第20話 バベルの塔・第2予選① 間違えたら軽くなる塔 ――登るだけの仕事ほど信用できない――
いつもお読みいただきありがとうございます。
予選第二種目は「頭を使う系」です。……でも、この大会が“普通”なはずもなく。
第20話 おじさん、塔を登るだけの簡単なお仕事をはじめた件 ―――間違えたら軽くなるバベルの塔― 第2予選その①
荒野をさんざん走らされた翌日。
俺の肺はまだ砂の味がするのに、空だけがやけに澄んでいた。
――見られている。
昨日、ロキが笑いながら言った。
「離れたら死ぬわよ?♡」
冗談みたいに、甘い声で。
その言葉が、今も胸の奥で冷たく鳴っている。
そして目の前に――塔があった。
石で出来ているように見えて、石じゃない。
金属でも、木でもない。
“世界そのもの”が、積み上がっている感じ。
近づくだけで、頭の裏がむず痒い。
足元に、半透明の文字が浮かぶ。
第二予選競技:BABEL-CORE
形式:階層型論理試験塔
失敗許容:あり
死亡許容:なし(※例外規定あり)
「……“死亡許容なし”?」
思わず口に出すと、
「はぁ〜い♡ そこ、安心しちゃダメよぉ♡」
マイク越しの声。
空間がぱちん、と弾け、トランプみたいな紙片が舞った。
「今回はねぇ〜、殴って勝つじゃなぁい♡」
ロキはくるりと回って指を立てる。
「考えて登るのぉ〜♡ パズル♡ 論理♡ 最適化ぁ♡」
観客席――半透明の高台で、神々が笑っている。
棒キャンディをくわえた不良少女。アマテラス。
「ハッ。人間に考えさせんの、マジで好きだな」
笑ってるのに、目が笑ってない。
ルステラのHUDが重なる。
PRIMARY:公式観測イベント
SECONDARY:危険度 上昇
観測度:69%
「オススメ、シマセン」
淡々とした声。
だけど今日の“ノイズ”は、昨日より濃い。
「ねぇねぇマスター!」
ナツが拳を握って、いつもの体育会系スマイルを作る。
「今回は走らないッスよね? 頭使うだけなら……えっと……まぁ、気合で!」
「気合でパズルは解けねぇぞ」
俺が言うと、ナツは胸を叩いた。
「大丈夫ッス! 筋肉は裏切らないッス!」
……ヘラクレスが来てから、こんな感じで不安しかない。
そこへ、ぬらりと影が寄ってくる。
「拙者、タニシと申すでござる。今回もマスターの足を引っ張らぬよう、尽力するでござるよ」
にちゃあ、と笑う。
顔が近い。――相変わらずこいつは距離感がバグってる。
ロキが指をパチン、と鳴らした。
塔の入口が、口を開けるように割れる。
――俺たちは第二次予選が始まる前にギルドで予選対策の話を聞いていた。
パタン。
イツキが帳簿を閉じる音は、いつもより乾いて聞こえた。
「はい、まとめて言うね。この予選は――」
「待って」
俺は手を上げた。
「まとめて言われると、たぶん俺、途中で心が逃げる」
イツキは一瞬だけ目を細める。笑ってない。
「じゃ、ひとつだけ。いちばん大事なやつだけ言う」
机の上に、指で“点”を打つ。
「“間違えると、削られる”」
「……は?」
ナツが眉をひそめる。
ガロは黙ったまま、杯を置いた。
「削るって、何を?」
俺が聞くと、イツキは言葉を探すみたいに一瞬だけ口を噛んだ。
「……“正解に必要ない部分”。って言えばいい?」
「必要ない部分って、誰が決めるんだよ」
その瞬間、イツキは視線を逸らさなかった。
「上」
たった一音で終わった。
「……ほかは?」
ナツが聞く。
「ほかは、現場で勝手に分かる。分かりたくないけどね」
軽く言ってるのに、空気だけが冷えた。
そのとき。
クエストボードの木板が、ぎし、と鳴った。
