深瀬瑞希 5/6
階段を上りきると、目の前を歩く見慣れた影があった。
俺はそれが深瀬さんだと一瞬で気が付いた。
そこでふと昨日考えていたことを思い出し、話しかけようと思った。
しかし、このコミュ障という足枷は非常に重たく、話しかけようにも喉から声が出なかった。
挙句話す内容さえ思いつかない始末で、これは完全に詰みの状態に入っていた。
一定の距離間で俺と深瀬さんは二年四組教室へと一着二着でゴールイン。
そのままお互いの席に就く形となった。
昨日の時点ではあれだけ息巻いて話しかけようとしていたにも関わらず、いざ本人を目の前にすると全く勇気が出ない。
これこそ長年の人間不信の弊害と言えよう。
結局席に就いてから、深瀬さんとはなかなか会話することができずにいた。
深瀬さんと話したいのに、話しかけてくるのは有松ただ一人だった。
「おはよー! 春日! 相変わらず元気ねぇな!」
開口一番悪口とかこいつどんな教育受けてきたんだよ。
「うっせぇな、朝からデカい声出してんじゃねぇよ」
顔を顰めて不機嫌さ丸出しの俺は、不満げにそう言った。
「朝からそんな不機嫌じゃ幸せ逃げていくぞ~?」
ニヤついた腹立つ表情で有松が言った。俺はさらに不機嫌になった。
「誰のせいで不機嫌になってんのかもう少し考えてからモノ言え」
有松は相変わらずお道化てみせる。
「きゃ~! 春日ちゃんこわいわ~!」
でもほんの数日前とかだったら、男女問わずこんな会話できてなかったんだよな。
こんな下らない会話も、しょうもない雑談も、真剣な相談も、本気の喧嘩も。
ある意味そのきっかけを作ってくれた千野には感謝しなきゃいけない。
俺に関わってくれる人がいるという事を、もっと誇りに思ってもいいはずだ。
そんな下らなくも楽しい会話を有松と交わしていると、担任の先生が教室に入ってきた。
朝礼が始まった。
朝礼開始から授業中もどうやって深瀬さんに話しかけようかと模索していた。
しかし、一向に良い案は出てこなかった。
なにせ会話の経験値が低すぎて会話の切り出し方のレパートリーが絶望的に少なかった。
どうしたもんかと考えを巡らせている間にチャイムが鳴って一限が終わった。
ぼーっと虚ろに窓を眺めながら、休み時間中も思慮に励む俺。
「ねぇ、ちょっと」
俺の右手側から囁き声が聞こえた。
ふと振り向くと凛が目の前に立っていた。
「どした?」と返そうとした瞬間に、凛に手を握られ教室の外に連れて行かれた。
廊下に出て廊下の窓際に追いつめらたかと思うと、凛は俺に向かって言った。
「ねぇ、もしかして深瀬さんに話しかけてないよね?」
神妙な面持ちでそう言う凛に、俺は答えた。
「まだ話しかけてないけど」
すると凛は少し焦って言った。
「『まだ』って、話しかける気でいるってことだよね?」
俺を止めようとする凛を疑問に思った俺は、気になって尋ねた。
「まぁそうだけど…ダメなのか?」
そんな俺に対して、凛は呆れたように言った。
「ダメっていうか、あんまり優のタメにはならないと思う。話しかけてしんどい思いをするのは優だと思うよ」
その言葉の真意は分からなかったが、俺は自分の決心を語った。
「いや、俺の利益不利益は正直どうでもいいんだ。ただ純粋に、深瀬さんが俺と同じように少しでも学校生活楽しいなって思ってもらえたらいいなって思って話しかけたいだけだからさ」
そんな俺の決意を聞いて、凛も諦めたように言った。
「そこまでして話しかけたい理由は全く分かんないけど、止めたってどうせ話しかけるんでしょ? あたしは止めたからね! 後で泣きついても知らないからね!」
「ありがとう」と返す俺に、凛は少し頬を紅潮させ、視線を逸らしてボソボソと言った。
「…もし、キツくなったら…話くらいは聞いてあげる……」
そう言うと、凛はそそくさと教室に戻って行った。
凛は応援こそしてくれはしなかったが、俺の行動に一応理解はしてくれた。
心強い後ろ盾ができた事で、俺の揺らいでいた心も一気に定まった気がした。
あとはもう勢いでなんとかなるはずと、意味もなく確信できた。
読んで頂きありがとうございました!
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