仕度
翌日、俺は何故か項垂れるレオルの前に座っていた。大体の見当はつくが、あえてレオルが話し出すまで待つことにした。のだが、私室に入ってもうすぐ十分ほどたちそうなのだが、レオルは一向に話し出す気配がなかった。
「……レオル。いい加減話をしてくれないか?」
チラリとこちらを見た後、また片手で頭を抱えて何かを考え込んでしまった。またしばらくたち、俺が冷たくなった紅茶を飲み終えた頃にようやく口を開いた。
「トーヤ君……君に頼みがある」
「断る」
「アリスを説得してほしい。私は彼女をこんな命の軽い世界に巻き込みたくないんだ。わかってくれるかな?」
俺に視線を合わすこともなく話をするレオル。俺の返事など最初から聞くきがないといった様子だ。
「……俺はアリシアの意思を尊重したいと思う。あいつがレオルの弟子になりたいというならそれを応援するし、俺についてくるなら止める気はない。最初に警告はするがな」
「……だろうね。恐らく君にとってアリスはいい刺激になるだろう。魔導士として」
「どうだろうな。で、用件はなんだ?」
俺は改めて真剣にレオルと目を合わせた。レオルは目を伏せて大きく溜め息を吐いた。
「……アリスが君についていくと聞かない。どうやら君から何かを得たいようだ……そこで、アリスの面倒を見てやってほしい。あと、一度アリスの実家へ寄ってほしい」
「それはアリスを実家へ連れて帰るってことか?」
「いや、そういうわけではない」
少し睨むようにレオルを見た俺に違う違うと手を振りながら答えるレオル。
「完全に違うというわけではないが、アリスに自分で両親を説得するという条件を出したんだ。そのために一度彼女の家に立ち寄ってもらいたい。」
「……わかった。場所は遠いのか」
レオルはおもむろに懐から紙を取り出して俺の前に広げた。どうやらこの王都の地図のようだ。地図はかなり正確なようで、外壁部の湾曲や小さな路地まで描かれていた。
「分かるとは思うがこの辺りの地図だ。今私達がいるギルド本部がここ。」
レオルは赤く丸された一つを指さした。俺は地図全体を見ながらレオルの指した場所にも目を向けておく。レオルはもう一枚紙を取り出して広げた。先程よりも縮尺が変わった地図を取り出した。
「こっちが広域の地図になり、ここが王都。そして、マムル村がここになる」
スーっと指を動かし、マムル村を指す。というよりも、マムル村は隣接するほど近い。
「そして、その先にある街をいくつか越えたところに小さな山がある」
また動かされる指。いくつか街を越えて地図の端近くになる。こちらの地図の精確さはわからないが、マムルと王都との距離の数十倍はあるほど離れている。
「この山は獣人族との国境に近い山になる。この先に大きな海峡があって、かなり強力な魔物が多数生息している。まぁ、とりあえずこの山の麓に小さな村のようなものがある」
「……ような?」
「行けばわかる。そこにアリスの実家がある。真っ直ぐ急いで行けば一月程で着くだろう」
「わかった」
俺がそう言うと、レオルは地図を畳始めた。
「王都の地図はあんたが作ったのか?」
手を止めたレオルは一度こちらを見て、二三度瞬きをしたあと静かに地図をさすった。
「いや、これは師に貰ったものだ。曰く魔導王が作ったものだとか。というよりも、この地図を元にこの街を作ったらしい」
「設計図ってわけか……地区整備とかってしてないのか?」
「……いや。なんでも王都内は決して触るなと魔導王が言ったらしい。魔除けの力があるから決して動かしてはならないと」
「そうか……」
俺は王都の地図をチラッと見て外をぼんやりと見た。
「さて、次だが……いいかな?」
「あぁ」
「今回の依頼報酬とフェンリルの討伐報酬なのたが……」
レオルと話を終えた俺は今例の鍛冶師の店にいた。目の前には額に青筋を浮かべた厳つい鍛冶職人のザガがなんとか笑顔を浮かべてたっていた。