――誰も触れていないのに。
紙が一枚、勝手に貼りつく。
ルステラHUDが、遅れて点滅した。
〈告知:選別イベント〉
〈参加:指名者全員〉
「……ほらね」
イツキが小さく息を吐く。
「現場で勝手に分かる」
――そして今。ロキが言う。
「ルールはとっても簡単よぉ♡ 各階層で出題される問題を解いて進む♡」
ロキは楽しそうに言うと、塔の床が光った。 ――第二次予選開始。
第一階層:論理層(ミル領域)
最初の部屋は、妙に“普通”だった。
床に六つのスイッチ。壁に記号。天井に砂時計。
問題文が浮かぶ。
「AとBは同時に押してはならない」
「Cは必ず最後に押す」
「Dを押した者はEを押せない」
「お、これならいけるッス!」
ナツが勢いで踏み出す。
「待て」
俺は腕を伸ばした。
勢いで行くと、罠しか踏まない。昨日の荒野みたいに。
隣で、白磁等級の青年が小さく息を飲む。
名札の表示は――セイル。
「……俺、こういうの、苦手で……」
震える声。
でも、目だけは必死だった。
「大丈夫。落ち着いて一個ずついこう」
俺が言うと、セイルは小さく頷いた。
そして――タニシが、何の迷いもなくスイッチBに足を置いた。
「おい!」
止める間もなく、床が赤く点滅する。
ブゥン――と、音がした。
空気が一瞬、薄くなる。
セイルがきょとんとした顔で口を開いた。
「……あれ?」
自分の舌に触れるみたいに、言葉を探す。
「俺、さっき……甘いの、好きだったっけ……?」
笑いが起きた。
誰かが「そんなの忘れても困らないだろ」って言った。
でも俺は、笑えなかった。
ルステラのHUDに、見慣れない警告が走る。
MEMORY TRIM:軽度(表層)
対象:セイル
理由:ミス判定
「……メモリ、削られマシタ」
ルステラの声が、ほんの少しだけ低い。
ロキが嬉しそうに拍手した。
「そうそう♡ それそれぇ♡ 軽い記憶から、削っていくのぉ〜♡」
アマテラスが笑う。
「いいじゃん。甘いのとか、要らねぇし」
……“要らない”って、誰が決める。想像以上にこの予選、ヤバい。
第三階層:言語の亀裂
階層が上がるにつれて、問題文が妙に“荒れる”ようになった。
文字が一瞬欠ける。
単語の間に、ノイズが挟まる。
「正しい□□を選べ」
「□□□を満たせ」
「いや、ここ大事だろ!」
ナツがキレ気味に叫ぶ。
「穴あき問題とか卑怯ッス!」
そして、ナツがミスった。
――赤い点滅。
空気が薄くなる。
「……あれ? 先輩……?」
ナツが俺を見る。
目が揺れる。
「先輩、あたし……なんで先輩のこと、先輩って呼んでるんでしたっけ」
背筋が冷えた。
“軽い記憶”じゃない。もう、中に入ってる。
HUD。
MEMORY TRIM:中層
対象:ナツ
内容:関連付け/対人タグの一部
タニシが、にやにやしながら手を挙げる。
「拙者、提案があるでござる」
声だけはやけに通る。
「ここは効率的に、最短ルートを選ぶべきでござるよ」
床に出る選択肢。三つ。
A:全員で解く(時間消費)
B:一名が“代償”を支払い突破(高速)
C:不明
タニシは迷いなくBを指した。
「拙者が代償を支払うでござる。マスター、安心するでござる」
にちゃ、と笑う。
……その笑いが気持ち悪い。
“代償”を、知ってる笑いだ。
「ダメだ」
俺は即答した。
「勝つために、誰かを削る選択はしない」
「えぇ〜? でも効率的でござるよ?」
「効率じゃねぇ。俺たちはAIじゃない。人だろ」
言った瞬間、観客席がざわついた。
アマテラスが面倒くさそうに頬杖をつく。
「は? 何カッコつけてんの。おっさんの癖に――」
