ep,036 王都パラドラにおける戦い
まだ幼かったあの頃。
その日は父がどこかの大きな砦を制圧したとかいうことで、それを祝うためにお城で宴が開かれていた。
僕もその日、ブロウブ家の末弟として初めて公の場に招かれることになっていた。
父が誉められていると、まるで自分のことのように嬉しかった。たくさんの大人の騎士から称賛される父を見て、僕もいつかあんな立派な人になりたいと思っていた。
けれどやはり、宴の会場は、子供の頃の僕にはまだ少し退屈だった。すぐに飽きてしまって、同じくらいの年頃の女の子を見つけて、2人でお城を探検しようと誘ってみた。
女の子は庭園の花畑を見に行きたいと言った。だからまずはそこを目指すことにした。星の光に照らされたその美しい場所は、男の僕にはやはり退屈だったが、その女の子が喜んでくれたのを見ていたら、すぐにどうでも良くなった。
――僕はレウス。……君は?
後になって思えば、それが初恋だった。
星の光とそれを照らし返す白い花の輝きに包まれた少女の名を、僕は知りたいと思った。
だが少女は困ったように目をそらして、じっと考えた末にようやく名乗った。
――フュリエス。
……その少女がフュリエスという名前ではなく、ブランジア王国の王女、フェニアスであることを父から聞かされたのは、もう少し後のことだ。
次の宴で再会したとき、彼女は泣きながら謝っていた。
王女だと知られるのが嫌だったから、ふと思い付いた別の名前を名乗ってしまった。でもそんなこと、絶対にしてはいけなかったのに。と。
その時は単に嘘をついて悪かった。くらいの意味にしか思っていなかった。そんなに泣かれて、僕の方が申し訳無いと思ったほどだ。
けれど、そうでは無かった。
適当に名乗っただけだと思っていたその名前には、意味があった。
初恋の夜に知った名前を、僕はずっと忘れなかった。僕の心の中では、フェニアスはフュリエスという名前でもあったのだ。
……その名前を知っているのは、僕と彼女だけだったはずなのに。
「我らが女王フュリエスの名の元に! 我ら魔族は、ブランジア王国に生きる全ての人間へと、宣戦布告を行うッ!!」
……どうして魔族の女王が、その名前を使うんだ。
※ ※ ※
「宣戦布告だと……?」
ブランジア王城、騎士団最高司令室において、グランディス・ドラニクス副軍師長は呟いた。
魔族が王都市街を急襲したと思ったら、得体の知れない男が空から現れ、市街全土に響き渡るような大声でそう叫んだ。
冗談のような状況だが、やはりこれは魔族の背後に控えていた存在が、表舞台に現れたと考えるべきなのだろう。
「馬鹿馬鹿しい」
しかし騎士団総団長、グローリア・ブロウブは冷ややかに吐き捨てる。
「獣風情の宣戦布告など、冗談にもならん」
戦争とは国家間の外交手段の1つだ。国も持たない、外交もしない。ただ人間を殺すことしか考えていない魔族が行った、宣戦布告の真似事など耳に入れる必要すら無い。
それが騎士団総団長の考えだった。
「では、どうする?」
グランディスとしては思案のしどころであった。
魔族のある程度統率され計画的に動く様子は、裏で手を引く存在を示唆していた。そして今、魔族は人間の言葉を使い、魔族の女王を名乗る者からの言葉が伝えた。
今まで裏に隠れていた存在が表に出てきた。それはつまり今後の魔族との戦いには大きな変化が訪れるはずだ。今回のような市街への急襲はその第一波だろう。
