ep,035 魔人出現
翌日。
作戦に参加する候補生達は、その日の訓練を通常の半分で終え、装備品等の準備を行うと共に作戦の再確認をしていた。
……十分に戦えると判断された者から特別に選抜された小隊とは言え、候補生はまだまだ新人ばかり。せめて対魔族専用の戦力としてだけでも取り急ぎ使えるようにしたい、という騎士団総団長の考えにより、彼らには何かと無茶な教育が行われていた。そこには批判も少なくない。
第1、第2小隊が参加した魔族拠点攻撃作戦は危なげなくも無事に終了したが、今回の第3から第6小隊も参加する作戦はまだどうなるかわからない。前回も今回も十分な考慮の上で、問題無いと判断され実施されたものではあるが、死亡、ないし再起不能級の重傷を負う候補生が出るようなことがあれば、慎重派からの圧力で教育課程の再構築が必要になる可能性もある。
第1、第2小隊はいずれも中々の名家出身者が多く、特に抜きん出た成績の持ち主揃いで、現時点で騎士団入りさせても問題無い実力者もいるほどだったが、第3から第6小隊はそうとも言えない。実際の戦いにおける空気というものは、訓練だけでは身につかないものだ。それゆえ今回のような戦闘を行う可能性すら無い作戦にも参加させるのだ。
大胆な手段ではあるが、本当に上手く行くかどうかは実際にやってみなければわからない。
※
その夜。第1小隊メンバーは部屋にこもり、思い思いの時間を過ごす。明日を思い、大切な人を想う。
簡単な作戦。何事も無く終えられて、また当たり前のようにその次の日を迎えて、厳しい訓練に汗を流すのだと、皆がそう思っていた。
※
そして作戦当日。第1小隊と第4小隊は渓谷から王都に繋がる道で待機する。
道幅は横に馬車が3台は通れそうかというほどであり、結構広い。とは言え周囲は大きな岩や木々がいくつもあり、大規模な魔法は危険そうだ。
ショーマは仲間達の様子を見てみる。緊張していたり、楽にしていたりとまあ、だいたいいつも通りだ。
ふと岩に座り込んでいたバムスに注目する。首から下げているペンダントか何かを見ているようだ。と、思ったが、良く見たらあれはいつぞやセリアの父親から、第1小隊の皆に送られた木彫りのお守りであった。リヨールを発つ前にレウスから全員に配られた物で、もちろんショーマもリノンのペンダントと一緒に下げている。……効果が打ち消しあったりしないか少しだけ不安だが。
「なんか意外だな」
「あん?」
ちょっと面白い光景だったので、つい声をかけてしまう。
「ああ。……俺はこういうのは別に信じていないんだがな」
「ふうん。なのにちゃんと持ってるなんて、結構律儀なんだな」
「フン?」
バムスは胸元からもう1つ別のペンダントを取り出して、ショーマに見せびらかした。
「妹からも同じようなのを預かっていてな。安易に否定すると妹の想いも否定することになるわけだ」
「ああ、そう……」
そう言うことかと納得する。自分と似たようなことになっている誰かがこんなすぐ近くにいたとは。
それからしばらく経つも、まだ事が起こる気配は無い。時間も時間なので、いつでも戦える準備をしつつ携帯食料を食べて栄養補給といく。
「不味い……」
ショーマは初めて食べたが、ぱさぱさして味も無く、あまり積極的に食べたいとは思えない物だった。
「そうだね……」
「作る時に果物の果汁とか混ぜたらちょっとは美味しくなると思うんだけど」
「ほう、面白い考えだね。こういうのを作るのは薬師術師だから、頼んでみると良いよ」
「ふうん。……フィオン、そういうわけだけど」
「あ、はい。そうですね。実際やってみないとどうなるか。……でも良さそうだと思います」
「そっか、期待してるよ」
「は、はい! がんばります」
そんな様子を見てセリアが別の話題を振った。
「……ところで、第3と第6小隊の所にはヴォルガム将軍が付いているらしいよ」
「ああ、ここに来るまでなんかいるなー、とは思ってたけど……。護衛のつもりかな?」
「だろうね。あの2隊は失礼ながらちょっと頼りないと思っていたし、良いと思うが……、彼らは大変かもね」
「なんかあっても全部あの人が片付けそうだな」
「まあでも、今回は私達に随伴してくれる騎士がいないっていうのは気を付けなきゃいけない所よね」
メリルが気を引き締めるようなことを言った。
「そうだね。……今更だが、以前の時のような分隊行動はちょっと無茶が過ぎたと思う。今回は安全に行きたい。皆はあまり離れすぎないで行動してくれよ」
「そうだな……」
