第1章 11話 背負う過去と約束
刺客たちを氷漬けにし、プロトの『アイテムボックス』へ収納した裏路地。静寂を取り戻したその場所で、介人はプロトの装着を解除し、改めて二人に向き合った。
「二人とも、一旦人目のない宿屋の部屋に戻ろう。当面追っ手の心配はないはずだけど……これから一緒に旅をする以上、言いたくないこともあるだろうが、二人が抱えている事情をある程度は教えてほしい。……口の硬さには自信があるぞ」
介人の真摯な瞳を受け止め、リナとギルは顔を見合わせると、深く頷いた。
◇
宿屋の部屋に戻り、鍵をかけると、部屋の中に重苦しい静寂が落ちた。テーブルを挟んで向かい合った二人の表情は固い。
「プロト、念のため周囲の人間に不自然な動きをする奴がいないか警戒してくれ」
『マスター、了解しました』
プロトはホログラムマップを投影し、周囲の人間を観察し始める。それを見届け介人は二人に視線を戻す。
「……どこから話せばいいかしらね」
リナがぽつりと呟き、自身の腰に差したレイピアの柄にそっと手を置いた。
「私たちの故郷は、ここから遠く東南に位置する『アラハガマカ王国』よ。今から五年前……私が十六歳、ギルが十八歳の時に、その惨劇は起きたわ」
リナの言葉を引き継ぐように、ギルが低く静かな声で語り始める。
「当時、我が国の軍部で『神童』とまで称えられていた青年将軍がいました。二十歳という若さでありながら文武に秀で、王からの信頼も厚く兵たちからの人望も厚かった男……エビロム=アルバート。……私の、二歳年上の実の兄です」
「ギルの……お兄さん!?」
介人は思わず目を見開いた。先ほど尋問で出た首謀者の名。まさかそれが、目の前で穏やかに微笑むギルの実兄だとは思いもしなかった。
「はい。……ある日突然、兄は軍部を率いて大規模なクーデターを起こしました。王城は一夜にして炎に包まれ……兄は、当時二十三歳だったリナ様のお兄様……第一王子イガレム=エドワード殿下をその手で亡きものとしたのです」
◇【回想】
アラハガマカ王城――炎と煙が立ちこめる『王の間』。
対峙するのは、第一王子イガレム=エドワードと、冷たい笑みを浮かべる青年将軍エビロム=アルバート。アルバートの背後には、王の間への出入り口を隙間なく埋め尽くすほどの武装した兵士たちが控えていた。
「アルバート将軍、これはどういうことかな? 王家に刃を向けるような教育をした覚えはないが。ここまでのことをしたら、貴殿もただでは済まんぞ」
「ハハハッ、笑止な。これから死にゆく者が何を言う。貴様ら一族をこの場で根絶やしにして終わりだ。アラハガマカ王家は今日で滅亡する」
「そんなことがまかり通ると思うか? 貴殿はもう少し賢い男だと思っていたが」
「たいした力もないくせに、いつまで上から物を言う! この状況がわからないのかっ!? 貴様一人でどうにかできるわけがなかろう! この国は私がいただく。何一つ私にかなわぬ凡庸な貴様らではなく、他者より抜きんでた圧倒的な力を持つ者が治めるべきなのだ。王家という理由以外は平凡な貴様らは、もはや害悪なのだよ!」
「アル、崇高な思想と民への思いなき力は、ただの暴力でしかない。どれだけ力があり謀りごとが上手かろうとも、民を導くことはできん」
「戯れ言を。力なき貴様では何もできん。ここで終わりだ!」
アルバート将軍が腰の剣に手をかけ、踏み込もうとしたその瞬間――ドドォンッ! と凄まじい爆発音が複数響き渡った。
出入り口に集まっていた兵士たちが吹き飛び、爆煙が充満する王の間へ、一人の若い男が飛び込んでくる。
「エド様、ご無事でしたか!」
「愚弟よ、いまさら何をしに来た。王城は我が軍によって完全に包囲され、もはや逃げ場はない。命乞いをして私への忠誠を誓うというのであれば、ギル、お前だけは助けてやろう」
「兄上、気でも触れたのか!? 我ら『護りの一族』の掟を破り、王子に刃を向けるなど……っ!」
「グズはいつまでたってもグズか。古の掟に縛られ、いつまでも愚鈍に日々を生きる貴様らに辟易しているのだよ。もういい、貴様から死ね!」
アルバートが冷酷な一閃を、ギルに向けて剣を振り下ろす。その剣閃の間に割り込むように、エドワードが飛び込んだ。ギルを庇うように立ち塞がったエドワードの胴を、鋭い刃が深く深く切り裂く。
「エド様ーっ!? なんてことを……っ! いますぐ回復魔法を……っ!【ヒール】!!」
ギルは全身全霊を込めて【ヒール】を唱え続けた。だが傷はあまりに深く、溢れ出る血液を止めることも、生命力を繋ぎとめるには至らない。エドワードの身体から、急速に力が抜けていく。
「あぁ……エド様……っ! なんで、なんでぇっ!?」
ギルが泣き叫び、涙と鼻水に塗れながら過剰なまでの回復魔法をかけ続けるが、命の灯火は徐々に消えていく。エドは最後の力を振り絞り、ギルの肩を強く掴んで語りかける。