「すまない、直せるか?」
「……どうすりゃたった二日であの刀がこうなる!!」
ザガの悲鳴にも似た怒声が店内に響く。店内にいた客はもちろん、店先を通りかかった人まで何事かと店内を覗いていた。
「敵を斬った?」
「いや、待て。これを見ろ。どうすればここまでボロボロになる?」
鞘から抜かれた刀はノコギリのようにも見えるくらい歯こぼれが進んでいて、あちこちが痛んでいるのがわかった。
「でもな……言っても信じないだろ?」
「何がだ?」
「……フェンリルってヤツとやりあってた」
「……はぁ?」
ザガは寝言は寝て言えとでも言わんばかりに俺を見たが、やっぱりかと溜め息を吐く俺を見て一度考える。
「悪いが信じられん。数日前に街に現れて、刀一つ買う金もなかった新人丸出しのガキがフェンリルを倒せるなんざ夢物語もいいところだ」
「だろうな……」
俺は今回の報奨の一部をザガの前に置いた。一部とはいえそれなりの額だ。
「刀を打って欲しい。あんたの刀に俺と連れの命を救われた。」
救われたという言葉に僅かに眉を動かすザガ。
「……希望は?」
「質はこいつよりいいと助かる。あと、魔法に耐えられるものを頼みたい。」
ザガはジッと俺の目を見る。冗談や酔狂で言っているかを見極めようとしているのか、眼光は真剣そのものだ。
「五日だ」
「わかった」
俺はザガに向かって手を伸ばした。ザガは小さく舌打ちしてその大きな手で俺の手を握った。
「また来る。」
「あぁ。」
そう言うと俺とザガお互いに背を向けた。
服屋のオラルドの店で旅用の服を何着か頼み、前回に買ったセットを二つ買った俺は宿の前で空を眺めて立っている黒髪の女を見つけた。
「よう。どうしたんだ?」
「あなたを待ってたの。話をしたくてね……」
俺は「そうか」と呟いて宿に入った。後ろを付いてきたアリシアを見たフィラにニヤッとされつつ、部屋に入った俺は買ったばかりの服を奥の方に適当に放った。
「さて、一応今朝にレオルと話はしたが……」
「えぇ……えっと、まず……ありがとう」
深々と頭を下げられた俺はどうしようかと頬を掻いた。
「俺は出来ることをしただけだし、アリシアを守るのが一応依頼だったからな」
フェンリルは予想外だったと付け加えながら椅子に座った。アリシアは頭をあげると、俺に促されてベットにそっと座った。
「結果としていい経験をしたと思ってるよ。これから先の旅や戦いの」
「……私ね、知らないことが多いって今回の事で思ったの」
「それは俺もだな……俺も正直なところなにも知らない」
「……あれだけ強くて?」
「強さだけならレオルやグラドの方がまだ圧倒的だろうな」
自嘲気味に笑った俺にアリシアは驚いた目をしていた。
「ねぇ、あなたの事を教えてくれない?」
「……一応理由を聞いていいか?」
「レオル様に聞いたら本人に聞いてくれって言われたわ。そのうえ、フェンリルを倒してまだまだなんて言う人なんてそういないわ……」
「そんなものか?」
そういえば魔石の話でレオルがこれを目標にする冒険者も多いと言っていたなと思い出した。
「それに……これから一緒に行く…から?」
「……一応聞いておくが、俺とでいいのか? 冒険者パーティならきっと俺よりも優秀なところや安全なところもあるだろう?」
「それでも……あなたと一緒がいいの」
「……変わったヤツだな」
フッと俺は笑って手を差し出した。アリシアは一瞬キョトンとした後、俺の手を握った。柔らかく綺麗な手だった。
「改めて自己紹介するよ。沢村刀哉、魔導士だ。」
「サワムラ?」
そういえばこちらではファミリーネームはあまりいないのだと思い出した俺は、フムと決心をしてゆっくりと話をしはじめた。
「俺は十日ほど前にここの王族に召喚された召喚者、異世界人だ」




