ギルドマスターレオル
城を出て二時間後、俺はようやく冒険者ギルド前に着いた。理由はこの街が思った以上に広く、道が複雑化していたからだ。城から出る前に目的の建物を確認し、目印になりそうな場所まで確認したはずだったのだが、結果としてあまり役にたたなかった。
そろそろ日も傾きかけようかという時間だが人の出入りは激しく、場所が場所なので屈強そうな体の者も少なくない。俺は意を決して開きっぱなしになっている建物に足を踏み入れた。
「っ……」
何故か分からないが複数の視線がこちらに向けられているのを感じた。観察するような視線に晒されながら、四つある内の左端のカウンターに向かった。
「ようこそ……初めての方でよろしかったですね?」
「冒険者登録をお願いしたい。」
営業スマイルよろしく話をする受付嬢。俺はとりあえず用件を伝えると、受付嬢は俺の姿を上から下までサッと見て不思議そうな顔をした。
「見慣れない服装に武器などもお持ちでは無いようですが……」
だらしなく着崩しているが未だに学校指定のブレザーのままだった。回りを見回しても、いかにも冒険者といった軽装や動きやすそうな鎧姿。そして、身近に必ず武器のようなものも見えた。
「おい、坊主。良いもん着てるみたいだが、ここはお前みたいなヒョロっちいのが来る場所じゃねえんだ。さっさと帰んな。」
たまたま目の合った酔っぱらい集団の一人がそんな言葉を飛ばし、回りにいた奴等がニヤニヤしていた。
「……登録と説明を頼む。」
「……わかりました。ステータスカードをお願いします。」
俺はポケットに入れてあったステータスカードを取り出した。背後で何故か笑い声が上がった。
「あ、あいつステータス持ち歩いてやがるぜ。」
「消し方知らねぇんじゃねえか。」
笑い声が響く中、二つ程違った視線を感じた。嘲るようなものではなく、明らかに警戒を乗せた視線を。
「トーヤ様ですね?……クラスは魔法使い……」
受付は一度俺の顔をジッと見た後首をかしげ、手元に視線を戻して何やら書き始めた。俺はスッとギルド内を見回して視線の主を探すが、二つ共既に無く特定には至らなかった。
「それではお返し致します。」
返されたカードをまたポケットに突っ込み小さく「リリース」と呟き、手にあった感触が消えたのを確認した。背後ではまた嘲り笑う声が聞こえるが、とりあえず無視をしておく。
「それではこちらにサインをお願いします。」
俺は羽ペンのようなもので紙にトーヤとカタカナ書き、紙にサッと目を通して返した。どうやらただの登録証らしい。
「坊主、ステータスの消し方を教えてやろうか?」
ニタニタ笑いながら酒の匂いをプンプンさせて近寄ってくる男。俺は無視したまま受付の動きを目で追っていた。
「聞いてるのか?おいっ!」
語気が強くなるが俺は無視を続けた。勝てるだろうが負ける戦いは今のところするつもりはなかった。
「こちらがギルドカードになります。」
青いカードが差し出され、それが俺の後ろから手を伸ばされて奪われた。それを呆れた顔で見る受付。
「一度だけ言う……さっさと返せ。」
とりあえず溜め息を吐きながら男を一睨みする。対する男はニタッと笑いカードを高く掲げ、取れるものなら取ってみろとこちらを見下した。
「ったく……お姉さん、このカード汚いから取り替えて貰えない?」
「えっと……」
「何だと!このガキが!」
男はカードを放り投げて思い切り腕をふりかぶった。
「うるさい。」
そう俺が言うと……
ゴンッ!!バキッ!!