その今後を考える上で、あの大時計塔に出現した男は重要な存在だ。使者として迎え入れ話を聞くのが妥当だろうが、グローリアの表情は険しい。
「決まっている。あんな者が出てこようと、我々の魔族に対する姿勢は変わらん」
グローリアは通信石を手に取る。
「ハルク、射てるか」
『……いつでも』
受信用通信石から短く返事が聞こえた。
「……良いのか」
「ああ。……それにあれは、違う奴だ」
「……。そうか。……おい、拡声器の準備を」
「はっ」
グランディスはグローリアの決断を受け入れる。次の行動を見込んで、控えていた騎士に指示も出しておく。
……しかしあそこに現れたのが『あの時の者』であったなら、こうはしなかったとでも言うのだろうか。
そしてグローリアは、通信石に向けて冷徹に指示を出す。
「殺せ」
※
グローリアの命令を受けた『閃星将軍』ハルク・ヴォーテルハウントは、市街西端の城壁に立つ。そして右目を覆う眼帯を取り、紅色に輝く義眼を解放して弓を構えた。
星弓『クレセントアロー』。弓の形に輝く星の加護を与えられたその弓は、王国最強の弓術師の手によって、まさに星をも貫く矢を放つ。
「……ッ!」
聖弓術技、『星砕き』。クレセントアローから引き出された聖なる光の力を纏い、極太の閃光と化した矢を撃ち出す奥義だ。
目標は市街中央、大時計塔に立つ男。
王都パラドラ全域のおよそ半分の距離の先にいる相手を撃滅する。それこそ『閃星将軍』のみが可能な神業であった。
※
西方より放たれた閃光が、例の男の上半身を吹き飛ばしていったのをヴォルガムは見た。
「ハルクの奴かッ!」
いかにも強そうな奴が現れたというのに、若造に先を越されてしまった。
「将軍殿! お持ちしました!」
「遅いじゃねーか!」
大したことの無い任務だからと、適当な武器を用意していたのが災いした。遠目に見ただけでもわかるあの男の戦闘能力。それを相手にするならば、こちらも相応の準備をしなければ楽しめないと思ったらこれだ。
訓練所に置いてきていた愛槍をその辺にいた騎士達に取りに行かせている間に先を越されてしまった。
剛槍『ゴルディックファングランス』。黄金の猛獣、獅子の牙をモチーフとした、最強の硬度と重量を誇る、ヴォルガム専用の突撃槍である。
6人がかりで運ばせたその槍が納まった桐の箱を、ヴォルガムは乱雑に開く。金色の装飾が太陽の光を浴びて輝く。
「せっかくで悪いが、お前の出番は無さそうだな……」
※
不敵な発言をした魔族がハルク将軍の矢によって撃滅されたことにより、市街に展開していた騎士団や市民から歓声が上がる。
そこへ向けて、グローリアは用意された拡声器を使って声を発する。
「ブランジア王立騎士団が総団長、グローリア・ブロウブである!
……我ら騎士団は、我らの平和を脅かそうとする魔族に対し、一歩たりとも退くつもりは無い! 下らぬ謀略などはその一切を全力でもって叩き潰す!
奴らは獰猛にして残忍! 既に多くの盟友が奴らの爪に引き裂かれ傷付いてきた! 我らはその悲しみを忘れてはならない! 奴らの言葉になど耳を貸してはならない!
民よ、どうか安心してほしい! そして騎士よ、我らは鍛え上げたこの剣を振るい、愛する者を守るため戦おう! 全てはこの国のため、愛する家族のため、穢らわしい魔族を討ち倒すのだ!
