がするが、まあ誰だって気になる所であろう。
「ええ……。私達は私達なりの方法で魔族と戦おうと考えまして」
「……なるほど。やはり臆病風に吹かれたという訳ではないのだな」
メリルの説明にルーシェはほっとしたように笑う。
「そんな風に思われていましたか」
「そういう者もいるというだけさ。……目の前で君達の勇姿を見たら、そんなこと思うはずもないのだがな」
「……ありがとうございます」
「何、同じ戦場を駆けた間柄だろう」
ルーシェは以前の戦いを称え、爽やかな笑みを浮かべた。
ショーマは彼女のことを失礼ながらも、もっと堅苦しい人間のように思っていた。少なくともこういう笑い方をする人だったようには思えない。王都にいた1ヶ月ほどの間に、彼女にも何かあったのだろうか。
とは言え一緒にいたのもほんの数日の間のことだ。それだけでその人の全てが理解出来ることも無いだろうし、ひょっとしたらこれが素の性格だったのかもしれないと一応納得しておく。
「それではそろそろ私は巡回に戻らせてもらうよ。……この街にはしばらくいるのか?」
「いえ、すぐに。教都へ向かうつもりです」
「……そうか、あそこにか」
「ええ。何かと身軽になりましたから。……ルーシェ殿は、巡回?」
メリルは少々疑問を抱き質問する。中隊長ほどの人物が1人で市内の巡回警備というのはおかしな話だ。何か不穏な動きでもあるのだろうか。
「ああいや……。私は今、特務隊に動かされてね。新しい大隊長は……、そのなんだ、変わった、方。だからな……」
「特務隊、ですか……。それはまたすごいですね」
「よしてくれよ。……それでは、もう行くよ」
「あ、はい。お時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした」
ルーシェはメリルの世辞に苦笑しつつ回れ右をすると、ショーマ達に背を向けてきびきびとした歩みで立ち去っていった。
「いやしかし、随分様変わりしたと言うか、何と言うか……」
ショーマ達はステアを伴いドラニクス家の別宅へ戻る途中、久し振りに再会したルーシェのことを話す。
「失礼だけどそういうことには一切興味無い……、と言うより、邪魔に感じてそうな人だったし、恐らくアルテーナ大隊長によるものでしょうね」
アルテーナ・エルメティオ。騎士団において力の劣る女性の身でありながらも大隊長まで昇りつめた数少ない騎士であり、その信条は、戦場においても女は華を忘れてはならない。とかいうものである。
質実剛健と言った風情で飾り気の少ないルーシェなど、アルテーナにとっては良いカモであったのだろう。すっかり華やかになってしまった。
そんな彼女が今はリヨール駐屯大隊を率いている。将軍へと抜擢されたブレアスからその役職を受け継いだ彼女による部隊の再編によって、ルーシェはアルテーナの配下になった。
ブレアスのことを尊敬するルーシェにとっては何かと複雑な気持ちであった人事だが、そこまではショーマ達の知る所ではない。
「もっとお洒落になれとでも言われたのかな。……あ、そうだ、特務隊ってのは何?」
「ん……、簡単に言えば大隊長から直接指示を受けて特別な作戦などを行う、精鋭部隊って所。アルテーナ様、よっぽどあの人のこと気に入ったのかしらね」
「え、そんな適当に決めていいものなのか?」
「そりゃあ……、大隊長だもの」
「うーん……」
そんなショーマとメリルのやり取りを後ろで聞いていたセリアは、
「ステアちゃんももっと可愛い格好すればいいのに」
と、隣を歩くステアに向けてどこか抜けたようなことを呟いた。
「はあー?」
当のステアは何の冗談だとでも言いたげに顔を歪める。
「なんつう顔してんだお前は」
振り返ったショーマがその顔を見て眉をしかめる。
「いやだって、ぷっ。私が可愛い格好とか、ぶっふふ」
ステアは吹き出すのを堪えて返す。ショーマはそんなにおかしなことだろうかと不思議に思う。
「いや、良いだろ。別に……」
「はあ!?」
正直にそう伝えると、何故か大声を出して驚かれた。
「……どうよ」
「そうねえ……」
そんな反応をされたので、試しにメリルにも聞いてみる。以前もセリアに色々と服を着せていたし、乗ってくるかもしれないと考えたのだ。
「う……」
じろじろと観察されてステアはたじろぐ。今の格好は王都を出発した時、もとい、初めて会った頃とほぼ同じの厳つい鎧姿だ。
これを脱いだとしても、下に着ている薄い体に密着した飾り気の無いインナー服や、他に着ていたことがあるのはブロウブ邸で時々借りていた地味な布服くらい。どれもお洒落とは程遠かった。
確かにちんちくりんで色気には縁の無いステアだが、それでも女の子なんだからそれなりに着飾ったって良いだろうとショーマは思う。何も色気だけが女性の全てではない。
「良いんじゃない?」
そしてメリルはあっさり乗ってくる。
「え、いやいやいや。何言ってんですこの人」
しかし何が嫌なのか、ステアは乗り気な態度をかたくなに拒むのだった。
「可愛いと思うよー」
「かっ、可愛いとかそういうのはいいんで! それにそんなひらひらした格好じゃ戦えないですしね!」
「戦わない時だけ着ていれば良いじゃないの」
メリルとセリアを前に、ステアはなおも必死の抵抗を見せる。