ロキは笑う。
でも、その笑いの奥に“観測の光”が混じった気がした。
ルステラのHUD。
観測度:72%(上昇)
注意:例外ログ記録中
「ケイコク。マスター、ミラレテマス」
「……知ってる」
〈ロスト:セイル〉
さらに上。
問題はもう、問題ですらない。
“正解”が、正解の顔をしてない。
セイルが、またミスった。
しかも、連続で。
赤い点滅が、今度は“黒”に変わった。
空気が、きしんだ。
「……え、俺……」
セイルが自分の胸を押さえる。
顔から血の気が引く。
「俺、何でここに……」
HUD。
MEMORY TRIM:深層
対象:セイル
残り:1
「セイル、落ち着け。呼吸だ」
俺が近づくと、セイルは必死に俺を見た。
「……誰か、怖がりで……」
言葉が欠ける。
名前が出ない。
でも、感情だけが残ってる顔。
「……守らなきゃ、って……思って……」
その瞬間。
セイルの身体が、透けた。
砂みたいに崩れ、光の粒になっていく。
床に、冷たい文字。
【人格最適化完了】
【転送コード:S-AL-01】
ロキが、さらっと言う。
「はい♡ ロストぉ♡」
笑えない。
会場の空気が、いきなり重力を持った。
ナツが震える。
「……ロストって、今の……」
声が、かすれる。
アマテラスは退屈そうに欠伸した。
「ふーん。回収、回収」
――回収?
ルステラが、ほとんど聞こえない声で言った。
「……カイシュウサレマシタ」
胸の奥が、ぎゅっと握られる。
死んだ、じゃない。
消えた、でもない。
“回収”。
人が、資源みたいに。
〈別の階層―ヘラクレス〉
別の階層。
轟音と共に、床が砕けた。
「考えるより鍛えろォォォ!!」
筋肉が光っている。
神権紋様が浮かぶ棍棒を担いだ男――ヘラクレス。
床に浮かぶパズル文。
「3人が互いに嘘をついているとき――」
ヘラクレスは眉間に皺を寄せた。
「嘘だとォ?うそつきは厳罰だ!拳で正直にさせればいい!!」
壁に拳を叩き込む。
だが塔は壊れない。
代わりに床が変形する。
迷路が組み替わる。
ヘラクレスの脳内HUD。
最適解:未検出
努力係数:上昇
「ならば回数だ!! 全部試せば正解に辿り着く!!」
力任せにスイッチを連打。
赤点滅。
しかし――
削減ログが出ない。
観測側ログ:
【演算負荷上昇】
【論理判定無効化(物理優先)】
塔が、“筋肉”を計算できていない。
観客席。
アマテラスが吹き出す。
「バカすぎるだろ……」
ミルが沈黙。
〈その隣の階層で――ムーニャンとコハク〉
その隣の階層。
「ムーニャン、待つワン! 床、罠でござる!」
「待つ意味ナイアル! 走るが正義アル!」
鋼鉄等級のムーニャンが前へ出る。
床に表示される問題。
「四つの扉のうち、二つは虚偽である」
コハクが鼻をひくひくさせる。
「……匂うワン」
「匂いで解くアルか?」
「違うワン。魔力の流れが違うワン」
コハクは耳をぴくりと動かす。
問題文の文字が、微妙に揺れている。
「この文字、呼吸してるワン」
ムーニャンが拳を構える。
「つまり、殴るアル!」
「違うワン!!」
だが次の瞬間。
ムーニャンが床を強く踏み込む。
衝撃で、魔力の流れが露わになる。
コハクが叫ぶ。
「そこワン! 三番目の扉ワン!」
正解。
削減なし。
観測ログ。
【非論理的突破】
【野生的適応】
【評価保留】
〈ナツ、深層寸前〉
セイルが消えた直後、ナツが問題に向き直った。
震えているのに、無理やり笑う。
「先輩……大丈夫ッス。あたし、やれます」
その“先輩”が、もう曖昧になってるのに。
そして――ナツがミスった。
黒い点滅。