――鳳凰神の加護は我らにありッ!!」
※
グローリアの言葉に市街のあちこちから歓声が上がる最中、魔族の男は残された下半身から、ぼごりと肉塊を吹き上げ上半身の再生を始めるのだった。
「おぉい……! やってくれるじゃ無いか……!」
不気味な肉の塊はやがて人の形を再び取り、少しずつ余分な肉が削げ落ち先程までの姿に戻っていった。
人の姿を取り人の言葉を話す、魔族の男。1度死んだくらいで死ななくとも、今更驚くようなことでは無いのかもしれなかった。
「面白ぇッ!」
その異様な事態に、騎士達は総団長からの鼓舞を受けたばかりだというのに戦慄してしまう。
だが、そうでない男がいた。獅子槍将軍ヴォルガムだ。
気合い一拍、ヴォルガムは闘気を足に纏い高く跳躍する。そのまま建物の壁と屋根を蹴り、大時計塔頂上へ向けて強引にかけ上がっていく。
ちょうど良い高さまで上り、最後の一蹴りと共に全身に黄金に輝く闘気を纏い突撃を仕掛ける。『獅走大激突波』。愛用の剛愴を手に、巨大な1つの槍と化したその身を魔族の男に向けて突撃させる。
「はぁっはは!」
男は自分に挑みかかる勇ましい人間が現れたことに獰猛な笑いを見せた。
足元の屋根瓦を砕きながら踏みしめ、強靭な筋肉が覆う右腕でヴォルガムに殴りかかる。
黄金の槍と鋼の拳がせめぎあい、火花を散らした。
「死んでも死なないとはッ! 面白ぇチカラじゃねえかおいッ!」
「気ぃに入ってくれたか!? 見所のある人間じゃぁねえかッ!」
せめぎあっていた2人は弾きあって、一旦距離を取る。
「我が名は蹂躙のベゼーグ! 貴様ら人間をこの身1つで殺し尽くす魔人なりッ!!」
魔族の男ベゼーグは、ヴォルガムだけでなく市街の人間にも聞こえるように大声を張り、自らの名を宣言した。
「ふん! 魔族に名乗る名なぞ無いと言うべきだろうが、手前ぇは気に入ったッ! 我が名は獅子愴将軍ヴォルガム・ディジン! 貴様はこの儂自らがぶっ殺してくれるッ!」
ヴォルガムもまた名乗り返した。
「良いぃねえ。この時代にもまだこんな人間が生きているたぁな。嬉しいぜぇッ! ……嬉しいついでだ、教えぇてやる。俺の命は後8つ! 後8回殺さないと、俺は死ぃなないってことだッ」
「ほう、完全に不死ってわけでも無ぇのか。……良いね。後8回もぶち殺せるなんてよッ!」
「話がわぁかるじゃねえか。……永遠に死ななけりゃ戦いが面白くねぇ。かぁといって1回で死んだらあまりに勿体ねぇ。……そうだろ!?」
「別に俺はいらねぇけどな、そんなもんッ!」
ヴォルガムはどちらが悪人かわからないような獰猛な笑みを浮かべ、再び突撃を仕掛けた。ベゼーグは真正面からそれを受け止めようと両腕を構える。
2度目の激突。語る言葉などもはや不要。ただ互いを殺し尽くすまでである。
激突の余波で屋根瓦が吹き飛んでいく。ヴォルガムとしても不要な被害を出す気は無いが、これはどうしようもない所だ。
その時、押し合いで動けなくなっているベゼーグの背後に突如ロウレンが現れる。
戦いに夢中で気付くのが遅れたベゼーグは、背中に剣を突き立てられる。しかしすんでの所で筋肉を凝縮させ、負傷を最小限に食い止める。
「グゥッ!」
一瞬バランスを崩した所で、ヴォルガムはベゼーグの腕を跳ね上げ蹴り飛ばした。ベゼーグは地上に落下していく。これで1つ殺せたとは思わないが、話をつける時間は出来た。
「手前ぇ何してやがる!」
「お前の遊びに付き合う義理はありません。あの者は恐ろしい力を持っているようですし、早々に始末するべきでしょう」
「チッ……、わかったよクソッ」
反論する暇も与えずロウレンは捲し立てる。ヴォルガムの突撃を受け止める力と、あと8度蘇生出来る能力。厄介としか言いようが無い。
足元から振動が起きる。落下したベゼーグが拳を大時計塔に突き立てたようだ。
「向こうは市街の被害なんて気にしてくれないようですね」
「クソったれ!」
