初陣
俺は、この世界にも月はあるんだななんてぼんやりと考えながら地面に寝転がっていた。いつも見ていた月と違い、光は何となく青白く感じる。見える模様はウサギでも蟹でも、ましてや国の形に見えるわけでもない。小さな点がいくつか見えるだけで、月の中に色が反転した宇宙があるように見えた。
「ふぅ……」
上体をゆっくり起こして揺れる草から覗く赤い二つの点を凝視した。とりあえずそちらに手を向けて小さく言葉を紡いだ。
「ウインド」
体から力が少し抜け、小さな風が点を包み込んだ。
「キャウン!?」
小さな悲鳴が響いた直後に点が消失し、辺りに液体が飛び散った。血生臭い臭いが漂ってくるなか、俺はくるりと見回して次の光点を探した。
ギルドを出たのは夕日が差し終える頃だった。背後のギルドは喧騒を増し、道行く人は急ぎ足に帰路についていた。
俺はコボルト退治とウルフ退治の依頼を受けてギルドを後にした。ギルドから冒険者風の人の波に逆らうように歩き、日が完全に暮れた頃にようやく外に出る門に着いた。安堵の息を吐いたあと、門の外に向かうと鎧を着た兵士が駆け寄ってきた。
「今から外に出るつもりか。夜の魔物は凶暴さを増すのは知っているだろう。」
もちろん知らない。危ないのか……ただ、町中もそう安全ではない気がする。ギルドに向かう時にスラムのような場所もあったのを覚えている。レオルの誘いを断った以上は食い扶持くらいはなんとかしたい。
「大丈夫だ。問題ない。」
フラグをたてるようなセリフを言いながら門をくぐろうとしたが、兵士に肩を捕まれてしまった。
「とりあえずギルドカードかステータスを見せて欲しい。夜の間は出入りの管理を強化している。あと一応目的も聞いておきたい。」
俺は上着のうちポケットに入れてあったステータスカードを差し出した。
「コボルトとウルフ退治だ。訳あって文無しになってしまったんで手っ取り早く金を集めようと思ってな。」
後は自分の力を知りたいが、確認するのを人目につくところでしたくないというのがある。レオルの言葉やグラドの反応から魔導士はありふれたクラスでは無いだろうと予測している。
「一人でかい。クラスは魔法使いのようだが……今からでも遅くない、低ランクでいいからパーティーに入れてもらうべきだ。」
「生憎知り合いもいないし、他人は信用し辛い。ちまちまやるつもりだから大丈夫だ。危なくなったら逃げ出すさ。」
兵士は心配そうな顔をしながら俺をジッと見ていた。しばらくそのままだったが、兵士は溜め息一つ吐いて俺にステータスカードを返した。
「わかった……気を付けてな。明日の朝に物言わぬ姿で見つかるような事はないように頼む。寝覚めが悪くなるからな。」
「リリース……宿代の目安くらい貯まればすぐに戻る。じゃあな、仕事頑張ってくれ。」
後ろ手をヒラヒラさせながら俺は門の外に出た。振り返って見てみると町は壁に囲まれており、所々に窓のような穴がある。穴の中からは光が漏れていて、人影も見える。門もいくつもの篝火が置かれていて、複数人の兵士の姿が確認できた。
「さて、初陣に出かけるとしますか。」
俺はズボンのポケットに手を突っ込んで、散歩するかのように暗くなる道を進んだ。
また三十分ほど歩いて足を止めた俺は辺りを見回した。後ろでは町の明かりが見え、左手には林と森の中間のような樹木地帯。右手には腰くらいの高さの草が生い茂る平原地帯。俺はとりあえず平原に足を踏み入れた。
「さて、とりあえず実験してみるか。」
平原内、五メートル程先にある木に向かって手をかざし、右手に力を集中する。
「ウインド」
呟いた言葉に反応してか、右手から力が抜けていく感覚があった。直後、向けられた木が突風に包まれ、端からスパスパと細切れになっていった。枝葉から幹に向かい、乱雑に走る風が木をどんどん小さくしていき、やがて切り株と大きさが一定しない木片に変えた。
「これは……やり過ぎた…よな?」
歩き出そうと踏み出した足から力が抜け、前のめりに倒れてしまう。前回り受け身の要領で転がって勢いを殺したため怪我は無かったが、自分の状態に驚いた。
「ちょっと迂闊だったな。」
一応動く前に回りの気配は探っていて、危険はないと判断して行動した。しかし、今の行動で動きがないとは限らない。無理矢理に体を動かし、出来立ての切り株まで動いた。
「今のは力を入れすぎた。まぁ、入れた分だけ威力は出るのは分かったのは収穫か。」
切り株に腰を下ろして深く息を吐いた。時間経過のためか僅かばかり楽になったような気がしながら回りの気配を探っていた。
「ウインドで合っていたみたいだな。イメージして浮かんだ言葉を言ってみたが。」
イメージとしては真空波を飛ばすものだったが、実際は風にのまれて刻んでいくものだった。
「要練習だな。」
手をジッと見ながら力を少し流す。それを立てた人差し指の指先に集中する。
「うん……これも出来そうだな。ウインド。」
指を横に流しながら唱える。指先がほんのり光り、それが光の筋を残し、そこから風の刃が走る。それはゆっくりと飛んでいき、生えていた草をスパパパと切っていきながら地面に刺さって消失した。
「なるほどな。これなら数を重ねても問題ないな。あとは他の魔法だな……それと他の魔法使いがどう魔法を使うかも知っておいた方がいいか。明日レオルに聞いてみるのもいいかも知れないが……」
俺は切り株から転げて地面に寝転がった。生い茂る草を倒しながら空を見上げた。雲六割といったところで、満天とは言い難かったが、日没からそんなに時間はたっていない割には綺麗な星空だった。俺は教室から起こった一連を思いだしながら星空を眺め始めた。
どれくらいぼーっとしていたのか分からないが、辺りでガサガサと音がし、それが近づいてくる気配があった。辺りは先程より明るくなっているように感じた。先程まで星を隠していた雲は疎らになっていて、青白い満月が輝いていた。
アオォーーン!!