確かに初めての戦いでは、成功する前提で行動をしていた。そして結果、予想外のことが起き危険な目にあった。
ああいう事態は正直もう御免である。ショーマはその時負傷した腕をなんとなくさすってしまうのだった。
※
1300時頃。相変わらず何も無いまま時間が過ぎていくと思っていた頃。
王都市街がある方角から、地響きが聞こえてくる。わずかに揺れもあった。
「地震……?」
「……!」
一同は市街の方へ視線を向ける。すると、外壁に覆われた市街の向こう、建物の一部から白煙が上がり始めた。
「おいおい……」
地震、もしくは事故程度なら良い。いや良くは無いが、ましな方だ。この時世、やはり気になるのは魔族による仕業という可能性だ。
「気にはなるが……、僕達はこっちの作戦がある。まだ待機だ」
レウスは真剣な表情で煙を見つめ、渓谷の奥にあるであろう洞窟へ視線を戻す。
調査を行っている部隊はこのことに気付いているのだろうか。さすがに部隊全員が洞窟の中に入っているということもあるまいし、気付いてはいるだろう。やはりどうするかの判断を待つべき所だ。
そのままじっと待つ。何か起きているのはわかっているのに、何もしないで待っているというのは苦痛だ。
ここは市街から遠いと言うほどでも無いが、決して近くは無い。リヨールの時と違って、今から急行してももう騎士団は展開し終えているだろう。持ち場を離れてまで行くべきではない。
などと考えていると、市街から赤い煙を放つ信号弾が2つ打ち上げられた。上級認定の緊急事態を知らせる信号弾だ。要するにこれを見たら大至急集合せよ、一般市民はこの区画から待避せよという合図だ。それでも、市街の外で作戦行動中の者は例外だが。
とは言えかなりやばいのでは、とショーマが思っていると、東の方角から怒声が響いた。
「うおおおおお!!」
ヴォルガムの声である。
「候補生の6小隊は儂に続けぇ! これは将軍命令であるッ!」
と、叫び声が続くと同時に市街方向へ駆け出しているヴォルガムの姿が見えた。恐らくは信号弾を見て、居ても立ってもいられなくなったのだろうが、さてどうしたものか。
「中隊長より将軍の命令が優先だ。皆行くよ!」
「り、了解!」
レウスは1番に駆け出した。すかさずメリルや他のメンバーも続き、慌ててショーマも駆け出す。
「第4小隊も!」
「え、あ……、り、了解!」
すれ違い様に、突然の事態に動揺している第4小隊にも声をかけていく。彼らも遅れて駆け出した。
舗装された道路に出ると、他の小隊とも合流する。そしてずっと先をヴォルガムが1人で疾走している。
遅れること少し。後方、つまり渓谷の方から青の信号弾が1つ打ち上げられた。作戦終了を意味するもので、つまりはあの場を放棄しヴォルガムに付いていって構わない。という意味だ。
候補生が上級の緊急事態において何が出来るのかという問題はあるが、ヴォルガムの命令だ。出来ないことはやらせない。せめて余計なことだけはしないでおこうと、この場にいたほとんどの人物が考えていた。
※
信号弾の打ち上げられた場所、王都パラドラ南東区画6の5地区。
人の通りもそれなりにある市街の真ん中に、地鳴りと振動を轟かせながら地面を突き破り、魔族『ギガンティックモール』が出現した。そして地上へ乗り出た『ギガンティックモール』に続いて、大きく開いた穴の中から精霊種の魔族、『ファイアコボルト』、その属性違いの『ロックコボルト』がわらわらと這い出てくる。
突然の巨獣出現に市街は騒乱に陥った。警備を行っていた騎士達が市民に避難誘導を行いながらも、『ギガンティックモール』へ攻撃を行うが、どこぞの大隊長でもあるまいし、その巨体を前には苦戦を強いられる。
「うわああ!!」
騎士達を薙ぎ倒しながら市街を蹂躙する『ギガンティックモール』。巨体による体当たりで、建物が崩れていく。そこへ『ロックコボルト』が手にしていたゴーレムコアを放り投げる。建物の崩壊によって出来た瓦礫を肉体に、『ロックゴーレム』が生まれた。
巨獣と巨人の蹂躙により、被害はさらに広がり、そしてまた壊された建物の瓦礫から、次々とゴーレムが作られていく。被害が増えれば増えるほど、魔族はその勢力を増していくのだった。
一足遅れて別の地区から騎士団の増援が到着する。南部からボーダ・オルクの率いる中隊、西部からルインズ・ミラーの率いる中隊だ。
各部隊が展開、整列し、同時に防御魔法を展開。これ以上の被害拡大を防ごうとする。
「石人形ごときに、我らの街はやらせんぞ!」
ボーダ中隊長が叫び、中級魔法『ロックスピニング』を発動させる。周囲の瓦礫を集め螺旋状に固めて回転させながら射出する魔法だ。