大時計塔頂上から飛び下り、近くの建物の壁を蹴りながらベゼーグを探す。大時計塔の壁面に足と腕を突き刺して張り付いていた。
「器用なことしやがる……!」
ヴォルガムより先に、壁を蹴った勢いと自由落下の勢いを乗せたロウレンが斬りかかる。だがベゼーグは壁から手を抜き、両足だけで壁に張り付いたまま、その剣を白刃取りした。
「!」
獰猛に笑うベゼーグ。ロウレンは空中で剣を掴まれたまま体勢を変え、頭部に蹴りをぶちこむ。
そこへ遅れたヴォルガムが下方から飛び上がり、無防備な背中へと突撃を掛ける。狙うは先程の斬り傷だ。
「ぬぅうううん!!」
ベゼーグは剣を掴み頭を踏まれたまま強引に上半身を捻り、下方より迫るヴォルガムへ向けてロウレンを放り捨てた。
「……!」
同士討ちを狙った攻撃だが、ロウレンは焦ること無く絶妙な力加減で剣を振るい、ヴォルガムの闘気に押し当て、その上を転がるように回避していった。
至高の錬武と、互いを知り尽くした経験を掛け合わせた妙技である。
果たして、突撃の勢いはほとんど減じることはなく、ベゼーグの背中を貫いた。
※
(落っことしたら射てないだろ……)
ベゼーグの命の1つを奪ったハルクであったが、ヴォルガムが大時計塔から蹴落としたことで、それ以降は攻撃出来ずにいた。
まあ、あの老人達が大人気無く暴れまわってくれるなら、問題は無いだろう。
ハルクは眼帯を戻し、目を休める。
弓の名手でありながら不覚にも矢の狙撃で失った右目だが、魔導研究部の開発した魔導の義眼を埋め込まれたことで、彼は弓術師として更なる高みへ昇ることとなったのだった。
「将軍! お見事でした!」
「警戒は怠るなよ」
「はい!」
周囲でハルクの活躍を見ていた騎士達が嬉しそうに声を上げる。
が、言ったそばから彼らは、突如上空から降り注いだ無数の黒い剣に貫かれて絶命した。
「!?」
ハルクは驚きながら振り返ると同時に、黒い剣が飛来した上空に弓を構える。
気配も無く、空中に1人の男が立っていた。
銀色の髪に、金色の装飾が施された白いマントを纏っている。そして何より特徴的なのは、額から伸びる2本の黒い角。周囲には騎士達を貫いた黒い剣が6本浮遊し、ハルクを狙っている。
「――!」
その赤い瞳と目があった瞬間、ハルクの矢と角の男の剣は同時に射出された。
黒い剣を光の矢が砕きながら角の男を狙う。だが、貫いたと思った瞬間、その男は黒い影だけを残し姿を消滅させていた。
(……後ろッ!)
斬撃の気配を感じ、ハルクは前方へと飛び転がる。間一髪で回避し、空中で上下反転しながら矢を放つ。
だが再び黒い影だけを残しその男は姿を消す。
着地して周囲に隙無く警戒を払う。
「……我が剣を3度もかわすとは、見事と言わせて頂こうか」
前方の建物の影から声がした。ハルクは顔を出したら即座に狙い射てるよう、弓を構える。
「……今日の用事は挨拶だけだ。本気でまみえるのは、また別の機会があればにしようぞ」
気配が消える。それでもハルクはその男が別の場所に現れるまでのしばらくの間、決して緊張を解かずにいた。
※
「おい、復活するまで待ってなきゃいけねえのかあれ?」
「さあ。それより、縦に半分に斬ったらどんな風に再生すると思う? 右半身から左半身が生えるのか、その逆か。そしてそうなったら残った半身はどうなるのか。まさか両方から再生して2体に増えるのではあるまいな」
「知るか」
「それ次第では頭と心の臓だけ残して、何か聞き出せるかも知れん」
「面倒くせえな……」
ヴォルガムとロウレンは腹に穴が空き絶命したままのベゼーグを見上げる。足が壁に突き刺さった死体と言うのも中々異様な光景である。
その時、ベゼーグの隣に黒い影が出現し、そこから角が2本生えた男が出現し、空中に立った。
「仲間か?」
「だろうな」
「ならあいつも殺って良いんだな」
※
「いつまで遊んでいる」