近寄っていた気配の主が遠吠えをあげた。いつのまにか囲まれていたようで。四方から同種の気配を感じた。
「ウルフかな……」
近寄ってくる気配の中で真っ正面に位置する気配がジリジリとこちらを伺いながら近寄ってくる。俺はムクリと起き出してそちらをジッと観察する。赤い二つの点がこちらに向けられていて、闇に紛れた灰色の毛を生やした狼の姿が確認できた。
「ウインド」
掌を向けて一匹目を仕留めるために魔法をとなえた。掌から出た一陣の風は真っ直ぐに対象に向かい、その体を包み込んむ。その中で幾筋の風の刃がウルフの体を引き裂き、ウルフが断末魔を上げた。
「まず一匹と……」
俺はくるりと回りを見回した。見える二対の光点は残り四つ確認できた。突然の仲間の死に驚いたのだろうか、ウルフ達はまだ距離を詰めてこなかった。俺はゆっくりと立ち上がって先程倒したウルフを見た。絶命して横たわる死体には首や胴に深い裂傷があった。
「とりあえず……一狩するか。ウインド」
残っている中の一匹に向かって指をスッと縦に振り、魔法を唱える。危機を感じたウルフが飛びかかってくるが、風の刃の方が早く完成し、ほぼ真っ二つにウルフを両断した。残る三匹は一斉に飛び出し、こちらにその牙をギラつかした。
「噛まれたら痛そうだな……ウインド」
二匹いるほうに振り返りながら指を横に薙いでウインドを発動。二匹同時に狙った風の刃は駆け出した一匹の頭上を通り、もう一匹を始末した。
「あっ、やべ。」
口を大きく開いて飛びかかってくるウルフを半身をずらして避けたが、もう一匹が足に噛みついてくる。
「っつ!!……ウインド!!」
噛みついてきたウルフに指を振りながら、刃を飛ばす。至近距離から放たれた刃は額から喉に向けて通りすぎ、ウルフを絶命させた。
「っ……最後だな。ウインド」
反転して駆けてくるウルフを袈裟斬りの形で発動した刃が斬る。辺りは五匹のウルフの死体と、風が通って不自然に切られた草が散乱していた。俺はへたり込んで噛みついたままだったウルフの顎を開き、ふくらはぎに刺さった牙を外して傷口を見た。
「グロいな……つうか…かなり痛い。」
傷口付近のズボンはジワジワと色を染めており、足は段々と熱を持ち初めていた。俺は傷口付近に手をかざしながら魔力を流していく。
「この場合は……ヒール?」
直後、青白い光が手から発せられ傷口を照らし出した。暖かい光が傷口から染み込むように広がり、痛みが引いていく。やがて、暖かさが引いていったのに気づいて魔力を流し止め、恐る恐る傷口に触れてみる。
「魔法ってすごいな……」
傷はなく、跡も残っていない。傷を負ったとわかるのは足に張りついた血まみれのズボンと、そこに空いたいくつかの穴があるだけになった。
「油断したな……」
俺は立ち上がって回りを確認した。今のところ敵はいないようだ。大きく伸びをしながら深呼吸をする。
「まだ行けそう……というより今のところ限界が見えないか……最初にウインドを使った時も予想外に力が抜けたからバランスを崩したけど、まだ力に余裕は感じていたし。」
手をジッと見ながら自己分析をしていく。町に戻るか、このまま続けるかを思案しながら。
「……とりあえず、次を片付けてから考えるか。」
血の臭いにつられたのか二、三匹のウルフが遠くに見える。こちらをジッと伺いながらジリジリと近寄ってきていた。俺は人差し指を立ててゆっくりと構えた。
遅くなりました
いつもありがとうございます。
書き溜めなしでやっているので最近遅れ気味です……スイマセン
誤字脱字、誤った表現等ありましたら指摘の方お願いします