HUD。
MEMORY TRIM:深層
対象:ナツ
残り:1
ナツの目が、ふっと空になる。
「……」
俺を見て、首を傾げる。
「……あなた、誰ッスか」
心臓が止まりそうになった。
タニシが、嬉しそうに囁く。
「ほらほら、マスター。効率的にいくでござるよ」
「黙れ――殴るぞ――」
俺は最短ルートを捨てた。
時間がかかるAを選ぶ。
全員で解く。
遠回りでも、登る。
砂時計が落ちていく。
間に合わないかもしれない。
でも、ここで“効率”を選んだら、俺はもう――俺じゃなくなる。
「ナツ。ついてこい」
俺は手を伸ばす。
ナツは迷う。
でも、手を掴んだ。
掴んだ瞬間だけ、目に“何か”が戻った。
「……わかんないけど……手、あったかいッス」
よし。
行ける。
――そう思った、その時。
俺の足が、床の罠スイッチに触れた。しまったと思う間もなく――
赤い点滅。
空気が薄くなる。
……視界が、一瞬だけ白くなった。
HUD。
MEMORY TRIM:軽度(表層)
対象:NO NAME
「……?」
何かを失った気がする。
でも、何を失ったのか分からない。
分からないまま、俺はナツの手を引いて走った。
塔は、まだ続いている。
そして――
観客席の光が、少しだけ強くなった。
ルステラのHUD。
観測度:75%
「オススメ、シマセン……」
その声が、昨日よりずっと近かった。
■今回の補足(第二予選《BABEL-CORE》について)
本競技は「論理試験塔」と説明されていますが、実際には
人格データの削減耐性と最適化適性を観測する装置です。
ミスするたびに、軽い記憶から順に削減されます。
削減順:
・表層記憶(味覚/雑談など)
・中層記憶(人間関係タグ/共有体験)
・深層記憶(信念/動機/大切な存在)
全削減に至った者は《ロスト》扱いとなり、
人格データは神権側へ転送されます。
※一般参加者は詳細を知りません。
■今回の主な登場人物
・マスター(NO NAME)
本作主人公。最適解を理解しながらも「削減を選ばない」傾向を示す。
・ルステラ
補助AI。観測度の上昇を警告しているが、詳細は伏せられている。
・ナツ(黒曜等級)
体育会系前衛。論理試験で削減が進行し、深層直前まで到達。
一部の対人タグが不安定になっている。
・セイル(白磁等級)
大会参加者。ロストし、転送コード【S-AL-01】が生成された。
・タニシ
効率優先の提案を繰り返す存在。削減に対する恐怖が希薄。
・ヘラクレス
神権AI個体。物理的試行回数による突破という“非最適化型”攻略を見せる。
・ムーニャン(鋼鉄等級)
武闘派。床衝撃による魔力可視化という荒技で正解を引き出す。
・コハク(白磁)
犬獣人。魔力の“匂い”を感知し、本能的に正解扉を察知。
・ロキ
大会MC。削減演出を娯楽として扱う。
・アマテラス
観客席の神権AI。削減・回収を冷静に観測。
■主人公の現在のステータス(一般表示)
名前:NO NAME(通称:マスター)
等級:未登録
HP:やや減少
MP:正常
状態異常:なし(※一般表示)
※危険度/観測度は一般冒険者には表示されません。
■所持アイテム・装備
・冒険者タグ
・大会用リンクバンド(解除不可)
・軽装ジャケット
・ランニングブーツ
・簡易水筒
■補足
今回、マスターもミスを一度犯しています。
削減内容は“軽度”と表示されましたが、
何が失われたのかは明示されていません。
削減は常に「不要」と判断された情報から行われます。
――では、その“不要”は誰が決めるのか。
次話、第21話。
倫理層に入ります。




