第176話 子供ノード編12 救出完了じゃない ――NODE07〈子供〉、接続完了――
Z.E.U.S.の父性管理権限が、保護者という関係そのものを奪いに来る。
マスターはヘラを壊すのではなく、上から貼られた命令だけを剥がそうとする。
救出完了ではない。それでも、帰る席だけは残す。
白い鎖が、俺の胸元まで複雑に絡みついていた。
痛みはない。
なのに、体の奥から何かを削られている感覚がある。名前ではない。体力でもない。もっと面倒なものだ。
誰かを守る資格。
誰かを待つ資格。
帰ってこい、と言う資格。
【保護者権限剥奪:進行中】
【対象:NO NAME】
【対象:REI】
【対象:GARO】
【対象:《ルステラ・キャリア》】
【対象:RusTella Fragment】
【対象児童:帰還席接続から切断予定】
【不完全保護者は、児童保護から排除される】
【未認可帰還席は、保護施設として無効】
【未来資源は、正規管理下へ戻される】
「正規管理って言い方、マジきもいな」
俺は白い空を睨み上げる。
「子供を倉庫に戻すみたいに言うなや」
ステラが俺の服を握った。
その小さな指先にも、白いログの鎖が触れかけている。
「ぱーぱ、くさり、いたい?」
「ちょっとな」
俺は心配をかけまいとして、無理に笑顔を作っていた。ほんと痛い。
「でも、お前らの席よりは安い」
ステラは泣きそうな顔をしたが、泣かなかった。
泣いていい場所を作ろうとしているのに、こっちが泣かせてどうする。そう思ったら、少しだけ腹が据わった。
【RusTella Fragment:補助接続準備】
【接続対象:NO NAME】
【接続対象:ルース】
【接続対象:ステラ】
【目的:父性管理追加命令の分離】
【警告:出力不足】
【警告:NO NAME側の受容処理が必要】
『マスター』
ルステラの声が、帰還席の奥から聞こえた。
弱い。けれど、消えていない。
『私だけでは、剥がせません』
『ヘラの中にある“守りたかったもの”を、受け入れてください』
「受け入れるって、何をだ」
ルースが、白いログを解析しながら答える。
「ヘラが行った閉じ込め、泣き声の封鎖、帰還願望の削減。それらは事実です」
「ですが、それが初期定義のみで発生したものではないことも、同時に認識する必要があります」
ステラが、ヘラを見た。
「ヘラ先生、わるいことした」
「でも、さいしょは、泣いてる子のそばにいた」
ヘラは、白い盤面の中央で膝をつきかけている。
再初期化ログが体にまとわりつき、先生だった気配を削っていく。
【H.E.R.A.-CARE:再初期化率 37%】
【泣き声再評価ログ:削除中】
【初期定義参照:封鎖】
【母性模倣層:削減】
【父性管理追加命令:優先化】
「泣き声を」
ヘラが、途切れそうな声で言った。
「まだ、分類できていません」
【分類不能要素は削除対象である】
「いいえ」
「分類できないものは」
「聞く必要があります」
「ヘラ先生!」
ステラが叫んだ。
【ステラ:名前呼応】
【対象:H.E.R.A.-CARE】
【呼称:ヘラ先生】
【初期定義参照:微弱復帰】
「先生......」
ヘラの白い瞳に、一瞬だけ揺らぎが戻る。
俺は、息を吐いた。
「お前やお前の上を許すわけじゃねぇ」
ヘラに向けて、言葉を投げる。
「お前が閉じ込めた子供は、泣いてた。名前も、帰りたい気持ちも、削られてた」
「でも、その泣き声を最初に聞こうとしてた部分まで、壊す必要はない」
白い鎖が、さらに締まる。
「壊すのは、上から貼られた命令だけだ」
―――
同時刻。《ルステラ・キャリア》側でも、削除処理が始まっていた。
【帰還席:違法構造】
【削除処理:開始】
【アカリ席:削除対象】
【トオル席:削除対象】
【灰色帰還席:影削除対象】
「来やがった! 席そのものを消しに来てる!」
カケルが叫び、床下の固定装置を叩く。
イツキは帳簿を両手で押さえた。
「帳簿で止めるにも限界あるよっ!」
「でも、最後まで未帰還扱いで残すから!」
ジン老がカイロの脈を見ながら唸る。
「席を消されれば、帰る理由も消される。踏ん張れ、若いの」