角の男がベゼーグに声を掛ける。それに反応したように肉塊が傷跡から盛り上がり腹の穴を塞いでいく。
「あぁ、あ? んだよルシティスか。俺は今最高に良いぃ気分なんだよ。邪魔すんな」
「あまり無駄に命を消費するべきでは無い。殺すならさっさと殺せ」
「無駄ぁじゃねえっつうの」
ルシティスと呼ばれた魔族の男はベゼーグに説教をした。だが聞く耳は持たれない。
「やれやれ」
その時、会話をしている所へヴォルガムが突撃を仕掛けてきた。
ルシティスは黒い剣を出現させ、放射状に展開。防御力場を発生させてこれを防いだ。
「おぉい! 俺の獲物取るんじゃあ無ぇ!」
「知らんな」
そこへさらに黒い剣を展開、ヴォルガムへと射出する。
「チィッ!」
ヴォルガムは突撃を停止し、闘気を纏ってこれを防ごうとする。だが黒い剣はそれをまるで存在ごと無視したかのようにヴォルガムの体に突き刺さる。
「……ッ!?」
魔力抵抗が発動し、黒い剣がそれ以上突き刺さっていくのを拒む。この剣は魔力によって形作られた物らしい。
「ほう、耐えるか」
冷酷な瞳を落下していくヴォルガムに向けるルシティス。その背後からロウレンが斬りかかった。しかし、
「ム!?」
ルシティスは完全に気配を殺した背後からの斬撃を、黒い剣を展開して防御する。
「今日はここまでだ。人間よ」
ルシティスはベゼーグの手を取ると、2人まとめて黒い影に姿を消した。それと同時に黒い剣も消滅する。
「待てッ!」
ヴォルガムに続いてロウレンも地面に着地して、大時計塔の頂上を見上げた。
※
再び大時計塔の頂上に立ったベゼーグとルシティス。
せっかくの戦いを邪魔され不機嫌そうなベゼーグに代わり、今度はルシティスが人間達に向けて言葉を放つ。
「聞こえるか人間よ……。この襲撃はあくまで我ら魔族の方針を見せるためのものだ」
ルシティスが両手を広げると、大時計塔周辺に数百はあろうかと言うほどの黒い剣が次々と出現した。
「我々はいつでもお前達を殺す機会を窺っている。ゆめゆめ忘れるな。せいぜい恐怖すると良い」
広げた両手を握り込むと、無数の黒い剣は次々に大時計塔へ突き刺さっていく。
剣から黒い色が塔外壁へと侵食していき、やがてその全てが不気味な黒に染まっていった。
「……これは置き土産だ。我らが女王の意思、確かに伝えたぞ!」
ルシティスはベゼーグと共に、再び黒い影へと消えていく。
そしてそれの代わりとばかりに、黒く染まった大時計塔の外壁から、次々と全身が真っ黒な、翼の生えた狼が出現した。
純魔種『シャドウファンガー』。伝承に於いて悪魔の使役すると言われた影の魔物だ。
※
「まずいだろあれ……!」
それを見ていたショーマは戦慄する。
どういうわけかは知らないが、先程ベゼーグと名乗った男の宣戦布告を聞いてからレウスの様子がおかしいのだ。
動悸が激しくなり全身を震わせて、立っているのも辛そうだった。
そこへ大量の魔族が新たに出現したとあっては……。
「訓練所へ戻りましょう。候補生達じゃどっちにしろ大したことは出来ないわ」
メリルが提案する。確かに候補生を率いる立場のレウスがこれでは、ただでさえ未熟な候補生達には荷が重い。
「僕が指揮を執りますよ。あなた達はレウス君を守ってください」
第2小隊長のリシウスが名乗り出る。こういう時はそうする決まりだった。
「ええ、お願いするわ」
「レウス、大丈夫か!」
ショーマはレウスの肩を担ぎ、何とか立たせる。
「……すまない」
「謝るのは後だよ!」
第2小隊が先頭を行き、その後ろを第1小隊が続く。殿は第3小隊が務めて、候補生達は訓練所へ撤退する。
市街に降り立った『シャドウファンガー』からの防衛は正規の騎士団に任せる。幸いすでに十分以上な数が展開しており、被害は最小限に食い止められそうであった。
ショーマはそれを背に、大切な友を抱えてただ走るだけだった。
※
あれが、魔族。
ショーマが戦い、平和を勝ち取らなければならない、宿敵の姿であった。