苦戦
「あぁ……っぐ……待ってるよ」
俺はアリシアを送り出したのを確認してフェンリルに向き直った。口の端からはツーッと血が垂れる。
「さて、どうするかな……」
俺は刀を抜き取ってフェンリルに向かって構えた。フェンリルは体に電気を纏って大きな咆哮をあげた。先程と同じように辺りに着弾した雷がフロストウルフを発生させる。
「ちっ……ヒール、クイック」
背中の回復と速度上昇の重ねがけを行う。こちらを威嚇するように牙を見せる15匹のフロストウルフ。俺は全力で走り出した。全力で……フェンリルに向かって
俺の突進を阻止しようとフロストウルフが飛びかかってくるが、ギリギリ牙を躱してフェンリルの目の前に踏み込んだ。
「ウインド!!」
跳躍し、フェンリルの顎先を切るように切り上げながら風の刃を飛ばす。フェンリルは放電を止めて首を乱雑に振って風の刃をギリギリ掠める程度に回避した。
「っ……マジか……」
直後、振るわれるフェンリルの前足。速さと重さのある横凪ぎの攻撃が横から迫り、なす統べなく吹き飛ばされた。
「ぐっ……あっ……」
洞窟の壁に叩きつけられた俺は一瞬視界がブラックアウトし、次いで痛みによって意識を引き戻される。その一瞬をついてフロストウルフが群がって来るのが見えた。俺は刀を地面に突き刺して魔力を流した。
「ファイヤー!! ヒール」
刀の手前に火柱が二つ上がり、即席の防御壁を作り出した。次いで自分に回復魔法を使う。刀から手を離してポケットからニ種類の回復薬を取り出して飲み干した。
「絶望的な状況だな……」
弱まりつつある火柱の向こうに出待ちをする影がいくつも見えた。俺は刀を引き抜いて鞘に納めて深呼吸をした。応急で治しただけの体はズキズキとあちこちが痛んだ。
「どうやって勝つか……」
俺にとって今この状況での勝利はレオル達が俺の救助に現れるまで耐えることではなかった。むしろ、レオルは救出に来ないと思っていた。低く前傾に構え刀の柄に手を置いた。
「ウインド!!」
居合い抜きを放ちながら風の刃を飛ばし、敵の真ん中を突っ切るように走り出した。突撃の瞬間に火柱が消滅し、四匹のフロストウルフが真っ二つに切り裂かれた。
再度刀を鞘に納めてなお走る。纏雷充電を再開していたフェンリルはまた充電を中止して右前足をピクリと動かした。俺は抜刀の構えのままフェンリルの下を走り抜けた。
「ウインド!」
尻尾を越えた辺りで思いきり飛び上がり、天井に足をつけてまた溜める。一瞬の溜めを使ってフェンリルに飛びかかりながら刀を振る。斬撃はフェンリルの背に浅く入るが致命には至らない。フェンリルの背に着地した俺は不意に感じた危機感に大きく跳んでフェンリルの背を離脱した。直後、纏雷していた電力を放出するようにフェンリルの体表を青白い電撃が走った。
「っぶね……!!」
着地した地面に走り寄るフロストウルフ。さらにフェンリルから落ちた雷が三体のフロストウルフを産み出す。
「ちっ……」
飛びかかってくるフロストウルフをすれ違いざまに斬る。さらに二匹が飛びかかってくるが、一匹を回避してもう一匹を返す刀で斬った。
「っ!! ファイヤー!!」
離れた場所からこちらに口を大きく開く複数のフロストウルフ。俺は咄嗟に地面に刀を突き刺してまた火の柱を作り出す。
「ウインド!!」
空いた手を振って躱したウルフを始末し、刀を地面から抜く。柱の向こうでは、フェンリルに数段劣る氷のブレスが柱にぶつかっていた。
「とりあえずあと二つ……」
俺は再度走りだす。一瞬しか込められていない魔力で作った火柱でも複数のフロストウルフのブレスと相殺できるようだ。消える火柱を越えて技後硬直のフロストウルフを斬り抜ける。横目で見るフェンリルはバリバリと音をたてながら纏雷充電を再開していた。
「せめて、複数を一斉に狩れる魔法があればな……」
充電を完了するとまた最大数でフロストウルフが発生する。現時点でまだ
七匹が残っていて、こちらを追ってきている。クイックのおかげでなんとか引き離せてはいるが、攻撃に転じれば確実に追いつかれる状況だ。俺はフェンリルの左前方に走りつくと、また飛び上がって壁を足場にしてフェンリルに突撃を図った。
「ファイヤー!」
両手を振り下ろしながら大きめの火球を投げつける。投げつけた勢いのためか火球は速さを増し、俺の体は反対に少し押し戻される。フェンリルは火球に危機を感じたのか、瞬時に口を開いて火球に氷のブレスを放つ。
「おっ」
着地時に氷のブレスが体を僅かに掠めたために腕と頬に小さな傷が走った。少しよろけてしまうが、足に力を込めて飛び出すようにフェンリルの足元に飛び込んだ。上空では火球とブレスがぶつかり合っているが、どうやら火球の方が弱いらしく、火球は小さくなりつつあった。
「ウインド!! ファイヤー!!」
