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前準備

「おい、聞いたか。街道近くでかなりの数のウルフが死んでたって話。」

「あぁ、なんでも皆一太刀で真っ二つだってな。ありゃ名のある剣士の仕業だろうってのがもっぱらの噂だ。」

「まだギルドに顔を出してないんだろう。張っていたら見れるかもな。」


俺はそんな与太話を聞きながらギルドを、後にした。何の事はない、名のある剣士なんてあの場にはいなかったし、もちろんそんな剣士は現れない。


ギルドマスターのレオルには盛大な溜め息と呆れた顔のご褒美をいただき、早朝のうちに直接依頼完了の手続きと精算を済ませた。結局朝陽が昇るまでウルフと戯れたため、体にはどんよりと重い疲れが溜まっていた。


俺は重い足を動かしながら外に出た。朝陽が体を包み、眠気がさらに増していく。早朝より多くなりつつある街道を歩き、レオルが薦める宿に向かった。




「なんだい。まだ生憎準備中なんだ。」


宿に着いて中に入ろうとした時、背後からそんな声が聞こえた。のっそりと振り替えると、頭に三角帽を巻いた女性が大きな台車に山のように荷を積んで立っていた。


「今から朝食の準備なんだ。部屋の準備してる暇はない。どこかで……」

「朝…食……」

「なんだい……そんな目をして?」


自分では分からないがかなり物欲しそうな顔をしていたのだろう。


「……やれやれ。せめてもう少しマシな格好しな。そんなボロボロの血まみれじゃ迷惑だ。」


溜め息混じりにこちらの姿を上から下まで見た女性は退いた退いたとジェスチャーをして見せた。自分でもまともな格好とは思ってなかったので納得しながらまた街に向かって歩き出した。


「しばらくしたらまた来な。朝食くらいは用意してやるよ。」


ニッと笑ってこちらを見ているこの宿の女性は凄く温かく見えた。




「朝早くから来るからどんな客かと思ったが……ボロボロだな!!」


ガハハと笑う豪快な男が俺の肩をバンバンと叩く。正直なところ、疲れた体には非常に厳しい。


「とりあえずズボンとシャツと上着を二つずつ欲しい。あ、あと下着も。」

「この服と同じ材質か?変わった服だが、かなり上物だな。これと同じになるとかなり値が張るぞ。」

「いや、冒険者なんだ。軽装でいい。出来れば黒っぽい色で。」


店主らしい男はジッと俺の姿を見た後ニヤリと笑った。


「弱っちそうだな。ガハハッ!!」


言ってフラッと店の中をクルリと回る。回りながらササッと物を集めていく。集め終わった物をカウンターにドサッと置くともう一度こちらをジッと上から下まで見る。


「まぁこれくらいならいけるだろう。あと魔法使いならローブくらい羽織っておいて損はないだろう。」

「……言ってないよな。」

「武器もないし……まぁなんだ、長年の勘だな。」


男は適当に一セットをとって押し付けるように俺に渡してくる。


「ほれほれ、さっさと着てこい。」


俺は押し込まれるように試着室に入り、一緒に服も入れられた。カーテンで仕切られただけの狭い個室で、ハンガーや鏡もない。俺は仕方なく上着を脱いで着替えを始めた。


「ここいらじゃ見ない顔だが、どこから来たんだ?」


カーテン越しに店員の男が話しかけてきた。ごそごそと音がしているので、残りの服を袋か何かに積めているのだろうか。


「遠い島国だ……訳あってな。今は帰る手段を探す前準備中だ。」

「そうかい。黒髪に黒い瞳っていや、お伽噺の勇者や魔導王、その子孫くらいのものだからな。着ているものも上物だったから近いものかと思っていたが。」

「……いや、関わりはないな。」


ズボン、シャツと着替え、最後に真っ黒いローブを羽織る。軽く体を動かしてみるが、動きを阻害しているような感覚は無かった。


「サイズピッタリだな。何か怖くなってきた。」

「特技みたいなもんだ。まぁプロだしな。」


カーテンを開けて外に出る。男は腕を組んでこちらを見ながらウンウンと頷いていた。


「鏡とか無いのか。」

「流石にそんな高価な物は置いてないんだ。いつかは数枚設置できるような店舗にしたいと思っているがな。」


鏡は高いらしい。生産の問題か輸送の問題か。まぁそのうち自分の姿は確認するとしよう。


「良いもののようだ。値段はいくらになる?」

「二セットで7,800ルピだ。」


ルピは通貨の単位で相場の変動もあるが、いい食事をすると1000ルピ前後の値段になる。とりあえず腹を膨らますだけなら一食100ルピ程度だそうだ。ちなみに一晩の稼ぎは11,300ルピだった。レオル曰く、初仕事でこの稼ぎは異常らしい。同ランクなら大体5~6,000程で、パーティーになる事がほとんどらしい。つまりパーティー内で割ると更に個人の取り分は減ることになる。


