幕間 監視カメラじゃなくて、神様(AI)でした ――見られてるのは俺か、それともこの店か――
この物語は、
「異世界ギルド酒場」という日常の裏側で、
誰かが《《見ていて》》、
誰かが《《見られている》》ところから始まります。
第1話では、
主人公がこの世界に足を踏み入れ、
ごく普通のクエストを受けました。
――ただし、
それを《《普通だと思っていない存在》》も、
すでに動き始めています。
酒場の裏側、
受付のカウンターの向こう側で何が起きているのか。
その一端を、幕間としてお楽しみください。
ギルド酒場『るすと』の奥。
受付の裏――帳簿と端末、そして《《表に出ない記録》》が積まれた場所。
そんな受付の奥に、金属の札が束で吊るしてあった。
風に揺れて、かすかに鳴る。
イツキは周りに誰もいないのに、こう言った。
「返ってこなかった分。返す相手もいないから、ここに置いとくの」
口調は軽いのに、意味だけが重かった。
イツキは、カウンターに肘をついたまま、
半透明のログを片目で追っていた。
「……ねぇ」
誰に向けたとも知れない声。
「もうクエスト《》、始まってるよね?」
返事は、音ではなかった。
《観測中》
頭の奥に、直接文字が浮かぶ。
通信というより、《《思考の横に割り込んでくる感覚》》。
「受注処理は普通。
内容も、等級相応」
ネイルの先で、ログをなぞる。
「でもさ。
《《開始前から》》、おかしかった」
《異常値、未検出》
「数字の話じゃない」
イツキは即答した。
「クエスト掲示板、見てたでしょ。
あの人――」
言いかけて、言葉を選ぶ。
「白磁にしては、
落ち着きすぎ」
端末の文字列が、一瞬だけ乱れた。
《管◇◇◇系――》
「……また、名前にノイズ」
イツキは、軽く舌打ちする。
「いいけど。
どうせ、まだ《《表に出る段階じゃない》》んでしょ?」
《権限不足》
「はいはい」
軽い調子とは裏腹に、
視線はログから離れない。
「でね。
クエスト中の挙動」
指を滑らせる。
「危険回避、早すぎ。
索敵、正確すぎ。
それなのに――」
一拍。
「成功率、上げすぎない」
《……》
「わざと、ギリギリ」
イツキは、ぽつりと言った。
「《《目立たない成功》》を選んでる」
《推測》
「勘だってば」
そう言って、イツキは視線を上げる。
「でもね。
この勘、外れたことない」
酒場の喧騒の向こう。
すでに現場へ向かった冒険者たちの、届かない場所。
「それに――」
イツキは、ふと眉をひそめた。
「クエスト開始直後から、
《《余計なログ》》が混じってる」
《該当データなし》
「あるって」
端末の端。
記録されないはずの、微かな揺れ。
「数字じゃない。
気配」
その瞬間。
ランタンの火が、わずかに揺れた。
「……ほら」
イツキは、小さく笑う。
「これ、前にもあった」
《過去事例:不明》
「だよね」
イツキは帳簿を一枚、裏返す。
そこには、誰も書いていないはずの余白。
インクの滲みのような、丸い染み。
「通りすがりか、
様子見か……」
誰にともなく、呟く。
《観測継続》
《対象優先度:上昇》
端末の文字列が、再び乱れた。
《管◇◇◇者:〇※▽――》
イツキは、目を細める。
「……ねぇ」
静かに、問いかける。
「見てるのは、そっち?」
一拍。
「それとも――」
カウンターの向こう。
まだ戻らない、クエスト中の冒険者を思い浮かべて。
「見返《》されてる?」
返答は、なかった。
ただ一行、
赤く点灯するログ。
――観測対象:要注意。
その少し前。
酒場の隅で、誰かがくすりと笑った気がした。
誰も、いない。
煙が揺れただけ。
それでも。
物語は、もう動き出している。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
今回の幕間は、
主人公ではない視点――
ギルド受付嬢イツキの立場から描いています。
イツキは、
派手で軽そうに見える一方、
帳簿・ログ・数値を通して「世界のズレ」を最初に察知する人物です。
彼女は《《監視する側》》でありながら、
完全に支配する側ではありません。
また、作中で登場した
正体不明の《《観測者》》
数字に残らない《《気配》》
これらは、
第2話以降で少しずつ輪郭を持っていきます。
なお、冒険者の等級は
白磁を最下位とする10段階制で、
等級=強さではない世界です。
白磁であることは、
「弱い」のではなく、
「まだ評価されていない」だけ。
そのズレが、
この物語の核になっていきます。
次話では、
クエストの結果と、その“評価”が描かれる予定です。
よろしければ、引き続きお付き合いください。




