魔石
「……の気配が……さか…したのか……」
「間違いな……俺達が…より……さいが……」
遠くから聞こえる言葉に俺はゆっくりと意識を覚醒させていく。体のあちこちが痛み、記憶に靄がかかったかのようにはっきりとしない。
「トーヤ!!」
聞き覚えのある声が俺の耳に入ってくる。最後に聞いたときと同じような震えた声が
「……アリシアか」
ゆっくりと開いた目に映るのは黒髪黒瞳の女の顔。相変わらず涙を目一杯に貯めてこちらを見下ろしていた。
「つっ……」
「目、醒ましたみたいだな。どうだ? 気分は」
首を動かすと一週間前に見た騎士の男。アリシアに王国最強と呼ばれた偉丈夫、エルグラドことグラドだった。その後ろには我等がギルドマスターであるレオルの姿も見えた。
「あちこち痛くて良いものじゃねえな。」
「そうか」
俺は上体を起こしてみるが、すぐに力が抜けて倒れそうになってしまった。アリシアが咄嗟に支えてくれたため、なんとか倒れずに済んだ。自分の胸元に手をあてて魔力を流す。
「ヒール」
俺が回復するのを面白そうに見るグラド。アリシアは涙ぐんだまま俺を見ていてなにも言わない。
「なかなかサマになってるじゃねぇか。」
「おかげさまで。まぁ未だに余裕なんてないがな」
とりあえず回復魔法をかけ続ける。蓄積したダメージはまだかなりあるようだ。しばらくは横になっていたいが、気を失っていたとはいえダンジョン内でもある。早めの回復はやるに越したことはない。
「レオル、正直こんなに早く来るとは思ってなかったよ」
「あぁ、すまないね。私もまさかこんな事態は完全に想定外だった。その上、幼態ではあるがフェンリルを倒したんだ。君には驚かされてばかりだな。」
「……幼態?」
俺はキョトンとした顔でレオルを見ていた。レオルは一度グラドを見た後に何かを取り出した。青白い光を放つ鉱石のようなもので、サイズは掌よりも大きいくらいだ。
「これは君が倒したフェンリルの魔石だ。フェンリルのような一定以上の強さを持つ魔物はほぼこのような魔石を残す。残す魔物の中で弱いものは小粒のようなモノだ。かつて、我々が倒したフェンリルの魔石はグラド程のサイズだった。それを鑑みるに、君が倒したフェンリルは恐らく幼態だったと判断した。」
「なるほど」
手渡された魔石を受け取ってしげしげと眺める。手に持ってわかるが、かなりの魔力が内包されているのがわかる。
「これは何か使い道があるのか?」
「そうだね。魔力を含んだ武器防具への加工、各魔法の補助、施設の機能補助、色々使い道があるよ。」
俺はジッとそれを見た後にレオルに魔石を投げ渡した。レオルは驚いた顔でこちらを見ていた。
「あんたに任せるよ」
「いいのかい? 冒険者の目標の一つになり得るものだよ?」
「構わないさ。何ならアリシアの為に使ってやってくれ」
俺は後ろを振り向く。アリシアはやっと泣き止んだのか、俺とレオルと魔石を見て驚いていた。そして、やや不機嫌そうな顔になりながら俺をジッと見た。
「……いらない」
「……え?」
グラドがニヤニヤとした顔でこちらを見ていた。アリシアは少し顔を赤くして俺をジッと見つめて静かに言う。
「私、あなたに……トーヤについていくから」
「……は?」
俺は思わず聞き返してしまった。何がどうなってそうなるのか皆目見当がつかなかったからだ。アリシアもレオルに弟子入りするためにここまで来たはずだし、試験自体は合格点だろう。
「ダメだ!!」
声を出したのはまさかのレオルだった。そういえばレオルの目的はアリシアを家に送り返す事だったな。
「ごめんなさい。でも、私決めたから」
なんというか、相変わらず勢いで色んな事を決める女だななんて思いながらグラドを見ると、アリシアとレオル、俺を見て面白そうに笑っていた。
「おい、レオル。とりあえずそんな話は帰ってからにしようぜ。こいつだってゆっくりと落ち着いて回復した方がいいだろ」
「むっ……確かにそうだが……」
俺は任せるといった感じで目を閉じた。確かに回復するなら落ち着いた場所でしたいが、帰るまでにある程度回復しておかないと脱出すらできないからだ。レオルは仕方ないと俺とアリシアに近づいて足をコンッと鳴らした。レオルの足元を中心に魔法陣が広がり、淡い光を放ち始める。
「グラド、君はどうする?」
「一度帰ろう。しばらくは大丈夫だろうしな」
グラドはレオルに近寄って肩を持った。ふむ、と頷いたレオルは次に俺とアリシアに向いて俺の肩に触れた。