「これでも安くしているんだぜ。リピーターになってくれることを見越しての値段だ。」

「……わかった。」


制服の上着に入れていた巾着袋を直接渡して制服を畳んでいく。受け取った男はサッと開いて中から必要な金額を取り出して口を閉じた。


「まいど。俺はオラルドだ。また来てくれよ。」

「考えておくよ。」


俺は残りの服を受け取り、荷物をまとめて店を出た。日が昇るにつれて人が多くなっているようで、来たときよりも多く感じた。




宿に戻ったのは丁度一時間くらいかと思われる。あくまで体感なので思われるだった。この世界で未だに時計というものを見ていない。


「おっ、来たね。とりあえず、フィラの宿にようこそ。なかなかまともな見た目になったじゃないか。」


先程店先で会った女性が店内のカウンターに立っていた。手元にあった紙をチェックしながら何かを書き込んだりしていたが、俺の姿を見つけてニカッと笑った。


「えっと……」

「フィラだよ。この宿の女将をやってる。泊まりでいいのかい。」

「トーヤだ。よろしく頼む。」


俺はまた軽くなった巾着を取り出してフィラに手渡した。その行動を不思議そうな顔で見ていた。


「大した額は入ってない。その中身で何日くらい泊まれるか教えて欲しい。」

「……変な客だね。まぁいいわ。これだと……二食付きで二日だね。」

「なら二日頼む。」


フィラはこちらをジッと見てから大きく溜め息を吐いた。


「荷は部屋に持っていってやるよ。あんたは食堂に行きな。朝食はまだ残っているはずだよ。」

「頼む。」


俺は腹の虫を鳴らしながら買ったばかりの服をフィラに渡して、フィラが指差した先の食堂に向かった。




そこから気が付けば夕陽が差す頃だった。うっすらと記憶にあるのはハムやパンをたらふく食べ、押し寄せる眠気と必死に戦いながらカウンターに行き、部屋の場所を聞いて向かった。部屋を確認して室内に入り、鍵を閉めてベッドにダイブしたはずだった。


「昼過ぎにはもう一度起きてレオルのところにいく予定だったんだがな……」


外の景色をぼんやりと見た後、軽くなった体を伸ばして肩を回した。


「とりあえず行くか。また無一文だしな。」


部屋を出てカウンターに行くと、何組かの客らしき人達がフィラの前に並んでいた。


「おや、起きたみたいだね。夕食はどうするんだい。」

「一度ギルドに行ったらすぐに戻る予定なんだ。戻ったらもらうよ。」

「そうかい。気を付けて行ってきな。」


フィラに送り出されて宿を出た。昨日と同じような喧騒の中、ギルドに向かって歩き出した。


途中にあった店を何軒か冷やかしついでに見ながらギルドへ向かった。とりあえず朝に行った店よりも小規模な服屋。戦士タイプと魔法使いタイプが半々に置いてあり、冒険者狙いの店構えであった。


次に立ち寄ったのは魔法使いのショップだった。簡素で中途半端な魔法陣が書かれた手袋や、魔法の効果を高めるとか書かれているチョークのようなもの。杖や帽子も置いてあった。どれも今の俺には必要なかった。買うお金も無かった訳だが。


そして、今いるのが刀剣類の専門店だった。店内カウンターの向こうには無愛想なガタイの良い男が真剣に剣を研いでいた。店内には三人ほど客がいて、こちらも真剣な顔で展示されている武器をジッと見ていた。


「剣か……やっぱり異世界に来たなら一度は使ってみたいけどな。」


俺は独り言を言いながら安売りされているらしい剣の柄に手をかけた。傘立てのような筒状の置き場に置かれていたそれを持ち上げようとしたが、軽い気持ちで持てる重さでは無かった。


「重いな。というか剣ってこんなに重たかったのか。漫画やアニメ何かはこんなのを軽々振ってたって考えるとやっぱりあり得ないよな。」

「若いの。ここは魔法使いが来るところじゃねぇ。帰りな。」


こちらを見ることなく、手元の剣を研磨しながらよく通る声で告げられた。俺は持っていた剣を手放しカウンターに向かった。


「すまないな。俺はトーヤだ。今日は下見で来た。次来たときは一つもらおう。」

「……ザガだ。」


俺はフッと笑みを浮かべてカウンターに背を向けた。背後ではチラリとこちらを見る気配が合ったが、振り返らずに店を出た。




「で、何人かを挑発しつつここまで来たと。」

「人聞きの悪い。お世話になりそうな店に顔見せをしただけだっての。」


レオルは顔に疲れを浮かべながら、あっけらかんとする俺を呆れ顔で見ていた。


「やっとウルフの処理が終わった所なんだ。これ以上厄介事は持ち込まないで欲しい。」

「挨拶は迷惑かけてないだろう。」

「そうだな。だが、どこの世界に一晩で150近いウルフを狩るEランクがいるんだ。しかも単独で……」

「魔法なんて初めてだったからな。ついつい。」


俺は照れながら頬をポリポリと掻いた。その姿を見ていたレオルはまた深い溜め息を吐いて肩を落とした。


「追加報奨は悪いが渡せない。渡すなら君のことを公にする必要がある。しかし、君自信はあまり目立ちたくないのだろう?」

「出来ればな。」

「やっていることは真逆な気がしないでもないがね。とりあえず君の話を聞く限り、魔導士としても有望株のようだ。あれだけの数をウインドのみで片付けていたし。上級の魔法使いでもあそこまで深く発動はできないだろう。魔法陣も詠唱もなく……」

「あんたならできそうな口ぶりだな。」

「出来ないことはないだろう。レベルや熟練の差か分からないが君は上位魔法を使うことはまだできないようだからね。」


つまり、上位魔法なら似たような……それ以上が可能となるということだろう。


「あれだけできるならCランク認定も出来るだろう。ただ、そう上手くもいかない。依頼の数をこなしてもらえば認定試験を受けられる。ランクが上がれば割のいい依頼を受けられる。しばらくはここで自分を知るといいと私は思う……」

「とりあえずしばらくはそのつもりだ。まぁよろしく頼むよ。」


今夜はコボルトと戦ってみよう。なんて考えながら、窓から見える沈みつつある夕陽を見ていた。





いつもありがとうございます。


中々展開が進まなくてすいません。気長に待っていただければ幸いです。


誤字脱字、誤った表現等ありましたら指摘お願いします。



評価、ブクマ登録ありがとうございます。がんばります。

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