群青と漆黒 5/6
次の日はもう何をされても何も感じなくなっていた。
辛いはずなのに、辛いとすら思えなくなった。
泣きたいはずなのに、もう涙は出なかった。
苦しいはずなのに、苦しいと言えずにいた。
今日も相変わらず机に突っ伏して、塞ぎ込むほか無かった。
掛川と数名の取り巻きが俺の水筒を取り上げるや否や、俺の頭に中身のお茶を掛けた。
もう反応する事すら億劫になっていた。
そんな俺の態度がいけ好かなかったのか、掛川は伏せていた俺の腹に蹴りを入れてきた。
思いがけず声が出てしまう俺だったが、そんな事はお構いなしの掛川。
そんな地獄絵図の教室に担任が入ってきて、信じられない一言を発した。
「何してんだ、席につけ」
もうこの学校に救いは無かった。
俺はもう一生こんな惨めな思いして生きていかなければならないのだと悟った。
陸の孤島、誰も助けを呼べない場所で、俺はただ現実を見る事も無くいるだけだった。
授業が終わり、休憩時間。
掛川とその取り巻きがまた俺の元へと詰め寄ると、机に伏せていた俺を無理矢理起こして胸ぐらを掴んだ。
その姿を見ていた誰かが、大声を張り上げた。
「やめてよ!! あなたたちには人の心がないの!? いじめなんてして恥ずかしくないの!?」
その声は女子生徒のものだったようだが、誰なのかまでは確認しようとも思わなかった。
どうせ俺より幸せな人生歩んでるくせに、なんて酷い事を考えていた。
可哀想だと思われる事が嫌だった。
俺は誰かに憐まれるほどまで落ちぶれていないと、まだ心の何処かで思っていたかったのだろう。
その女子生徒の声に反応する男子生徒たち。
「うっせぇな、いじめじゃねぇんだよ。俺たちは“教育”してやってんだよ、二度と同じ過ちを犯さないようにな」
掛川はそう言って鼻で笑った。
「教育だなんて嘘! 暴力が、嫌がらせが、無視が、ハブにするのが教育だなんて、そんな教育必要ないじゃない!」
そう訴えかける女子生徒だが、掛川たちにその声は届いていないようだった。
「あなたたちがやってる事はれっきとしたいじめよ! 下らない! ありえない! 超ダサい! 今すぐ辞めなさいよ!」
そうやって叫ぶ女子生徒に、俺はカチンと来て呟いた。
「……せぇな」
憐んでんじゃねぇよ。
お前の主観で俺を可哀想な奴だって決めつけんなよ。
まだ俺は廃ってなんかねぇ。
そんな心の声を表現しきれず、出た言葉がそれだった。
その声は至近にいたはずの掛川たちにも聞こえていなかったようで、掛川が詰め寄って来て言った。
掴んでいた胸ぐらは、さらに締め付けられていた。
「声小せぇんだよ、もっとデケェ声で喋れよゴミ」
俺は教室中に響き渡る声で怒鳴った。
もうどうにでもなれって思った。
救いなんていらない。
救われる運命にそもそもなかったのだから。
「うっせぇんだよ! さっきからグチグチグチグチと! テメェに俺の何が分かるんだよ! 可哀想だなんて思って俺の事助けようだなんて気持ち悪いんだよ! ヒーローごっこの為に俺を利用してんじゃねぇよカス!」
それに怯んだ女子生徒と掛川たち。
数秒の沈黙の後、俺は掛川たちに思う存分殴られた挙句、衣服を剥ぎ取られ全裸にされてしまった。
そんな俺をただ呆然と眺める事しか出来なかった女子生徒。
お前は無力だよ。
自己承認欲求を満たす為だけの道具に、俺を都合よく使ってんじゃねぇよ。
お前一人で何も出来るわけねぇだろ。
今思えば、あの時助け舟を出してくれた女子生徒が救世主に成り得たはずだったのに、その助けを跳ね除けたのは自分だった。
素直になれていれば、もっと今よりもマシな人生送ってたのかな。
しかし過去は過去だ。
もはや今更取り返しなど付かないのは言うまでもない。
それでもその当時はある意味最善策だったのかもしれない。
そんな態度しか取れなかったわけだし。
荒んだ俺の心は癒える事なく、日々は刻々と過ぎていった。
それ以来心を閉ざした俺は、ある日自殺を図ろうとした。
しかし、それは未遂に終わった。
首を吊ろうと小遣い貯めて買ったロープを設置している途中で、部屋に母親が入ってきた。
母親はそんな俺の姿を見るや否や、泣きながら俺を叱りつけた。
俺は何故叱られていたのか理解できなかった。
叱られるのは不幸な目を見た俺ではないはずなのにと思っていた。
母の涙が俺の心を痛めて、俺は何故かイライラしていた。
あんたに俺の不幸が分かんのかよって心の奥底で思っていた。
こんな俺を見兼ねた母親が、学校を休むようにと俺を慰めて以来、俺は中学校に顔を出す事は無くなった。
話し合いの末、担任には一身上の都合とだけ伝えて、二年の三学期から正真正銘不登校になった。
これが俺の中学時代。
踏み躙られた俺の春は真っ黒に汚され、見るに耐えないものになっていた。
青春などと言った生温い真っ青な綺麗なもんじゃない。
ドス黒く醜いものへとボロボロにされるまで汚されてしまった。
こんな過去抱えている限り、幸せになるなんてきっと無理な話。
とどのつまり、俺に幸せになる権利は無いと思った。
黒に何色を混ぜても黒なんだから、青春のように美しい青に近づけるなど不可能だ。
人生詰んだって、こういう時に使うんだな。
やり場のない怒りとやりきれない思いで、涙を堪えるのに必死だった。
腫れた瞼を拭う事に手を取られ、まともに前を見て歩けなかった。
帰り道は悲しくて、俺は声が枯れるほど泣いていた。
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