第5話 おじさん、またノルマをこなす ――外の世界がつらすぎたら、ゲスが来ました
第5話 前書き
こんにちは、マスターです。
外の世界って、
「帰れる場所」と「戻りたい場所」が
必ずしも一致しないこと、ありますよね。
今回はそんな現実にちょっと削られたおじさんが、
いつも通りノルマクエストをこなしていたら、
とんでもなく“うるさい同郷”が流れ着いてきたお話です。
強い人は強い。
弱い人は弱い。
でも、弱くてうるさい人は――
だいたい一番記憶に残ります。
気楽に、笑って読んでいただければ幸いです。
第5話
おじさん、またノルマをこなす
――外の世界がつらすぎたら、ゲスが来ました
外の現実は、相変わらず容赦なかった。
数字は増え、責任は増え、
なぜか評価だけは増えない。
「……人生、詰んでね?」
誰に聞かせるでもなく呟いたその瞬間、
視界がふっと切り替わり、
俺はいつもの場所――ギルド酒場に立っていた。
「オカエリナサイ、マスター」
ルステラの声は、今日もカタカナ混じりで安定。
「キョウノ精神負荷、ヤヤ高メ。
オススメは“ムリシナイ”デス」
「それが出来たら苦労しない」
俺は深くため息をつき、
そして――現実逃避をやめて、クエストボードを見た。
白磁。
黒曜。
安全確認。
運搬補助。遠隔クエスト
ダイブなのに討伐“未満”。
いわゆる――ノルマクエスト。
英雄どころか、
今日も俺は世界の雑用係だ。
「マスター、ガンバッテクダサイ」
「その応援、心がこもってないよな」
「キノセイデス」
そのときだった。
――外が、騒がしい。
ざわ、と酒場の空気が揺れる。
ドワーフのガロが顔を上げ、
ミーナが珍しく興味ありげに窓を見る。
「……キャラバン?」
ノエルが小さく呟いた。
不毛な大地の向こう。
砂煙を上げて、隊列が近づいてくる。
装甲車両。
ロボット人間。
観測機材。
――巡回キャラバン調査隊。
そして、その先頭。
〈画像位置: 銀等級の男〉
胸元で鈍く光る、**銀等級**のプレート。
「……銀」
場の空気が、目に見えて引き締まる。
銀等級。
強い。
頼れる。
そして――めんどくさいほど真面目。
だが。
その隣。
俺は、見てしまった。
小太り。
低身長。
猫背。
眼鏡。
妙に自信なさげな笑顔。
そして、その男は、俺を見るなり――
その時だった。
タニシは、俺の顔――ではなく、
胸元を見て、ぴたりと動きを止めた。
「…………」
次の瞬間。
「おおおおおおおおおお!!?」
素っ頓狂な声が、酒場に響く。
「そ、それ……!
そそそ、それ!!」
タニシは指を震わせながら、
俺のTシャツを指差した。
今日、俺が着ていたのは――
秋葉原の中古ゲームショップのロゴTシャツ。
色あせた黒地に、
ドット調のコントローラーと
「AKIBA GAME PARADISE」の文字。
「……あ?」
「ま、まさか……!」
タニシは一歩近づき、
食い入るようにTシャツを見つめる。
「それ……
あの店でござるよな!?」
「……ああ。
閉店前に買ったやつだ」
その瞬間。
タニシの顔が、
確信に満ちた笑顔に変わった。
「――同郷でござるか!!」
場が、一瞬で静まる。
「拙者、タニシ!
元・秋葉通い、現・雑用係!
まさか異世界で、そのTシャツを見るとは……!」
「いや、待て待て待て」
俺は一歩引いた。
「なんでそれで確定する」
「その店、
地方民は知らないでござる!!」
「偏見がすごい」
「しかもそれ、
セール最終日の限定色!
Lサイズ!
洗うと首元がすぐヨレるやつ!」
「黙れ詳しすぎる」
ミーナが、呆れた声を出す。
「……うわぁ。
気持ち悪い一致」
「拙者も同じTシャツ、
3枚持ってたでござる!」
「なんで3枚も!?」
その横で、
銀等級の男が、静かに口を挟む。
「……つまり?」
「同じ世界から来たってことでござる!」
「即答するな!」
「しかもこの人、
オタク隠しきれてないタイプのおじさん!」
「おい」
酒場のあちこちから、
笑いが漏れる。
ガロは腹を抱え、
フー子は楽しそうに目を細める。
「ほっほ……
服で身元が割れるとは、
平和な世界じゃのう」
「無念、それ分かるアル!」
ウーニャンが親指を立てる。
「わたしも昔、
上海でゲームTシャツ着て捕まったアル!」
「何の話だ」
イツキは肩をすくめた。
「はいはい。
納得。
これは完全に同郷」
ミツキが小さく笑う。
「……共通言語が
Tシャツなんですね」
俺は頭を押さえた。
「……なんで異世界で、
服装チェックされて
身元バレしてるんだよ」
タニシは満足そうに頷いた。
「安心してくだされ!