ゴーレムの体を削り、胴体を射ち貫く。もっとも頑丈な部位にコアはあると予測は的中し、まずは1体を撃破成功となった。
一方、ルインズ中隊はゴーレムや建物の影にちょろちょろと隠れるコボルトに目をつける。ゴーレムコアを持っている奴らから仕留めなければキリが無い。
「イタズラが過ぎたわね……!」
ルインズ自ら発動した『アイスニードル』が次々と『ファイアコボルト』を貫いていく。最小限の魔力と術式で作られた小さくも鋭い氷の針が貫く魔法で、連続発動に向いている。命中精度の低さを補えるならば強力な魔法となる。
2つの中隊は市街への被害を防ぎながら魔族を撃破していく。だが巨大な『ギガンティックモール』と複数の『ロックゴーレム』を前にしては、まともに戦える騎士も多くは無く、どうしても被害も大きくなってしまう。
「ちっ……、ここは踏ん張りどころだよ!」
ルインズは部下達を叱咤しながらも懸命に攻撃を続ける。
だが、魔族の襲撃はこの地区だけでは無かった。
※
南東区画12の3地区。同様に出現した『ギガンティックモール』らの襲撃により被害が次々と発生する。
任命されたばかりのメック・ファルスト中隊長が率いる部隊が展開し、魔族への攻撃と市民の避難誘導を行うが、敵の巨大さと攻撃力を前には手こずる。
「ああ、くそッ……!」
舌打ちをするメック中隊長。せめて市民の無事だけは確保したいのだが……。
その時、閃光のような斬撃が『ギガンティックモール』を縦に両断した。
マントをはためかせてメックの前に現れたのは、
「……ロウレン将軍!」
虎と竜と並び立つとされる架空の生物、『鬼』をその名に持つ、『鬼刃将軍』ロウレン・ガイウスであった。
「私が引き受ける。君達は市民の避難を」
「あ、ありがとうございます……! しかし……」
「邪魔をするな、と言っているのです」
背中を向けており表情は見えない。だがしゃがれた声で凄まれると、メック中隊長はそれ以上ロウレンに何も言えなくなる。
普段は穏やかな物腰ながら、いざ戦場に立てば『鬼』は目覚める。
逃げるようにその場から離れ、メック中隊長は部下達に市民の避難誘導に専念するよう指示を出す。
「では、覚悟は良いか魔族どもよ……」
ロウレンは長年の功績を称えられ、彼のためだけに名工が鍛え上げ、王自ら授けられた銘剣『グロリアスキャリバー』を構える。その剣は、ロウレンが騎士の位を得てから45年の間に積み重ねた栄光の結晶である。
誰よりもこのブランジア王国のために働き、王国のために戦い続けたロウレンとグロリアスキャリバーは、いかなる敵をも断ち斬り、王国に栄光をもたらすのだ。
そして今また、王国へ災厄をもたらすものに、その剣が振るわれる。
※
ヴォルガムと候補生達が北東区画に到着する。この時点で信号弾が打ち上げられた、つまり魔族が出現した地点は3つ。南東区画に2つ、そしてこの北東区画に1つだ。
8の5地区。その打ち上げられた地点に到達したヴォルガムはすぐさま戦闘中の騎士団に加勢した。模擬戦の時と違い、本気では無いにしろ戦闘用装備を整えたヴォルガムを前にしては、ゴーレムでは歯が立たない。攻撃力と防御力を兼ね備えた強敵と言えど、速さが無ければ格好の的である。
遅れて駆けていた候補生達は、レウスの指示で隣の8の6地区との境界線付近で待機しておく。すでに市民の避難は終わっているようだ。後はいかにしてあの魔族を押し止めるかである。だがそれもヴォルガムに任せれば問題もあるまい。
街並みの節々から、ゴーレムとの戦闘の様子が伺えた。どう見ても候補生達に出番は無い。
少しほっと一息ついた所で、ショーマは上方から魔族の気配を感じた。
「上!」
「!?」
魔族の鳥が10体ほど、旋回しながら地上に近付いてくる。さらにその背から飛び降りる影があった。『アイスウェアウルフ』が『アイスファルコン』の背に乗り、上空から市街へ侵入したのだ。
飛び降りた勢いを乗せ、3体の『アイスウェアウルフ』がその爪で候補生に襲いかかろうとする。だがその内1体はローゼの矢に撃ち抜かれ、もう1体はメリルの『ファイアボール』で着地前に撃墜される。そしてデュランに襲いかかった3体目は攻撃を回避され、すれ違い様に斬り捨てられた。
「第1と第2小隊で迎撃! 第3小隊以下は密集して守りを固めろ!」
レウスが剣を抜きながら指示を出す。第1小隊は即座に戦闘体制に入り、第2小隊も少し遅れて続く。第3小隊以下は突然のことに動揺しながらも、その2つの小隊の冷静な動きを見て落ち着きを取り戻した。
(空からもかよ……!)
