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第9話 城下町見物

 竜也たちがこの世界へ召喚されて以来、初めて王城を出る日、コバヤシが「教え忘れていた事がある」と全員を集合させた。


 ─────“五大災厄”。

 “消し去る者”、“猟奇姫”、“世界を覗く瞳”、“不死王”、“剛力の一角”…この世界で猛烈な強さを以って恐怖される五匹の魔族。

 ただし、彼らは過去に一度も魔王には属した事は無く、中立を徹底する。今回も同様の立場を取ると推測されるので、仮に遭遇する不幸が発生しても決して刺激しない事。


「あの、一ついいですか? 魔王出現って百年周期ですよね、それが複数回って…。“五大災厄”は魔族という事ですが、魔族ってそんなに生きてるんですか?」


「あ、う、うん、それは…。」


 弥生の質問にコバヤシは困った様に口籠る。


「魔族は長寿の種族なんですよ。」


 不意に横から声がして、全員が声のした方を向くとエリス王女が歩み寄ってくる姿が目に入った。


「王女殿下!」


 跪きながらコバヤシは助かった、と胸を撫で下ろす思いだった。“五大災厄”の事は全て教えろと言われた、しかし魔族の事を全て話していいとは言われていない。この二つを絡めた質問に対してコバヤシはフリーズしたのだ。だが、指示を与えてくれた本人が登場してくれれば話は早い。


「召喚の儀以来ですね。皆さん、壮健そうで何よりです。もっとお会いする時間が持てれば良いのですが、なにぶん魔王出現で公務も多忙になっておりまして、申し訳ありません。」


 勿論、嘘である。毎日ゆっくりティータイムと読書を楽しんでいる。

 そんな中、竜也はギフト訓練初日にスーカの言っていた『世界に一人』の事を思い出していた。


「なあ、その“五大災厄”の中に空間操作能力を持っている奴はいるか?」


「いますよ、“猟奇姫”です。どうしてですか?」


「いや、そんなに強いっていうなら、俺と同じ能力を持っている奴もいるのかなぁと思っただけさ。」


 そんなバケモノどもと遭遇した場合の対処法という重要な事を『教え忘れる』なんて有り得ない。スーカのジジイも口止めされていた様子だし、故意的に教えなかったんだろ?

 それがここへきていきなり明かすとは、俺たちへの処遇方針に何か修正が入ったな。

 …しかし…そんなのが五匹もいるのかよ…今すぐトンズラしたいわ。

 もし上手い事いって逃亡する必要無く、魔王討伐成功まで扱ぎ付けたとしても、元の世界に帰還なんて嘘臭い話だ。帰れなかったら(その可能性の方が高いと睨んでいるが)、勇者なんぞさっさと引退だな。こっちの世界で自分の流派作って剣の道場を開くというのも悪くない。クソ親父の後を継ぐよりマシかも知れん。


「“猟奇姫”は空間操作と時間操作の能力を併せ持つ怪物ですよ。また、魔法術式研究者でもあるので自分で作ったオリジナル魔法を持ち、加えて体術とナイフによる物理戦闘も相当な手練れと聞き及んでいます。まさにバケモノの中のバケモノですね。」


 更にエリス王女は一呼吸の間を置いてから念を押す様に続ける。


「“猟奇姫”の種族は成長過程が人類と異なりますが、外見だけで言えば私達とほとんど見分けがつきません。それを利用して無着衣文化者を装って人間に紛れ、街中をうろついている事が稀にあるのです。

 無着衣文化者というのは少数派ですが、一日一度は見かける程度にはいます。もし見かけても決して嘲笑ったり、揶揄って気分を害させてはいけません。それが“猟奇姫”の可能性があるのですから。」


 おいおい…そんなのと遭遇するなら巨大Gの方がマシだな。

 ───ま、それよりも今日は街を見物だ!


 エリス王女とコバヤシに見送られ、従者という名目のお目付け役に案内されて竜也たちは正門から城下町へと繰り出した。

 石畳の道、建物は木造が多いが、大きな建物は石造り、コンクリート製と思しき物もある。元の世界の古代コンクリートと近代コンクリートのどちらに相当するのかの判別は竜也たちにはつけられないが、実際には古代コンクリートに相当する。

 そして人々の賑わい。街並みの雰囲気どころかここは世界線が違う。それでもこの「街にいる」という感覚に竜也たちは懐かしさを覚えた。

 王城内は自由に行動できた。外に出るのはまだ控えて欲しいとは言われたが、禁じられていた訳では無い。だが自主的に街を見てみたいと願い出ても、何だかんだと理由をこじ付けられては止められた事実上の軟禁状態だったのだ。そこからの解放感に竜也もさすがに気分が高揚する。