拙者、害はないでござる!」
「その言い方が一番信用できない」
その横で、銀等級の男が咳払いをする。
「ゴホン……失礼」
低く、落ち着いた声。
「私は銀等級、
キャラバン先導役の――」
名乗りが始まる、
その一秒前。
「ちなみに拙者、
戦闘力は白磁未満でござる!」
「タニシ、黙れ」
銀等級の男の声が、
完全にキレていた。
温度差で、酒場が一瞬で笑いに包まれる。
「……す、すまない。
彼は……その……」
「お荷物でござる!」
「自分で言うな!!」
ガロが腹を抱えて笑い、
フー子がケラケラと手を叩く。
「ほっほ、
これはまた面倒くさいのが来たのう」
「無念、こういうの好きアル!」
無念が親指を立てた。
イツキは、にやにやしながら言う。
「うわー、
ログ取るまでもなく地雷」
「お姉ちゃん、それ悪口……」
ミツキがフォローに入るが、
タニシは気にしない。
「いえいえ!
拙者、踏まれてナンボでござる!」
……こいつ、
折れないな。
その時、
頭の奥で、三つの反応が走った。
《観測中》
《警戒不要》
《倫理評価:低》
――ミル、バル、エティ。
ただし、どれも淡泊。
まるで、
「どうでもいい存在」を処理するかのように。
ルステラが、ぽつりと付け足す。
「キャラバン到着、カクニン。
タニシ……キケン度、ヒョウジ不能」
「それどういう意味だ?」
「ヨクワカリマセン」
まあいい。
今日の俺は、
考える元気もない。
銀等級の男が、深く頭を下げる。
「世話になる。
……本当に、すまない」
その横で、
タニシが満面の笑みで言った。
「ご安心を!
拙者、何も出来ないでござるから!」
――場内、再び爆笑。
タニシはギルドについたのがよっぽど嬉しいのか、やけに上機嫌で、キャラバンの荷車の横を行ったり来たりしていた。
「へへっ、今日も箱がいっぱいでござるな! これは大儲けの予感でござる〜!」
笑い声と同時に、荷車の車輪がきしむ。
並んでいるのは、布に包まれた箱。
棺ほど大きく、だが、どれもやけに密閉が厳重だった。
その前を通り過ぎる銀等級の冒険者が、足を止めずに言う。
「……今日は“休眠”が多いな」
キャラバンの男は、留め金を確かめながら、感情のない声で続けた。
「運が良けりゃ、そのまま戻る。
悪けりゃ……まあ、戻らん」
タニシは首を傾げた。
「休眠? でござる? それってつまり――」
誰も、答えなかった。
《ケンショウ中》
耳元で、聞き慣れた無機質な声が落ちる。
《ソノ箱ハ、遺体デハアリマセン》
一拍置いて、淡々と続く。
《同時ニ、生存者ト断定スルコトモデキマセン》
タニシが「え?」と声を上げる前に、
ルステラの気配は、いつものように消えた。
キャラバンはギルドに荷下ろしをしているが 箱は開かれない。
説明も、されない。
タニシだけが、
少し遅れて、笑顔を引っ込めた。
「……とりあえず、飲むか」
「賛成でござる!」
タニシは即答した。
こうして。
俺の静かなノルマ生活に、
どうしようもない同郷が、
ひとり増えたのだった。
第5話 後書き
■ 今回のお話について
第5話は、完全コメディ回です。
・世界の裏
・AIの思惑
・不穏な伏線
そういったものは、
あえてほとんど前に出していません。
理由はひとつ。
**「笑えるうちに、しっかり笑っておくため」**です。
この世界、
油断するとすぐ重くなるので。
■ 新登場キャラクター解説
● タニシ(田螺)
同じ現代日本出身の男
低身長・小太り・眼鏡
オタク構文・媚びムーブ全開
自称「何も出来ない雑用係」
服装(秋葉系ゲームTシャツ)から
マスターと同郷だと判明するという、
非常に残念な初登場を果たしました。
※この時点では
本当に「ただのゲスでうるさい同郷」です。
● 銀等級の男(名前未公開)
巡回キャラバン調査隊の先導役
冷静・有能・常識人
タニシのせいで胃を痛めている
強さと常識を兼ね備えた人物ですが、
この酒場ではだいたい苦労人ポジションになります。
■ 3体のAIについて(軽く)
今回、
ミル(観測)
バル(戦闘)
エティ(倫理)
の反応が、ほんの少しだけ描写されました。
ただし、まだ
「キャラとして前に出る段階」ではありません。
近いうちに、ちゃんと自己主張し始めます。
お楽しみに。
■ 主人公の現在のステータス
名前:NO NAME(通称:マスター)
等級:白磁
レベル:2
基本ステータス
力:低
守り:低
速さ:低
賢さ:やや高
運:不安定
危険度:低
観測度:やや高
スキル
《ノルマ処理》
《ログ違和感への鈍い反応》
※本人はスキルと認識していない
加護
不明(本人未認識)
デバフ
《L.L.R.制約(低位成長代表者)》
※解除不可
■ 所持アイテム・装備
秋葉系中古ゲームショップのロゴTシャツ
冒険者用タグ(通信機能つき)
最低限の生活装備一式
ギルド酒場のカウンター鍵(管理用)
次回は、
銀等級が泊まる/タニシが居座る回。
日常が、
ほんの少しだけ騒がしくなります。
それでは、また酒場で。