「エスケープ」
シュンッという音が聞こえたかと思うと、瞬きの間に景色が変わった。それまでは青白く、ほんのりと明るかった洞窟内だった。それが、木々の生い茂る森と踏み固められた地面、眩しい日差しと背後に口を開けた洞窟の入り口があるものに変わった。
「エスケープ……脱出魔法か。便利なものだな」
「本当はもっと手間がかかるものだがね。」
確かに、現れた魔法陣は効率的に簡略化されていたように感じた。皆こんなものなのだろうか……
「こいつは転移の魔導士だからな。」
「二つ名みたいなものか?」
「魔導士は各々がそれぞれ魔法を極める……いや、研究するといった方がいいか。とにかく、一つ他人に決して劣らないものを持つ。完成すれば畏怖と敬意を持って名を称えられるってわけだ。まぁ詳しくはその嬢ちゃんに聞けばいい。」
グラドはチラリとアリシアを見てニヤリと笑った。一方のレオルは最初僅かに照れ、最後の一言でグラドに鋭い視線を飛ばしていた。
「……まぁいい。とりあえずギルドに飛ぶが、グラドはどうする? 城の方が都合がいいか?」
「ギルドで構わねぇよ。たまには街中を見て回るのもいいだろう。お堅いベアトの目も無いしな」
レオルは溜め息を吐いたグラドを見た後にコンコンと靴を鳴らした。また先程とは異なった魔法陣が広がって淡く光る。
「テレポート」
「さて、とりあえず色々話さなければならないことがあるのだが……」
グラドが「じゃあな」とあっさり出ていき、ギルド受け付け辺りでザワザワと騒がれたのが10分程前の話。レオルが収めにいって帰ってきたところだった。俺はソファに寝転がって回復を続けたお陰かとりあえず回復しきったと思われた。アリシアは何も言わず、回復を続ける俺を見ていたのだが、どうにも居心地は悪かった。ちなみにだが、刀はグラドが持ってきてくれたらしく、今は壁に立て掛けられている。あれだけの戦闘だったにも関わらず、しっかりと原型を留めていた。あちこち傷んで歯こぼれも多数見受けられたが。
「俺は構わないけど……」
「私も」
ふぅむと考えるレオル。俺とアリシアを何度か交互に見て小さく溜め息を吐いた。そして、ゴトリと先程の魔石を机に置いた。
「順に処理しよう。まずこの魔石だが……トーヤ君、君にとっていい使い道がある」
「聞こう」
「魔石を使って作れる魔法具にアイテムボックスというものがある。わかるとは思うがアイテムを保管できるアイテムだ。」
「便利そうだな」
俺の言葉にチラリとアリシアを見たレオルはまっすぐ俺を見て話を続けた。
「君はそう遠くないうちにここを出るだろう? 旅というのはやはり過酷なものだ。食料や水のこともあるし、今回のように助けが来るとは限らない。用意は万全にしておく事に越したことはないが、山のような荷を持って移動したり戦ったりするわけにはいかない。」
「なるほどな。で、代金と期間はどれくらいになる?」
「ふむ……そうだな。これを素材に使って余りを売却すれば十分お釣りがくるだろう。何か形に希望はあるかい?」
「形?」
俺は段々と通販みたいになってきたななんて思いながら聞いた。ボックスというからには箱形ではないのだろうか?
「アイテムボックスは空間魔法を付与したマジックアイテムで、作り出した空間にアイテムを保管するものだ。大体は首から下げたり懐に入れたりするが、せっかくだからアクセサリーのようにしてみてはどうかという話だよ」
「なるほどな。なら……手首につけれるような形にしてくれ。サイズは……」
俺は測るものがないか回りを探して、ふとあることを思い付いた。どうやら一瞬ニヤけてしまったのだろう、レオルがおやっとした顔をしていた。俺は横に手を伸ばし始めた事でレオルの顔色がガラリと変わり、何かを言いたそうな表情に変わった。
「こいつに合うようなやつで頼む」
俺はアリシアの手を取ってレオルに向いた。アリシアはキョトンとしたあとに頬を赤く染めて下を向いた。レオルは平静を装うとしたのか如何にも作りましたよと言わんばかりの笑顔だったのだが、ぴくぴくと動く眉が今のレオルの心境を如実に表していた。
その後、微妙な空気のまま話は進み、明日にまた顔を出すように言われた俺は追い出されるようにギルド長室から出た。外はもう夕暮れに近く、下からはそれなりに賑わいがうかがえる。
「色々あった……流石に疲れた」
俺はゆっくりと階段を降りて宿に向かって歩き出した。