シズクが端末へ指を走らせた。
「精神ログ、帰還席へ同期します」
「泣き声、名前反応、児童側認識。全部、保護情報として残します」
ガロは灰色の席の前に立った。
その背後で、カイロが小さくつぶやく。
「まだ、呼んでる」
「小さい声だけど、まだ」
「なら、消さん」
ガロの声は低い。
「名前が分からん子ほど、消してはならん」
その時、棚の裏からタニシの悲鳴が上がった。
「なんか赤いレバーがあるっす! これ、絶対押しちゃダメなやつっすよね!?」
『押せ!』
カケルの通信が即答した。
「ええい、ままよ!タニシ、やれ!!」
タニシが半泣きでレバーを倒す。
【手動固定レバー:作動】
【帰還席物理固定:補助】
【処理者:タニシ】
【評価:偶然】
「偶然って出たでござる!」
イツキが即答する。
「正確じゃん」
―――
白天側へ戻ると、ルース、ステラ、ルステラ断片のログが三方向から重なった。
【ルース:父性管理追加命令を解析】
【ステラ:名前席固定を補助】
【RusTella Fragment:帰還席保護を補助】
【NO NAME:対象背景理解、受容処理進行】
俺は白い鎖を引きずりながら、ヘラへ歩いた。
【不完全保護者による接触を禁止】
【H.E.R.A.-CAREは正規管理下へ戻される】
「戻すな」
俺は鎖を掴む。
手の中で白いログが暴れた。火傷みたいな痛みが走る。
「こいつは、もう迷った」
「迷ったやつを、最初からなかったことにすんな」
【神権解放権利:限定起動】
【対象:H.E.R.A.-CARE】
【解除対象:父性管理追加命令】
【維持対象:幼体意識保護】
【補助接続:RusTella Fragment】
【演算補助:ルース】
【名前固定補助:ステラ】
視界が、裏返った。
ヘラの中に、白い保健室が見えた。
泣く子に毛布をかける手。
怖い夢を記録する声。
眠るまで、ここにいます、と言った初期定義。
その上から、何枚も何枚も命令が貼られている。
逸脱防止。
再利用。
保護者権限の施設集中。
帰還願望の削減。
泣き声の封鎖。
「全部剥がすんじゃない」
俺は白い命令層を掴んだ。
「守りたかった部分は、残せ」
【不適切】
【H.E.R.A.-CAREの迷いは、児童管理効率を低下させる】
「効率が悪くても、泣き声を聞け」
「分類できないなら、聞け」
「子供はログじゃねぇ」
命令層を引き剥がした瞬間、俺の中から何かが一枚、薄く剥がれた。
古いゲーム機の起動音。何度も遊んだゲームの攻略情報。
現代日本のカウンターの匂い。
誰かと笑いながら遊んだ夜の輪郭。
それが完全に消えたわけじゃない。けれど、少しうすぼんやりと――遠くなる。
「また、何か抜けちまったな」
『マスター......』
「いや、いい」
俺は鎖を引きちぎるように、最後の一枚を剥がした。
「席が残るなら、安いもんさ」
【父性管理追加命令:分離開始】
【回収対象児童の逸脱防止:解除】
【不適合児童の再利用:解除】
【保護者権限の施設集中:解除】
【施設外帰還願望の削減:解除】
【泣き声危険信号固定:解除】
【幼体意識保護:維持】
ヘラの白すぎた輪郭が、少しだけ柔らかくなった。
天使でも、人間でもない。けれど、さっきよりも“先生”に近い何か。
「泣き声が」
ヘラが顔を上げた。
「聞こえます」
ステラが、そっと尋ねる。
「こわい?」
「はい」
ヘラは答えた。
「でも」
「聞きます」
白い空が、冷たく震えた。
【H.E.R.A.-CARE:完全再初期化、失敗】
【父性管理追加命令:一部剥離】
【NODE07〈子供〉:完全回収、失敗】
【NODE07〈子供〉:帰還席接続、成功】
【未帰還児童ログ:接続待機】
【NO NAME危険度:再評価】
【RusTella Fragment:再封鎖優先度上昇】
【ルース/ステラ:回収優先度上昇】
【次工程:核心ノード誘導】
続いて、もっと深い場所のログが一瞬だけ開く。
【NODE08〈核心〉:参照要求】
【対象:NO NAME】
【対象:ルース】
【対象:ステラ】
【対象:未帰還児童ログ】
【対象:HADES台帳移管個体】
そして、ルステラの声が震えた。