 そしてやはり道往く人々のファッションに注目してしまう。実に様々なのである。

 この多様性、それが難なく許容されているという、人々の文化に対する懐の広さは何なのか。その理由はつい先日、竜也たちが講義でコバヤシから聞かされていた。


 ─────曰く、こうである。

 この世界は人類が現れてから900年しか経っていない。900年というと途方も無い年月の様だが、文明が発祥してから、では無い。人類が現れてから、なのだ。

 最初に現れた人類は数十に及ぶ様々から世界線から転移されて来た五百人余りだった。原因は分からない。誰もが突如、掻き集められるかのように転移されてきたという。

 そして彼らの間で、これもまた様々な異世界線からの前世の記憶を保持した転生者が産まれる。

 この世代が“始祖世代”と呼ばれる。

 彼ら以前に人類に該当する知的生命体が存在していた痕跡は現在も発見されていない。

 さて、この時ここに転移してきたのは人類だけでは無かった。様々な世界線から危険な動植物も転移してきていた。更に空間天穴からは災害魔獣が現れ始める。

 死が間近にあるこの世界において、人類は生き残る為に各世界線独自の価値観・倫理感・生活習慣の壁を越え、互いに許容し合って一致団結するしか無かった。

 そしてその思想は長い年月を経るうちに次第に個人の趣味・嗜好に拡大解釈され、現在に至ったのだ。


 竜也は露出度の高いエロファンタジーな衣装を纏った女性を見つけ、従者に尋ねる。


「なあ、あれが無着衣文化か?」


「いいえ、あれは“スマーロック”というファッションですよ。そうですねぇ…だいたい十代後半から三十代前半の年齢層に見られますね。」


 違うのか。いや、しかし眼福、眼福。あれはあれで全裸よりそそるかも知れないぞ。見えそうで見えない、は男のロマンだ。こちとらまだまだヤリたい盛りのお年頃、「この世界ではこれが当たり前」と頭では理解していても、どうしても目が向く。

 俺より若い健と礼二なんか大変だろう。


「おほほっ♥」


 健は竜也の予想通り鼻の下を伸ばしてガン見である。一方の礼二は顔を赤くして目を背け…ない。赤面しつつもやはり見る。


「どうしたよ、礼二ィ。顔が赤いぞ? 童貞クン♪」


「うっせえよ、おまえだって童貞だろうが。」


 揶揄う健に礼二が言い返す、が…。


「俺はもう卒業しましたぁ~♪」


「「「はぁ!?」」」


 礼二、舞美、麗華の三人が素っ頓狂な声を上げた。


「お、お、おまっ! 彼女いないだろ! いつ!? 誰と!?」


 麗華の詰問に健は鼻高々に答える。


「春休み前にさ、相手はA組の熊谷みゆき。」


「あのヤリマンビッチのクソッタレかぁ!!」


 いやいや、俺から見たら君もそれっぽく見えますよ? 元世界からの継承スキルで房中術って出てたし、と竜也は腹の中でツッコミを入れた。


「あっさりゲロしやがったけど…まさか“あの手”を使ったんじゃないだろーな?」


「使ったよーん。土下座して靴舐めた♪」


「うーわっ…サイッテー…。」


「だっておまえら土下座してもヤラせてくれなかったじゃん? 麗華は頭グリグリ踏みつけるだけだったし、舞美は唾吐きかけて帰って行くしよ…その点、みゆきタソまじ天使♥」


「もげろ。」


 擁護できない。いや、そこまでいくと、もはや天晴である。すごいよ、健ちゃん!


「オッサンは元の世界でコッチはどうだったのよ?」


 健は人差し指と中指の間に親指を入れるコーマンサインをグイッと突き出してオッサンに絡み始めた。


「私は結婚歴あるんですけどね。三年前に別れましたけど。」


「じゃああるって事だな! もし童貞だったらオッサンが魔法使いになるのに俺たち巻き込まれたって事になるところだったな、あはは!

 相馬の兄貴はどうだったんスか?」


 女の子もいることだし大っぴらに話す事じゃないな、と竜也は健と肩組をして小声で話す。


「俺はカノジョいない歴二年だよ。初めてヤッたのは高2の一学期だ。あと、いちいちそのサインやめろ。」


「え~? アニキってモテそうだからもっとあるかと思った」


 そして健は振り返るなり叫んだ。


「兄貴も童貞じゃ無えってよ!」


 こんガキャ~!


