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良平はハルオが土間の息子である事を御子から聞いていた。本来、御子はその手の話を人にしない性質だが、なまじ本人がその気になれば良平の心を読む事が出来るために、二人の間に秘密を作らないというのが、暗黙の了承となってしまっている。良平からすれば御子が気にしすぎるように思えるが、これは御子にしか分からない感覚なのだろう。御子が納得できるのならと、そこはあえて触れずにいる。
土間の方でも、この話は良平には伝わっているものとしてとらえているようだ。
「ハルオは刃物が苦手なのよね。こういう事は向き不向きがあるんだから、無理強いする事もないでしょう」
土間も本音はハルオに刃物を持たせたくはないらしい。本人も、つい、この間まで刀を手にしなかったぐらいだ。刃物に対する恐怖心は親譲りなのだろうか?
「でも、ハルオのすばしっこさと反射神経は並はずれたものがありますよ。動体視力も悪くない。仕込めばかなり行けると思うんですが」
おそらくそこも親譲りだろう。そう思いながら良平は突っ込んでみるが
「だけど、喧嘩に使うにはそれだけじゃね。やっぱりそれなりの度胸と冷静さがないと。人を傷つける道具なんて持たないに越した事はないんだから」
刀使いとは思えない言葉が土間からはすぐに飛び出す。
「しかし、もったいないなあ」良平はつい、愚痴が出た。やはり仕込んでみたい気はあるのだ。
「良平は指導者タイプなのかもね。大丈夫よ。ハルオでなくたって、いい弟子にきっと巡り合えるから」 土間はそう言って良平の視線をさらりとかわした。
「これは、大変お待たせしました」御子は自宅部分の玄関先で、由美の突然の来訪に驚いていた。
「ちょっと仕事の手が離せなかったもので。だいぶお待ちになったんじゃないですか?」
御子はつい、うろたえた。
「いいえ、気になさらないで。こてつの散歩のついでに寄ってみただけなんですから。真柴さんは自営業だったのかしら?」
由美はこてつと共に、のんびりとした笑顔で聞いてくる。
「え? あ、あの、いえ、そのう」
ああ、余計な事、言わなきゃよかった。昨日だったら礼似がいて、口先三寸で何とかなったのに。御子は必死で笑顔でごまかそうとする。こう言うのは得意じゃないのよね。
「どんなお仕事なのかしら?」由美がにこやかに尋ねた。
ああ、ほら、きたあ。どうしよう。当たり障りのないところって。
「まあ、相談を受けたり、仲介をしたり、色々取りまとめたり」
うん。この辺なら無難。嘘って訳でもないし。
「コンサルタントのお仕事なんですか」由美は納得顔で言う。
「ええ、まあ、そんな感じで。はははは」もう限界だあ。誰か助けて。
御子の祈りが通じたのか、タイミング良く、いや、帰って来た組長にとっては悪く、真柴組長が帰って来た。
「これは、突然お伺いして申し訳ありません。実は主人の仕事の事で何かお聞きになっている事はないかと思いまして」
由美は組長にとって最悪の質問をぶつけて来た。
「いや、私も仕事の話はお互いした事がないんですよ。あくまでも個人的な付き合いですのでね。それよりも、この間の式で、娘夫婦が妻の写真に細工を施してくれまして」組長も必死で話をそらす。
「まあ。それでしたら私が御子さん達から、ご相談を受けたんですの」由美もその話にノッてきた。
助かった。今度礼似にうまい嘘のつき方をレクチャーしてもらわなくちゃ。御子は胸をなでおろした。
それにしても、奥様が心配するなんて、よほど会長も参っているらしい。おそらく反会長派の件に気がついたのだろう。これはぐずぐずしていられないかもしれない。
御子の不安通り、こてつ会長は、悩みの真っ只中にいたのである。