ショーマも心の中で舌打ちしつつ剣を抜き、術式を展開した。
※
「ハァッハ! なぁかなか良い調子だなぁ!」
王都市街での戦闘の様子を、上空から巨大な魔鳥『メガロファルコン』の背に乗り、獰猛な笑みを浮かべて眺めている者がいた。
鋼のように硬そうな筋肉と肉食獣のように鋭い牙、そして悪魔のように邪悪に輝く紅い瞳の持ち主は、そう。人間に良く似た姿を持ちながらも、人間では無い。
「もう行って良いだろぉ、オイ?」
誰にともなく話しかける。しかし、虚空からは返事が響いた。
「もう少し待つと良い。あの騒ぎではお前の話に耳を傾ける余裕の無い人間もいることだろう」
「カァッ。俺の話を聞かないなんてぇ殺したって許せねえなぁ。しょうがねぇ、もうちぃっとだけ待ってやるか。せぇっかく300年振りの復活だからなぁ、どぉうせなら盛大に行きてぇ!」
我慢をしきれていないのか、その男は剥いた牙の間から汚ならしい涎を溢れさせていた。
※
手のひらから氷の刃を伸ばして、まるで剣のようにして斬りかかってきた『アイスウェアウルフ』の攻撃を巧みに回避し、レウスはその両腕を斬り落とした。
氷が斬り落とされた部位を覆い、出血を防いだ。
腕を失い今度は牙で噛みつこうとしてきた所を、喉元に剣を突き刺して絶命させる。傷を塞いでも剣が突き立ったままでは命は無かった。
「これで全部か」
上空から降りてきた『アイスウェアウルフ』はその1体で全て討伐された。周囲に隠れている気配も無い。
「怪我人は!」
「今治癒してる!」
レウスの確認にショーマが答える。第4小隊の女子が1人攻撃を受けて負傷した。だが十分癒せる範囲の傷である。
「ああ、ありがとう。……皆、警戒はまだしておくように」
「了解」
突然の交戦であったが、なんとか無事に終わった。だが第2陣が無いとも言い切れない。とは言え、上空を見ても鳥が1羽飛んでいるだけで、先程の『アイスファルコン』はどこかへ行ってしまったようだ。
ふと見れば、隣の8の5地区での戦闘も片が付いたようで、静かになっている。
「終わった……、のかな」
誰かが呟いた。確かに周囲は大分静かになっており、戦闘の気配はもう無かった。
だがショーマはそうは思わない。
上空を旋回するあの鳥から、とてつもなく巨大で凶悪な魔導エネルギーを感じたのだ。結構な距離があってもはっきりとわかる。
……あれは、危険だ。
とは言えここはブランジア騎士団の総本山。たった1体で何が出来ると言うのだろうか。
「ショーマ……?」
上空を睨み続けるその様子に違和感を覚えたメリルが、少し不安そうに声をかけた。
「ショーマくん?」
それに気付き、セリアも声をかける。無反応なショーマに2人は顔を見合わせ、同じように空を見た。
「あれが、気になるのか?」
レウスも見上げ、そして他の候補生達もつられて見上げていた。
やがてその鳥は市街の中心に向かっていった。
そして、鳥の背から飛び降りる影が見えた。
※
その者は王都市街の中心にして、王都で2番目に高い場所である大時計塔の屋根に着地した。
中身の詰まっていそうな屈強な肉体の持ち主でありながら、着地はずいぶんとデリケートだったようで、不思議と屋根瓦の1枚も割れることは無かった。
その者は街中の人間から注目を集めていることを肌で感じる。
だが、まだ足りない。
「聞ぃこえるか人間共ォ!!」
高らかに叫びを上げる。街中に、国中に声を届かせるつもりで叫んだ。その声を聞き付けた人間達の意識がこちらに向けられていくのがわかった。
今こそその時。自らに与えられた役目をまずは果たす。
「我らが女王フュリエスの名の元に――!」
フュリエス。その名に聞き覚えがある者が、この街に極僅かながらいた。
レウス・ブロウブもその1人であった。ただそれが、何を意味するのか、その時のレウスにはまったく理解出来なかった。
「我ら魔族は、ブランジア王国に生きる全ての人間へと、宣戦布告を行うッ!!」
※ ※ ※
――人間と魔族の存亡をかけた戦い。
人魔戦争が、ここより始まる。
2012年 03月01日
話数表記追加