「礼二~、童貞おまえだけ~。おまえオッサンにも負けてるよん。」


「勝ち負けの話じゃないだろ、ドゲザー。」


「何だよ、それ。」


「おまえの名前は今日からドゲザー・クツナメーな。」


 さて、バカの相手は同じ高校生に任せておくとして街の様子を見るか、と竜也が歩き始めると弥生が思わぬ事を口走った。


「これならあたしももっと大胆なデザインで服を仕立て直してもらおうかな…。」


 竜也たちの装備や衣類は自分達で王城に要望を出し、王城発注で一流の鍛冶師や裁縫店で製作されたオーダーメイドの一品物である。デザインも自分で指示できる。材料については専門家と要相談だが。


「や…上原さんはそういうの好きなの?」


「ふふっ、下の名前で呼んでくれていいですよ。わたしも相馬さんの事、これから竜也さんって呼びます。」


 キター! これはロマンスの予感♥ 


「わたし、ストレス発散によくコスプレ自撮りをSNSにアップしていたんです。だからどちらかと言うと好きな方ですよ。」


 弥生嬢のエロファンタジーコスプレとか滾るわ。是非見てみたい。だが落ち着け、平静を装いその趣味を肯定してやる。


「俺はいいと思うよ? 弥生ちゃんは素材がイケてるから服に負ける事は無いだろうし。」


「本当ですか? やったぁ! じゃあやってみます!」


 好感触♪ 初手としてはこれで上出来だ、と竜也は頭の中でほくそ笑む。

 ハーレム作りの第一歩を踏み出したのだ。竜也は事と次第ではエリス王女も食うと決めていた。エリス王女は竜也の好みのタイプからは少し外れるが、一般的に見て高ランクの美人である。

 折角レアギフト持ちで転移したのなら選り好みはしない、美味しい所は全部いただこうという腹積もりである。


「しかしまあ、これでよく性犯罪がおきないもんだな。」


 竜也は振り返って従者に言った。


「性犯罪ですか? 起きますよ。“女性がどんなファッションであろうと無関係”にね。」


 あ~…なるほど。世の中ってのはそんなもんか。自制出来ない男にとっては相手がどんな格好をしていようが関係無いんだな。


「兄貴~! あれ、あれ、面白そうっスよ」


 健が指差す一階石造り、二階三階木造の建物に掲げられた看板に書かれているのは異世界ファンタジーの定番中の定番、『冒険者組合』。ギルドだ。


「登録しましょうよ、冒険者! 異世界モノならまずコレでしょう!」


「転移者には多いようですね、冒険者になりたがる方。登録したいとおっしゃるなら止めはしませんけど…。

 冒険者組合は登録された冒険者への依頼の受付窓口、依頼内容の吟味、冒険者への依頼斡旋、顧客とのトラブル仲介、事故発生時の保険支払いを行う民間組織です。でも定期徴収される会費と保険料は結構負担になるみたいですよ。

 冒険者の仕事は多岐に渡ります。汚物清掃、家事手伝い、土木工事のヘルプ、害鳥獣駆除、浮気調査、迷子のペット捜索、素材収集、ボディガード、魔獣討伐の臨時傭兵、未開地域の探索調査等々でしょうか。」


 従者は指折り思い出しながら、一般的に冒険者が請け負う事のある仕事を挙げていく。


「要は何でも屋で日銭を稼ぐ仕事で、組合に会費や保険料を払いながら冒険者で生計を立てるには仕事は選んでいられないのが現実ですよ。

 衣食住から娯楽まで、国が全てを優先レベルで保障している皆さんの現状では何のメリットも無いと言っておきます。」


「確かにそうだな。」


 竜也は従者に同意する。


「え~? でもロマンあるじゃないッスか? だいたい登録して通行手形にする身分証明作る流れが異世界転移モノ最初のセオリーですよ。」


「登録料を払って簡単な審査試験を受ければ誰でも手に入る民間の届出資格に社会的信用なんてありませんよ。それと、組合は各都市や自治体によって独立して存在するもので、横繋がりの統一された組織はありません。審査基準、登録料の金額、ランク基準はそれぞれの組合でまちまちですね。」


 食い下がる健にとどめとばかりの一撃。従者は現実を率直に述べただけなのだろうが、ガッカリとしょぼくれる健を哀れに感じてフォローを入れた。


「えっと…も、もしどうしてもそういう類の物が欲しいのでしたら『魔法士免許』の方を断然お勧めします。

 そちらは国境も種族も越えた国際組織の国際魔法士連盟がバックに付く魔法士協会が発行する準国家資格ですから、社会的信用度は絶対です。審査や試験は厳しくなりますが、公に魔法を使う上で必要な資格なので、皆さんには魔王討伐への出発前に無審査・無試験で特別交付されるはずです、それを貰うのを待ちましょう、ね?」


 魔法士免許───講義で聞いたな。この世界で魔法を使うには免許が必要だったか。ただし照明や暖房、着火といった“生活魔法”や軽防殻などの防犯目的の“護身魔法”は免許不要とされる…だったな。


 ここで一つ、この従者はうっかり口を滑らせていた。だが、竜也はこの大きなミスに気付かない。王城から出た解放感、異世界の街並みと人々の賑わいへの高揚感に加え、弥生といい仲になれるかも、という期待感が竜也を鈍らせていた。

 この従者の痛恨の大失態に気付いたのは弥生ただ一人であった。


 『国境も種族も越えた』? ここ以外の国ってどうなってるの? いえ、それよりも『種族も』って、じゃあ魔族とは交流があるの? 人類と魔族ってどういう関係なの?


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