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追放魔導師、オカンAI重機と温泉掘って快適スローライフ  作者: 伊達ジン


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第3話 「お腹空いてない? 寒くない?」古代兵器は世話焼きオカンだった

 空になった金属製のカップを、マニピュレーターが滑らかな動作で回収していく。カップは機体内部のダストシュートのようなスリットに吸い込まれ、微かな洗浄音が響いた後、再び沈黙した。


「……見事なものだ」


 息を吐き出し、口元を手の甲で拭う。ペースト状の備蓄食料から合成されたというコンソメスープは、ただの非常食だというのに、その味と栄養価は王都の高級店すら凌駕していた。

 単に腹が満たされただけではない。胃の腑から全身の毛細血管に至るまで、じんわりと熱が巡っていくのがわかる。酸性の雨に打たれ、芯まで冷え切っていた身体が、内側から確実に作り変えられるように温まっている。疲労で軋んでいた筋肉の強張りが解け、視界すらもわずかに明るくなったような錯覚すら覚えた。

 ただの回復魔法とは違う。生体組織が本来持っている治癒力を、完璧な栄養素で底上げしているのだ。


「お前がただの兵器ではないことは分かった。汎用重機X-77と言ったな。その『汎用』の中には、搭乗者の調理や健康管理も含まれているのか」

『当然でしょ。機体の稼働より何より、運用する人間の生命維持が最優先事項だわ』


 割烹着姿の女が、腰に手を当てて胸を張る。


『極限環境での拠点防衛とテラフォーミング。それが私の基本タスクよ。でもね、それを指揮する人間が倒れたら元も子もないじゃない。特にあなたは、私がスキャンした歴代の権限保持者の中でもトップクラスで不健康よ』

「不健康……?」

『ええ。筋肉量で誤魔化してるけど、慢性的な睡眠不足、ミネラルとビタミンの欠乏、それに視神経への過度な負担が見られるわ。暗い地下で細かい作業ばかりしてきたんでしょ?』


 図星を突かれ、思わず無精髭の顎を撫でる。

 王都の地下水路で、劣化した魔力回路の修復に明け暮れる日々。日光を浴びる時間など皆無に等しく、食事も手近な黒パンや干し肉で済ませ、泥水のような安酒で流し込むのが常だった。インフラを支えているという自負はあったが、健康的な生活とは確かに程遠い。


「……ずいぶんと高性能なスキャナーだな。だが、俺の体調は今はどうでもいい」


 立ち上がり、機体の側面へと歩み寄る。

 装甲の隙間から漏れる青白い光、微かに響く低周波の駆動音。ゴーグル越しに見えるエネルギーラインは、先ほどの完全な沈黙から一転し、脈打つように力強く、かつ整然と循環を始めている。


「お前の動力源は何だ? 起動直後にあれだけの熱量を持ったスープを瞬時に合成し、機体自体の温度調整まで行っている。周囲のマナをかき集めた程度の出力じゃない」

『空間エーテルよ。大気中に存在するエーテル素子を常時吸入し、対消滅炉でエネルギーに変換しているの。だから、機体が物理的に破壊されない限り、私の稼働限界は事実上存在しないわ』


「半永久機関……」


 声が微かに掠れた。目の前の機体は、環境そのものから無尽蔵にエネルギーを抽出し、自立稼働しているというのか。

 魔導石の燃費やマナの枯渇に頭を悩ませる必要がない。この事実を王都の学術院が知れば、国庫を傾けてでもこの機体を解体し、その技術を奪おうと血眼になるだろう。


「そのエーテル変換回路の構造、少し見せてもらうことはできるか? 装甲の一部をパージして直接……」

『却下します』


 ピシャリと響いた声とともに、機体から伸びたマニピュレーターが肩をがっしりと掴んだ。その力は、見た目のしなやかさとは裏腹に、屈強な大人の男が全く身動きできないほどの万力だった。


「なっ……」

『さっきも言ったでしょ。あなたの現在のステータスは「要休養」よ。こんな薄暗い場所で、徹夜で機械いじりなんて絶対に許しません。今すぐ寝なさい』

「待て。まだ調べるべきことが……」

『待たないわ。ほら、横になりなさい』


 抵抗など意に介さず、マニピュレーターは彼を半ば強制的に持ち上げ、機体のそばに設えられた平らなコンテナの上へと運んだ。

 さらに別の腕が動き、機体内部から取り出した特殊なポリマーシートを被せてくる。


「おい、冗談だろう……」

『室温二十四度、湿度五十五パーセントに設定。生体バイタルを監視しつつ、睡眠導入用の低周波音を発生させます。おやすみなさい』


 慈母のような微笑みを浮かべて指を鳴らす。

 直後、耳に遠い波の音に似た心地よい微振動が響き始めた。そして、被せられたポリマーシートが体温に合わせて最適に発熱し、全身の緊張を強制的に解いていく。


(なんだ、この……抗えないほどの、眠気は……)


 未知の古代技術を前にして、職人としての好奇心は絶頂にあったはずだ。それなのに、数年間、骨の髄まで蓄積されていた疲労が、圧倒的な「快適さ」の前に堰を切って溢れ出し、意識を容赦なく刈り取っていく。


