5話
どうしてこうなった。
そう、切に思う。
視線を落とすと先ほど盗賊から拝借したロングソードが手の中に。
剣を握ったことの無い俺がどうして剣を持って戦火の真っ只中にいるのか。先ほどすぐに自分の戦闘能力の無さを思い出して傍観に徹する事を決めたのにだ。
・・やべ、二の腕がプルプルしてる。
だが、それはまあいいだろう。
今俺が言いたいのは剣を持っているという自分の状態。
つまり、剣の前には敵が、俺の背後には守るべきものがあるということ。
まあ結局、荷馬車を襲っていたのは盗賊だったし、荷馬車も奴隷商人のもので奴隷達もいたし。
これが異世界ファンタジーの小説ならば、実に王道なイベントであるといえるだろう
。
盗賊を倒して、訳有りな美少女奴隷と契約を結ぶもよし。
その後町の有力な商人かもしれない奴隷商人とコネを作ってもよし。
またはこの護衛も付けずに単騎、町の外にいる謎を暴くもよし・
俺の前には幾つもの選択肢が用意されている。
どれを選ぶのも自由だが、守るもののために敵に刃を向ける俺は我ながら実に主人公っぽい行動をしていると思う。
ただそれが・・
「何で俺が盗賊守ってるんだよおおおおおおおおおおおお」
ガクブルしてる盗賊さん達を守るためってのは、何か違うよねっ!
▽
森を抜けた俺たちが目にしたのは剣を突きつけられた商人と、外に引きずり出されている奴隷達だった。
先ほどまで上がっていたテンションが急激に下がる。
実際に目の当たりにした強盗の現場はあまりにリアルで、まだ人死は出ていなかったがそれも時間の問題だろうという事は容易に想像できた。
そして再び感じる身の危険。
・・もし見つかったらどうしよう。
実際に見つかった場合どうなるかは検討も付かないが、殺されるか奴隷にされるか、どちらにせよ碌な事にはなる筈がない。
先ほどまではあたかも自分がゲームの主人公のような気持ちでいたが、一介の学生でしかなかった俺はこの暴力が蔓延する世界では一般人、モブでしかない。
よし、逃げよう。見なかったことにしよう。
これは余りに一般人として妥当な判断だった。
が・・
「ふむ、ニンゲンどもが何やら騒いでいるようだな。」
「ふふ、相変わらず見苦しいですわね、ニンゲンというものは。・・・・・あ、コウは違うからね」
「目障りだな。・・・魔法で消すか」
おっさんとマリアがいたこと忘れてたーーーっ。
しかも、おっさん臨戦体勢だしぃっ。
「ちょっ、おっさん。そんな事したらあの商人達も死んじゃうじゃんか」
「ふむ。それが何だ」
「何だって・・そんな簡単に人を殺すって言うなんて・・」
「言っただろう。我は、吸血鬼だ。ニンゲン程度、そこらの石ころと変わらん。」
まあ貴様は別だがな、と呟くおっさん。
おっさんに特別扱いされてもうれしくねえし。マリアだったらいいけど。
って、そんな事より。
「いや、俺これから町でやっていこうって思っているのに、そんなあからさまな殺人見過ごせねえよ。俺に着いてくるって言うんだったら、俺の意見も聞いてくれ。」
そうなのだ。
俺がおっさん達と行動を共にしている原因は、あっちにある。理由は分からないけど、何か俺に興味があるらしいのだ。
そして現場に向かって悠然と歩んでいくおっさん。
・・って、おいっ。
振り返らずにおっさんは言う。
「生きていればいいのだろう。」
・・・
え、なにそれこわい。
先ほどフォローしてくれたマリアが傍に来るが、ただおっさんを呆然と見送る俺。
おっさんが歩み寄って行くうち、当然近くにいた盗賊の一人がそれに気づく。
「おい、なんだなんだこのド派手な格好のおっさんはよう」
他の者もおっさんに気づき殺気に近い視線を向け、またある者はその己の武器を向けるが、それらを一顧だにせずマントを靡かせながらさらに堂々と接近するおっさん。
・・くそ、かっけえ、おっさんのくせに。
「見たトコ、派手だが上等な服を着てるし貴族様かァ?・・・ケケ、なあ、護衛を付けもしない鴨が今度は向うからやった来たぞ、お前ら。」
「今日はついてますぜ、お頭ァ。」
そう言って新しい獲物に登場に対して下卑た声を上げて嘲笑う盗賊たち。
おい、やめろ。フラグたてんな。
しかしそれらの声が聞こえていないかのように、さらに歩み寄るおっさん。その目つき、まさに養豚場の豚を見るそれ。
盗賊たちとの距離はもう幾ばくか。
盗賊たちは期待したような恐怖や絶望といった表情が獲物に現れていない事に気づき、不愉快そうにその様相を変える。
「おいおい、状況が分かっていないようだなァ。」
「ちょっと、痛い目見てもらおうか!」
そして痺れを切らした近くにいた二人の盗賊がおっさん目掛けて、各々の武器を振りかざした。
・・あ、あぶねえっ!