一瞬のうちに男が頭から床に埋もれていた。俺は軽く手首を回して回収していたギルドカードを受付嬢に渡した。
「頼むな。」
「えっと……はい?」
キョトンとした受付嬢にカードを押し付けて埋もれた男に近寄り、首に手をあてた。そして、再度視線を巡らした。一同はキョトンと男と俺を見比べていた。そして、男を殴った手を見ながら握って開いてを二、三回行って調子を確認した。どうやら大丈夫なようだ。
「なかなか大胆な少年だな。」
いつの間にやら側にいた初老の男は突っ伏している男の後頭部に手をあてながら俺をジッと見ていた。
「ふむ……まぁよいか。タルガスにはよい薬だろう。少年、少しついてきなさい。」
「まだ受付が終わってないが?」
俺は目を丸くしている受付嬢をチラリと見た。まだ理解が追い付いていないようでカードを持ったまま固まっていた。
「やれやれ……ティア、少年のギルドカードが出来たら私の部屋へ持ってくるように。行くぞ少年。」
俺は歩き出した男、先程視線を感じた一人の後を警戒しながらついていくことにした。
ギルド内の奥にある階段を上り、三階に来ると大きな部屋になっていた。回りを観察しながらついていくと、対面に設置されたソファーにドカッと座った。そして、俺に対面を差し促してきた。俺は警戒したまま対面のソファーに腰を下ろした。
「さて、まずは自己紹介だ。私はこのギルドのギルドマスターをしているレオルだ。」
「……トーヤだ。」
レオルと名乗った男はフッと笑うと足を組み、膝に組んだ手を置いた。
「とりあえず……何故ステータスを偽った?」
「何の事だ?」
俺の答えに鋭い眼光で俺を見るレオル。俺は内心で感心していた。流石と言うべきだと。
「トーヤと言ったね。知らないと思うが、ステータスカードは簡単に偽ることは出来ない。高位の魔法使いや魔導士なら可能だが……」
「……あんた、魔導士だな。」
「どうやら私の事もあまり知らないようだ。これでも人族で知らないものはいないと思っていたのだがな……」
どうやら有名人のようだった。これ以上は面倒になりそうだと判断した俺は、うちポケットに移してあったグラドからの手紙を取り出してレオルに手渡した。
「……エルグラドからか。君は中を確認したかね?」
「いや、人の手紙を見る趣味はない。」
レオルは読み終わると溜め息一つ吐き、紙を折り畳んでで懐にしまった。
「君の簡単な身の上が書かれていた。異世界から召喚されたや、王とベアトに啖呵を切った等。」
言い終わってすぐに部屋に先程の受付嬢、ティアがやって来てレオルにカードを手渡した。ティアは俺とレオルにお辞儀をして静かに部屋から出ていった。
「曰く、魔法を知らない魔導士とか。」
カードを弾き、俺の手元に飛ばしたレオルは面白そうに俺の顔を見ていた。俺はカードをポケットにしまって大きく溜め息を吐いた。
「ここに来るまでに道に迷ってな。その間に自分なりだが理解を深めていた。」
「なるほど。」
「大したことは分からなかったが、魔力の身体強化とステータスの扱いは理解出来た。」
「ステータスを偽った理由を聞いてよいかな?」
「この世界であれがどれだけ信用できるか、書き換えが気付かれる可能性があるかを確認するためだな。結果としてはあんたともう一人に気付かれたみたいだが……」
眉をしかめて俺の言葉を聞いていたレオルは最後の言葉に目を開いて驚きを浮かべていた。
「私とラルの視線にも気付いていたのか。なるほどなるほど。」
「もういいか?」
俺は外をチラリと見て呟いた。夕日が暗さを孕み、夜の帳も遠くはないと思われる。
「手持ちは何も無いんだ。寝床も金も。稼げるならさっさと稼ぎたい。」
「ふむ……今日くらいなら宿は用意してやるぞ。」
「いや……これ以上借りを作りたくないんでな。」
「そうか。ならギルドの説明だけしよう。まずギルドカードを出してくれ。」
俺は言われるままカードを取り出した。黒いカードに白い字でトーヤと書かれている。
「低ランクではただのカードだが、B級以上になると魔力を流して反応するものになる。等級はEからSまである。色は黒、青、黄、緑、赤、金になっている。ランクはギルドの評価によって上がる。」
俺はカードに力を流してみるが何も反応はなかった。裏返してみると、右下の端に7桁の数字が書かれていて、カードの真ん中には鳥の翼のような絵が描いてあった。
「そのマークはこのギルド所属を表し、番号はこちらで個人の情報を整理するためのものだ。ステータスと違い、悪用されることもあるから注意しておいてほしい。あと、もしステータスカードを拾った場合はギルドに持ってきてほしい。十日の間に各ギルドに遺失の届け出がない場合は死亡として情報の処理を行うのでな。」
「悪用というのは?」
「簡単に言いば成りすましが可能だな。ギルドの受付は皆顔を覚えるよう努力はしている。あと、防止ように色々と対策はしているが稀に起こることがある。」
「馬鹿正直にカードを持ってくる奴がいるのか?」
「死亡となった時点でカードを持ってきたものに礼金を渡すようにしている。」
「殺し合いが起きそうなシステムだな。」
「等級によって額も違う。一応だが、試合は個人の責任で行うのは自由だ。遺恨が残る事もあるからギルドに仲介を頼むことも多い。結果死亡しても責任は取れない。後はあまり非公認にやり過ぎたり、不自然がある場合は王国騎士団が出てくる。」
「騎士団……グラド達か……」
俺はグラドとベアトの顔を思い浮かべた。
「グラドはSの中でもトップクラスだ。まぁ騎士団は最低Aランクの集団だからな。よほどの事がない限り解決されるな。」
騎士団は警察のようなもののようだ。どちらかというと自衛隊の方が近いだろうか。
「なるほど。」
「説明はこんなところかな。わからないことがあれば受付で聞くといい。」
「わかった。」
俺は立ち上がって出口に向かって歩き出した。後ろからレオルもついてきている気配がした。
「しばらくギルドに世話になる。ある程度準備が出来たらこの世界を見て回るつもりだ。」
「そうか。何かあれば来るといい。グラドもよろしくと言っていたからな。」
階段前で立ち止まったレオルに振り向いた俺はニヤリと笑ってそう告げた。そして階下へと歩き出した。
いつもありがとうございます。
投稿が遅れてすいません(汗)
次回からやっと本編?です。次回もよろしくお願いします。