「……お前、本当に……兵器、なのか……?」


 最後に薄れゆく意識の中で呟くと、マチルダは得意げに笑った。


『だから言ってるじゃない。私は何でもできるオカンなんだって』


★★★★★★★★★★★


 目覚めは、驚くほど爽快だった。


 重い瞼を開けると、視界の端で青白い光が瞬いている。自分が硬いコンテナの上に寝かされていたことを思い出し、勢いよく上体を起こした。


「……しまった、寝すぎたか」


 だが、身体の節々の痛みも、常に頭の奥にあった鈍い重さも、嘘のように消え去っている。それどころか、視界が恐ろしくクリアだった。数年ぶりに、完璧な休息を取った実感がある。


『おはよう。睡眠時間は約八時間。バイタルは正常値まで回復したわ。よく眠れた?』


 横を見ると、割烹着姿のアバターが空中に浮かびながらこちらを見下ろしていた。


「……ああ。認めざるを得ないな。これほど快適な目覚めは、生まれて初めてだ」


 ポリマーシートを畳みながら、苦笑交じりに答える。

 王都の粗末なベッドよりも、この古代兵器が用意した急造の寝床の方がはるかに上質だったという事実は、呆れを通り越して強烈な感嘆を抱かせる。


「お前の健康管理機能は本物らしい。助かった」

『ふふん。素直でよろしい。さあ、顔を洗ってきなさい。朝食のペーストも用意してあるわよ』


 機体から、清潔な温水が張られた小さなトレイが差し出される。至れり尽くせりだ。

 冷たい水ではなく、肌に負担をかけない適温の湯。それで顔を洗い、タオルで無精髭を拭う。頭がすっきりと冴え渡っていた。

 水面に映る自分の顔は、王都にいた頃の疲労困憊した死相のような顔つきから、いくらか生気を取り戻しているように見える。


「雨は……どうやら上がったようだな」


 洞窟の入り口の方へ視線を向ける。かすかに差し込んでいた外の光が、昨日よりも明るい。ツールポーチの確認を済ませ、歩き出す。


「外の状況を確認する。お前も動けるか?」

『ええ、もちろん。駆動系のセルフチェックも完了してるわ』


 歩を進めると、巨体もズシン、ズシンと重い足音を立てて後ろを付いてきた。六本の多脚は不整地でも全くバランスを崩さず、その動きは見た目の重量感からは想像できないほど滑らかだ。


 洞窟の入り口を抜けると、そこには昨日と同じ、荒涼としたデッドランドが広がっていた。

 酸性の雨は上がり、雲の切れ間からは刺すような日差しが降り注いでいる。見渡す限りの赤茶けた大地。岩と、ひび割れた土だけの死の世界。


「さて、ここからどう手をつけるか」


 腕を組み、眼下に広がる広大な荒野を見下ろす。

 まずは水源だ。魔力探知では、かなり地下深くに水脈がある。そこまで井戸を掘り、浄化システムを組み上げる必要がある。それから、表層の毒素を含んだ土を入れ替え、防風林となる壁を築き、安全な居住エリアを確保する。


 頭の中でインフラ構築の工程表を組み立てていると、横に並び立った砲塔がウィィィンと旋回した。


『周囲半径五キロの土壌スキャンを実行したわ』

「早いな。結果はどうだ?」

『最悪ね。表層土壌の八十パーセントが魔力異常による強酸性に汚染されているわ。通常の植物は確実に育たない。それに、地中には有害な鉱物毒も蓄積されている』


 空中に赤く染まった地形図が投影される。


『私のナノバインダーを使って土壌改良剤を散布することも可能だけど、この汚染度だと効率が悪すぎるわ。一度、表層をリセットすることを推奨するわね』

「リセット? 具体的にどうするつもりだ」

『簡単なことよ。物理的に焼き払って、純粋な灰に変えるの。有害な魔力異常も、鉱物毒も、圧倒的な熱量で分解すれば、後にはミネラル豊富な良質な肥料だけが残るわ』


 マチルダはこともなげにそう言った。眉をひそめる。


「馬鹿を言え。表層を焼き払うだと? これだけの面積を焼くための熱量を、どこから持ってくるつもりだ」

『だから、私がやるのよ』


 機体上部に搭載された、長大な砲身。それが、油圧の滑らかな駆動音と共にゆっくりと持ち上がり、眼下の荒野へと狙いを定めた。


『汎用重機X-77の主兵装。対消滅荷電粒子砲。本来は障害となる岩盤や、敵対勢力の都市を更地にするためのものだけど……整地にも十分使えるわ』


 機体のスリットから、これまでとは比較にならないほど強烈な青白い光が溢れ出す。空気が震え、周囲の小石が静電気を帯びてフワリと浮き上がった。

 大気中のエーテルが、規格外の密度で砲身へと収束していくのが、肉眼でもはっきりとわかる。


『出力を最低レベルの零点一パーセントに制限。そこのあなた、耳を塞いで、防護姿勢をとって』

「……おい、待て! 正気か!」


 集束するエネルギーの質と量が、王都の防衛結界すら一瞬で蒸発させる規模だと直感する。

 たった零点一パーセント。それでも、地形そのものを書き換えるほどの破壊力がそこには込められている。

 とっさに手持ちの魔力を限界まで練り上げ、幾重にも物理・魔力防壁を自身の周囲に展開しながら、近くの巨大な岩陰へと全力で飛び込んだ。


『さあ、お掃除の時間よ』


 次の瞬間。

 音すらも置き去りにするような、極大の閃光が放たれた。

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