ちょうど腹の下辺りで刀を抜きつつ体を回転させて、円形の刃を四肢に飛ばしていく。そして、刀を上に突き上げて刀の先から炎を飛ばした。フェンリルの足首辺りに一閃の傷が薄く浅く入り、腹部の獣毛を焼いた。
すぐに俺は逃げるようにフェンリルの側面へと飛び出した。直後、火球を処理したフェンリルが痛みからか腹部下に多めの放電をし、体の回りにそれを広げていった。
「回避できねぇか……シールド!!」
フェンリルと俺との間に刺した刀を媒介に再度防御膜を張ったが、その両側からフロストウルフが迫った。
「ファイヤー!」
両手を外側に向けて左右に小さな炎弾を飛ばし、両側で一匹ずつを仕留める事ができたが、二匹ずつが左右から牙を見せながら飛びかかってきた。
「くっ……ファイヤー!!」
ギリギリでさらに一匹ずつに炎弾を飛ばす事ができたが、残る二匹が左腕と右足首に鋭い牙が突き刺さった。
「っ……このっ……ウインド!!」
左腕と右足を振るがフロストウルフは離れず、むしろ深く食い込んでいく痛みがあった。右手で下から左腕に食いついているフロストウルフに向かって刃を飛ばした俺はさらに肝を冷やすことになった。残ったフロストウルフが左手側から氷のブレスを放っていたのだ。既にギリギリまで迫ったそれを俺は咄嗟にローブを掴んだ左腕で防いだ。
「シールド!!」
再展開するシールドは腕を凍らせ始めていたブレスを防いだが、腕に噛みついていたフロストウルフが最後の抵抗と言わんばかりに氷のブレスを吐き出していた。パキパキと俺の腕を凍らせ、霧散していくフロストウルフ。目の前に迫っていた放電もシールドによってなんとか耐えられたようだった。
「ウインド!! ヒール」
残ったフロストウルフを処理した俺はまず足首に手を当てて回復をすることにした。この戦いで走り回れなくなると詰む事は確実だった。トントンと軽く地を踏んで具合を確認すると、どうやらすぐ動けそうだった。一方のフェンリルは放電後の溜めを行うことはせず、グルルと唸り声を上げながら首をこちらに向けて様子を伺っていた。
「充電がないなら好都合だぞ」
俺はまたフェンリルの周りを走り出した。
「なっ!?」
警戒を解かないフェンリルの動きに気をつけて走り過ぎたためかわからないが、俺は洞窟の陰から飛び出してきたフロストウルフに不意打ちの体当たりをもらってしまった。気を割いた次の瞬間に迫るフェンリルの右前足。フロストウルフを巻き込んだその攻撃は俺を洞窟の壁まで吹き飛ばすことになった。
「かはっ……」
体を打ち付けられ、ボトリと地に落ちる。咳き込み、血を吐く。ブレる視界をなんとか定めた先にはこちらに口を開けるフェンリルの姿。
「くっ……そっ……シール、ド」
両手を前に突きだして魔法を使う。体を痛みが走り、飛びそうになる意識を何とか支えながら吐き出された氷のブレスを防ぐ。体に溜まったダメージは少くない中、俺は用意した最後の手を使うために意識を集中する。
「これで……無理なら…どうすっかな……」
少し弱気になりながらヒビの入った防御膜を見る。この段階まできて、助けが来るまで逃げ回ったり凌ぎきったりする余裕はない。俺はフッと笑って考えを改める。
「やってやるよ。ヒール」
弱くなるブレスを見て俺は片手を自分にあてる。応急だが、とりあえず動けるだけの回復をしないとどうしようもなかった。そして、シールドが割れた。
「いざ!!」
走り出した俺はフェンリルの真っ正面まで全力で走った。フェンリルはグルルと唸り声をあげ、体に電気を纏い始める。俺はニヤリと笑って地面に手をついた。
「くらえ……ファイヤー!!」
俺の発動キーと同時に仕込んでいた四ヶ所から火柱がたった。フェンリルの足元、上後方、左右前方からフェンリル目掛けて。
「今っ!!」
俺は悲鳴に似た咆哮をあげるフェンリルの顔目掛けて飛んだ。ギュッと閉じていたはずの口の端からまた血が垂れる。天井に足をつけてまた足に勢いを溜める。そして、暴れるフェンリルの眉間に向かって飛んだ。
「せいっ!!」
俺はフェンリルの眉間に深く刀を突き刺して魔法を唱えようと魔力を流す。
「つっ……!!」
途端に遅いくる頭痛。俺はこの頭痛を感じて直後に口の端を上げた。
「くらえ……フレイム!!」
俺は刀の先、フェンリルの内部に直接中級の火属性魔法を打ち込んだ。直後、フェンリルが一瞬硬直を見せた。俺は刀をギュッと掴んで備えた。そして次の瞬間、フェンリルは口から火を吐き出したのだ。
「うおっ……!?」
まるで暴れるホースのように下に上に火を吐くフェンリル。
その後、四ヶ所からのファイヤーが収まる頃に漸くフェンリルは倒れた。俺は倒れたフェンリルから投げ出され、キョトンとした顔で焦げて絶命したフェンリルを見ていた。そして……
「勝った……のか……」
俺はそのまま仰向けに倒れた。フレイムによって、あちこち抉られた氷の洞窟の天井を見上げる形になった俺はゆっくりと手を伸ばした。
「流石に……疲れた」
俺はパタリと手を落とし、そのまま意識を手放した。