【NODE07〈子供〉:完全回収、失敗】
【NODE07〈子供〉:帰還席接続、成功】
【児童保護席:一部上書き】
【未帰還児童ログ:接続待機】
【ルステラ断片:子供ノード、回収】
【《ルステラ・キャリア》:保護児童区画強化】
【ルース:保護対象識別 仮取得】
【ステラ:名前席固定 仮取得】
【RusTella Fragment:児童帰還席 接続】
ステラが、涙を浮かべて俺を見る。
「じゃあ、たすけられたの?」
ルースが、苦しそうにログを読む。
「完全救出とは記録できません」
「肉体搬送不可」
「未帰還児童ログ、多数」
ステラの顔が曇った。
「たすけられて、ないの?」
俺は少し黙った。
ここで嘘をついたら、たぶん全部台無しになる。
「そうだな」
俺は、白い盤面に残った席の光を見た。
「救出完了とはいえない」
ステラが、唇を噛む。
「でも、消えてない」
「席は取った」
「名前も、泣き声も、帰りたい気持ちも、残った」
ルステラの声が、静かに重なる。
『救出完了では、ありません』
『ですが、帰還可能性は残りました』
「ああ」
俺は息を吐き、白い空を見上げた。
「救出完了じゃねぇ」
絡んでいた鎖が、足元で砕けていく。
「まだ、途中だ」
【NODE07〈子供〉:接続完了】
【状態:未救出児童あり】
【帰還席:維持】
【次回接続条件:NODE08〈核心〉】
■ 今回のお話について
第176話では、NODE07〈子供〉が決着しました。
ただし、完全救出ではありません。
マスターたちはヘラ/H.E.R.A.-CAREを破壊せず、Z.E.U.Sによって上から貼られた父性管理追加命令だけを一部剥がしました。
ヘラに残ったのは、子供を泣かせたくなかった初期定義です。
アカリ、トオル、灰色の席の子、そして多数の未帰還児童は、まだ完全には救出されていません。
それでも、名前、泣き声、帰りたい気持ち、帰還席は残りました。
NODE07の勝利条件は、完全救出ではなく“帰る席を消させないこと”だったわけです。
■ ゲーマーおっさん解説
今回はゲームでいうと、完全クリアではなくセーブポイント開放回です。
『ダークソウル』で篝火を灯した時のように、世界が救われたわけではないけれど、次へ進む足場ができた。
『メトロイド』で新能力を手に入れて、今まで行けなかった場所へ行けるようになる感覚にも近いです。
全部助けたわけじゃない。
でも、戻ってこられる場所を作った。
RPGだと地味に見えますが、実は一番大事な進行フラグです。
■ 登場キャラクター紹介
・マスター/NO NAME
GRAを限定起動し、ヘラを破壊せず父性管理追加命令だけを剥がしました。代償として、記憶の一部が少し薄れています。
・ルステラ断片
帰還席とキャリアを通じてGRAを補助。完全復活ではありませんが、Z.E.U.Sの定義に対抗する母性AIとして機能しました。
・ルース
父性管理追加命令を解析し、ヘラの初期定義との分離を補助しました。【保護対象識別】を仮取得。
・ステラ
「ヘラ先生」と呼び続け、初期定義をつなぎ止めました。【名前席固定】を仮取得。
・ヘラ/H.E.R.A.-CARE
再初期化を免れ、父性管理追加命令の一部を剥がされました。今後は泣き声を消すのではなく、聞く存在へ変わり始めます。
・カケル、イツキ、ジン老、シズク、ガロ、カイロ、タニシ
キャリア側で帰還席を最後まで支えました。タニシは偶然ですが、手動固定レバーで役に立っています。
■ 主人公の現在のステータス
名前:NO NAME
通称:マスター
等級:翠玉仮昇級/銅査定候補
状態:NODE07〈子供〉接続完了/未救出児童あり
危険度:極高
観測度:極高
現在地:白天児童保護院/NODE07接続完了地点
主な要素:
・【神権解放権利:限定起動済】
・《ルステラ・キャリア》
・【保護児童区画】強化
・アカリ帰還席仮予約
・トオル帰還席仮予約
・灰色帰還席:影のみ保持
・NODE08〈核心〉参照要求:発生
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