「ギル……泣くな。……勝手に体が動いちまったんだ。それに、人を助けるのに理由なんかいらないだろ……」
「エド様……っ!」
「だが、俺はもうもたない。お前だけでも逃げろ。そして……俺の最後の願いを聞いてくれ。父上、母上、そしてリナを……お前の手で救い出し、この国から逃がしてくれ……っ!」
燃え尽きる寸前の命の灯の最後の炎を燃え上がらせるように、生命の限界を超え、エドは鬼神の如くアルへ飛びかかった。半死半生の男が見せた常軌を逸した特攻に、さのアルも一瞬狼狽する。
「バカな!? ほぼ死人同然の貴様の、どこにそんな力が――!?」
「ギル、行けぇぇぇっ! 行くんだぁぁっ!!」
ギルが全速力で王の間を飛び出し、走り去るのを見届けたその瞬間、糸が切れた人形のようにエドワードの身体が膝から崩れ落ちた。
死力を尽くし、その命を燃やし尽くした王子の遺体。それを呆然とした表情で見つめるアルを残し、王の間は静寂につつまれた――。
◇【回想終わり】
壮絶な過去を思い起こし、ギルの拳が血管を破らんばかりの力で握り締められる。実の兄が大逆の罪を犯し、尊敬する王子の命を奪ったという絶望と激痛。その重みが部屋の中に強く響いた。
「他の王族や重臣たちも狙われたけれど、近衛や忠臣たちが命がけで食い止めてくれたわ。でも、国は崩壊……私たちは生き残るため、大人数での移動は目立つからと、散り散りになって逃げるしかなかったの。父上や母上とも別れてね」
「ギルは、自分の兄が犯した罪への責任と、エド兄との最後の約束から……当時十六歳だった私を護衛して国を脱出してくれたの。それ以来、五年間……私たちは大陸各地に散った重臣や王族の生存確認と、国を取り戻すための反撃の手がかりを探して旅を続けているのよ」
現在二十一歳になったリナ。そして二十三歳になったギル。
二人が背負ってきた五年間の孤独と過酷な運命の重さに、十九歳の介人は息を呑んだ。
「だからカイト、あなたをこれ以上巻き込みたくなかったの。アルの手先……アルバート将軍の追っ手は、私たちを殺すまで執拗に追いかけてくるわ」
「そうか……事情はよく分かった」
介人は深く頷くと、二人の目をまっすぐに見つめ返した。
「俺の気持ちは変わらないよ。俺とプロトの力で二人の力になれるなら、いくらでも使ってくれ。俺は誰かを守るため、困っている人を助けるため、非力な自分でも誰かの力になれるように、そのための力としてプロトを作ったんだ。目の前の仲間を助けない理由なんかないさっ」
「カイト……」
迷いのない介人の言葉に、リナは思わず胸を突かれたように目を見開いた。
(十九歳で……生身では圧倒的に貧弱なはずなのに……どうしてこの人は、こんなに真っ直ぐで強いのかしら……)
自分の命が狙われる危険も顧みず、自分たちの過酷な運命を丸ごと受け入れようとする目の前の青年。持ち前の柔軟な発想力と恐ろしいほどの行動力で、次々と不可能を可能にしていく彼の横顔に、リナの胸の奥が不意にトクンと熱く跳ねた。
「ふふ……本当に、カイトは変わった人ね。鍛えがいがあるわっ!これからもスパルタ稽古をビシバシ叩き込んであげるわ」
リナは照れ隠すように少しお姉さんぶった笑みを浮かべ、フイッと顔を背けた。その耳の端がかすかに赤くなっているのを、介人は気づいていない。
「……ふむ」
横で見守っていたギルは、介人の言動や行動にエドの面影を微かに感じていた。そしてリナのわずかな変化と、どこか気恥ずかしそうにする空気を察し、優しく目元を緩めた。
(リナ様が……あのような表情をなさるとは。カイト殿……貴方という人は、本当に不思議な魅力をお持ちだ)
過酷な逃亡劇の中でずっと緊張の糸を張り詰めていたリナが見せた、同年代の青年への素の反応。ギルは心の中で温かく見守りつつ、口を開いた。
「……さて、カイト殿。カイト殿が先遣部隊をひとり残らずあのような形で無力化・封印してくださったおかげで、奴らは本国へ報告を送ることすらできていません。追っ手の先頭を潰した以上、敵が異変に気づいて次の捜索隊を出すまで、かなりの時間を稼げたはずです」
「ああ。慌てて街を飛び出す必要はないな。むしろ、ヒルクーツクでじっくり旅の準備を整えたり、探しものとやらをしたり、冒険者としての依頼を受けたりする余裕ができたってことだ」
「ええ! 探索がてらカイトの冒険者としての実績重ねも焦らずできるわね。Bランク位までいくと色々便利よ」
介人の言葉に、リナもパッと表情を明るくした。
亡国の運命と因縁を分かち合った三人は、芽生えた絆と束の間の余裕を胸に、次なる冒険への第一歩を踏み出すのだった――!
読んでいただきありがとうございます。続きは11/7土曜日に上げる予定です。ストックに余裕が出たら前倒しも随時行いますのでよろしくお願いします。