「きゅ、急に襲われたらどうするんです」
「何とかなるよ」
「余計な旅荷物になりますしお金だって……」
「服は必要な物だし、必要な物を買うならお金は使うものよ」
「あああ……」
ステアは2方向から責められてたじろぐ。アルテーナとルーシェもこんな感じだったのだろうかと、ショーマは他人事のように思った。
「……つうか何でそんな必死なんだお前」
あまりの様子に、ショーマは何かあるのかと聞いてみることにした。
「わ、私は、ほら。拾っていただいた恩もありますし、その、これでも皆さんの身を守るつもりで御一緒してるんですから、そんなあれなのはほら、あれですよ、ほらあの、もー!」
ステアは返答するも、だんだんとしどろもどろになっていく。そんな様子からショーマは、結局の所ただ恥ずかしいだけなんだろうなと察してしまう。
「まあほら、こいつの言うことも最もではあるし、さ」
「えー」
「ふむ、しょうがないわね……」
ショーマが説得すると、本当に残念そうな顔をして諦める2人であった。しかしあっさり引き下がった辺り、実はからかっていただけなのかもしれない。
……まあ女の子同士仲が良いなら、一向に構わないことだ。
※
夕刻。今晩はドラニクス邸で過ごすことになっていた。
食事を行う前に今後の予定を立てていると、事前に約束していた通りフィオンがやって来た。彼女は以前使っていた学生寮の部屋を再び使うことになっているので、ここに来たのはまた別の用件でだ。
「お、お邪魔します……」
ブロウブ邸本宅とはまた別方向の豪華さに、フィオンは体を小さくさせてしまう。
いかにも貴族らしい豪奢な調度品や礼儀の行き届いたメイド達など、一般平民の、どちらかと言うと貧困層寄りの家に生まれたフィオンには余計な緊張を招くだけであった。ショーマ達のいる応接室に通されると、安心したように少し大きめのため息を吐く。
「……ちょっと疲れ気味か?」
その様子を見たショーマは研究所での出来事が大変だったのかと勘違いする。
「あ、い、いえ。そういうことではなく……。あ、えっとお話し中でしたら、私に構わず続きを……」
「大丈夫よ。それより研究所、どうだったの?」
メリルは広げていた地図類を畳み、フィオンに話を促す。
ここに来てもらったのは、仲間としてフィオンの新しい生活環境について知っておきたいというためと、それから、研究所にいるリノンの様子を聞くためだった。
中々ショーマからは聞きづらい内容なので、メリルは自分から聞いていく。
「あ、はい……。えっと、一言で言えば、今までとあまり変わらない感じでした。あ、私の個人的な感想ですけど……」
フィオンはそうたどたどしく答えると、ちらりとショーマの顔を見る。そして口にしてからリノンのことだと言い忘れたことに気付き、慌てて続ける。
「あ、あの、その、変わらない感じでしたって言うのは、その……」
「うん、わかってるよ」
「あう……」
ショーマは優しく微笑みを返す。気を使われているのは、十分に理解していることだった。
「はい……。えっと、他にも同じ症状の方が3名ほどいらっしゃるのですが、落ち込んでいる彼らを積極的に励ましたりしてくれていたそうなんです。同じ立場にあっても前向きな人がいてくれて、みんな助かっているみたいでした」
「へえ……」
リノンの他にも『種』を植え付けられていた人物はいた。彼らも同じ様に魔導研究所に保護されている。不安から精神的に落ち込む彼らをリノンは同じ立場でありながらずっと励ましていたそうである。
それはきっと、あの日交わした約束をしっかりと信じているからなのだろうと、ショーマはフィオンの言葉から感じるのだった。
現在『種』に関してはある程度調査が進み、特定の波長を持つマナエネルギーが時折『種』に向けられてどこからか送信されていることがわかったという。恐らくアーシュテンによる悪意を持ったものと判断され、マナエネルギーの流れを遮断出来るよう施設の一部に結界が張られているそうだ。
また、彼女らの体内を流れる魔導エネルギーからも通常とは異なる波長が確認された。それがどういう効果をもたらすかははっきりしていないものの、まず危険である可能性が高いと判断された。現在は対処としてそれを出来る限り正常に整えるための薬剤を調合し、定期的に投与を行っているとのことだ。
この『種』に関しては先の国王襲撃で殺害された騎士達の遺体からも同種のものが発見され研究されていた。種と言うだけあって何かしらの『養分』に相当するものを得ることでそれは『発芽』すると考えられている。現在リノン達に対しては人命を尊重し、危険を覚悟で研究を進めるよりも、出来るだけ現状を維持することに注力しているとのことだ。
「何にせよあんまり放ったらかしには出来そうにないな……」
フィオンの話を聞く限り、結構な度合いで進行を遅らせることが出来てはいるらしい。予想以上に成果があって驚くが、遅らせているだけで止めているわけではない。
ならば結局の所、大元であるアーシュテンから直接どうにかする方法を聞き出すしかないだろう。
「……あんまりのんびりしないで、早めに行動しよう」
決意を改めるようなショーマの言葉に、メリル達も頷いていた。
そしてフィオンは、そんな様子を少し遠い物を見るような目で見るのだった。