ようやくただ傍観するだけだった己の身が動く。
しかしやはりそれはもう遅すぎた。
目前の脅威に対して何の対応もとらないおっさん。俺の視界のなかで、武器が下ろされる動作がひどく緩慢に見える。
・・いくらあんな屋敷を吹き飛ばすような強力な魔法を使うおっさんでも、俺が殴ったら一発KOするほど体が弱いんだ。それなのにあんな無防備にっ。
武器がおっさんに触れるその瞬間、一瞬後には訪れるだろう凄惨な光景に俺は堪らず目を背けた。
・・・
だが、俺の耳には予測していた人体を叩ききる音もそれを喜ぶ盗賊の鬨の声も聞こえなかった。
静寂。
いや、人の息を呑む音だけが聞こえる。
おそるおそる目を開ける。
「ふむ、それは攻撃のつもりかね。」
そこには肌の皮一枚切れずに制止している武器。目を見開く盗賊たち。そして不敵に笑い佇むおっさんの姿があった。
おっさんは笑顔のまま剣が押し付けられている箇所に視線を向け、そしてゆっくり戻す。その表情に笑顔はもう、ない。
「君たち如きの攻撃には我が注意を払う必要は無く、またその価値も無い。・・・だが、我にその汚い手で触れた報いは受けてもらおう。」
瞬間、二人の盗賊が吹き飛んだ。
何が起きたのかは分からない。だが、たぶんおっさんの仕業だろうということは確かだ。
吹き飛んだ一人が俺の足元まで転がってきた。
・・・っ。
それが盗賊であろうこと頭から吹き飛んで、慌てて容態を確かめる。
「お、おい、大丈夫か。」
「う、ううう。いてえよぅ。」
右腕を押さえて蹲っている盗賊。しかしそれ以外には大きな傷は見当たらない。呼吸も正常、意識もある。
医学の知識は無いが、命には別状はなさそうだ。
ほっと息をつく。
しかし、まだ何も解決していない。
それに気づいて俺がおっさんの方を見やったとき、既におっさんは次の行動をとっていた。
「て、てめえ、何しやがっ・・・・」
仲間を攻撃されいきり立つ他の盗賊があげた罵声も途中で止まる。
商人たちも、いつの間にか外に出ていた奴隷たちも目を見開き硬直。
おっさんはその場から一歩も動いていない。
しかし、その周りに滞空するものが。
ちょうど人が持つ長槍のような形状の氷柱が数十本。
今にも引き放たれそうに留まっている。
その数の暴力に誰が命の保障を信じられるだろうか。
しかし、それだけではなかった。
さらにおっさんの頭上に一際氷柱。
斧のような形をしたそれは氷槍と比べれものにない程の巨大さ。
目算で体長十メートル。
その威力は人に向けるにはあまりにも過剰であった。
・・おっさん、やべえ。
「あ、あいつ、魔術師か!?」
「それに詠唱・・してたか?あんな大魔術なのにだぞ!?」
今にも飛び掛ろうとしていた盗賊たちが恐怖に声を震わせる。
それらを差し置き、周りの喧騒を雑音とばかりに、おっさんは冷酷な声で言い放つ。
「ふむ。魔力を込め過ぎたか。・・・まあ、大丈夫であろう。」
そして氷の凶器を盗賊、商人もろとも目掛けて振り落とそうと・・・
って、大丈夫じゃねえよ。
それじゃあ皆死ぬじゃんか!
「あっ、コウ!」
静観していたマリアの制止も振り切り。
俺は、おっさんの前に飛び込んだ。
そしてそこは、魔法の射線上。
だが、これは考えなしの行動ではない。
俺には勝算があった。
たぶん、おっさんの先ほどの言葉を信じるなら、殺すつもりはない・・はずなのだ。
しかし思い出して欲しい。
初対面でいきなり屋敷ごと俺を爆破しちゃったおっさん。
ちょっと力を入れすぎちゃってオーバーキルしちゃうドジっ娘属性があるみたい。
だからたぶん今回も、まとめてここら一帯を更地にした後に、「フ。ニンゲンなど、我が《力》の前には脆弱なことよ」とかまた厨二病しちゃう可能性が高い。そして、オチなし。
いくら頭いかれていても、曲りなりにも旅の同行者となったおっさんに殺人は犯して欲しくない。
旅の目的が俺に興味を抱いていることに起因しているなら、俺を殺してしまう恐れがある攻撃はきっと中断してくれる。
そう信じ俺はその場所に滑り込みつつおっさんと目を合わせ必死にアイコタンクト。
ソレ、ヤバイ。ミンナ、シヌ。
おっさんは突然の俺の登場に驚いていたが、俺の意図を理解したように一つ頷き、そのまま笑顔で魔法を放つことを止めて・・・・・・くれた!
それだけでなくそのまま争いは解決し、
盗賊たちは偉大な魔術師の力の前に改心し真人間になることを誓ってくれ、
さらに奴隷の中にいた猫耳を生やした美少女奴隷が俺の勇敢さに惚れ契約し、
商人さんからは沢山のお礼を頂き、町でも訪ねてくるように紹介状までもらった!
更にそれからの俺の異世界生活はこれからも順風満帆な日々となり、
冒険者ギルドでは一握りしかいないSランク。
またはいまや全国展開しているサクライ商会の会長。
この世界で知らぬものはいない程の有名人となった。
そしていま、俺は自分の豪邸の庭園にておっさんとマリアとティータイムに興じている。
俺はあのときのことを思い出しながら、語る。
今があるのは、あのとき勇気をふりしぼって飛び出したからだと。
「それだけではない。我と貴様の・・・信頼もあってだろう」
はにかみながら少し顔を赤くして言う、おっさん。
「へへ、恥ずかしいことを言うんじゃねえよ」
そういって、俺とおっさんは笑いあった。
傍でマリアがニコニコと微笑んでいる。
周囲には美少女メイドが待機している。
あー、幸せだなあ・・・
異世界に来て、良かったなあ・・・
・・・
・・・
ウソ。
あの糞ジジイ、全く躊躇せず魔法放ちやがりました。
そして案の定、その魔法は呆然と立ち竦む俺に直撃した。
・・・
だと思ったよ!