第二話「出会い」
時は少し遡り、山奥の大きな岩の上で、座禅を組み瞑想している男が一人。この男、名は「しゃらく」。歳は十八。真っ赤な派手髪が、緑生い茂る森の中でひと際目立っている。
すると、大岩の周囲を囲む茂みの中から、天狗ジジイが飛び出し、岩の上で瞑想するしゃらくに向かって飛びかかる。その手には木の棒を持っており、それをしゃらく目掛けて振りかぶる。
バキィィッ!! 勢いよく振り下ろされた木の棒は、しゃらくの頭に当たり、木っ端微塵に砕け散る。しかし、しゃらくは微動だにせず、引き続き瞑想を続けている。しゃらくの頭からは、血が垂れている。
「わっはっは! よォし!」
パン! 天狗ジジイが、一回手を叩く。すると、岩の上のしゃらくがゆっくりと目を開く。
「・・・いっでェェェェ!!!!」
頭から血を流したしゃらくが、頭を押さえて絶叫する。岩から転げ落ち、悶絶するしゃらくを見て、天狗ジジイが大笑いしている。
「わァっはっは! ようやく、手を叩くまで痛みに気づかずいられたようだな。合格、合格。わっはっは」
「・・・ジジイ。いつか絶対ェ殺してやる!」
血だらけの頭を押さえたしゃらくが、涙目になりながら天狗ジジイを睨みつける。
「でけェ口を聞くな馬鹿者。てめェの神通力は、獣の力を宿す“牙王“。制御するには、集中力が必須だ。合格とはいえ、夜泣きする度に変身してやがった頃より、マシになっただけだ。てめェなんぞ、まだまだだわい!」
天狗ジジイがそう言うと、手拭いをしゃらくに投げる。しゃらくはそれを受け取り、頭から垂れる血を拭く。
「・・・じゃア、おれは行くぜ」
しゃらくが顔を拭きながら呟く。
「・・・あァ、何処へでも行きやがれ」
天狗ジジイがしゃらくに背を向け、古寺の方へ歩いていく。
場所は変わり、古寺の前で風呂敷を背負ったしゃらくと、その背中を見守る天狗ジジイが、腕を組んで立っている。
「おいジジイ。最後に手合わせ願おうか」
踵を返し、天狗ジジイの方を向いたしゃらくが、ニッと笑う。
「わはは。いいだろう。わしに一発入れるくらいは出来るようになったか?」
頭に大量のたんこぶを作り、地面に倒れているしゃらく。ジジイの方は無傷で、しゃらくを見て笑っている。
「わァっはっは! まだまだだてめェは」
「・・・ちくしょォ。まだ勝てねェか」
しゃらくは立ち上がり、手で土埃を払って再び荷物を背負う。周囲には森の動物達も集まってきており、寂しそうにしゃらくを見つめている。
「じゃア行ってくるぜ。力でのし上がれる時代なんだ。おれがこんなバカな戦のねェ国にしてやるぜ!」
しゃらくが拳を空へと突き上げ、ニッと笑う。。
「馬鹿者が。それが、たった今負けた男の言葉か」
「わははは! その次はジジイだ。それまでくたばんじゃねェぞ!」
しゃらくは天狗ジジイを背に、歩き出す。その姿を見送るジジイの目が少し潤む。集まっていた森の動物達も、しゃらくに別れを言うように一斉に鳴き出す。しゃらくは背を向けたまま、再び拳を突き上げる。
*
ずるずるずる~! 時は現在に戻り、森から少し離れた町の蕎麦屋。店内ではしゃらくと先の幼い兄妹が蕎麦を啜っている。しゃらくの脇には、空になった器が塔のように積みがっている。
「どうだ、うめェだろ?」
「うん! お兄ちゃんありがとう!」
兄妹が、満面の笑みで嬉しそうに蕎麦を啜る。
「どお? 美味しいでしょ、うちの蕎麦は。たんとお食べ」
蕎麦屋の娘が、兄妹の頬についた泥を指で拭う。
「おォ可愛いおねェちゃん! おれも拭いてくれよォ~♡」
しゃらくが、蕎麦屋の娘に鼻の下を伸ばしている。
「いやだよ。この子達に免じて、ついでにあんたも無料で食わしてあげてんのに、どんだけ食べてんのさ。うちの商売上がったりだよ」
「でへへ♡」
すると隣に座っていた男が、娘に話しかける。
「お鈴ちゃん聞いたかい? あの荒法師がまた出たらしいぜ」
「また? 怖いわ~」
「荒法師ィ?」
お鈴と男の話に、しゃらくが反応する。
「兄ちゃん知らねぇのか? この近くの大橋に、夜になると見上げるほど大男の荒法師が出るってんだ。なんでも、その橋を通る侍の刀を奪ってるらしい。もう何十人もやられてるって話だぜ」
「へェ~。荒法師ねェ」
話を聞き、幼い兄妹とお鈴はゴクリと唾を飲む。一方のしゃらくは、嬉しそうにニヤニヤと笑っている。
「じゃアよ、おれがそいつを懲らしめてやるよ。そんで飯代チャラでどうだ?」
お鈴はもちろん、店中の客たちが目を丸くしている。
「・・・な、何言ってんだい兄ちゃん。あの怪物を懲らしめるだと?」
「そうだぜ兄ちゃん辞めときな! 殺されちまうぞ!」
客の男たちが、しゃらくを止めようとする。
「そんなに強ェのか。へへ、楽しみだぜ」
しゃらくはそう言うと、ずるずると呑気に蕎麦を啜る。
「ちょっと聞いてんの? 本当に殺されるかもしれないのよ?」
「心配すんなお鈴ちゃん。おれはめちゃくちゃ強ェから」
心配するお鈴を見て、しゃらくがニッと笑う。
「そうだよ! このお兄ちゃんめちゃくちゃ強いんだよ! さっきだって、侍たちをあっという間に倒しちゃったんだ!」
幼い兄妹が目を輝かせている。しゃらくは再び蕎麦を啜る。
*
日が暮れ、町外れの大橋の上には大きな月が浮かんでいる。辺りはとても静かで、川の流れる音だけが聞こえている。
すると暗闇から、二つの影が橋へ近づいて来る。
「おいおいお前飲み過ぎだぜ〜。はははは」
「そう言うお前もフラフラじゃねぇか〜。ぎゃははは」
二人の酔っ払いは、フラフラと大橋を渡っていく。
「待て」
すると、暗闇から低く鋭い声が響き渡る。男達は驚き、思わず足を止める。
「な、何だ?」
すると橋の向こうから、見上げるほどの大男が渡ってくる。大男は僧兵の格好をしており、手には自分の背丈ほどの大薙刀、背中には大きな籠を背負い、中に大量の刀が入っている。白い布で覆われた顔からは、鋭い瞳がギロリと男達を睨んでいる。
「お、お前は、噂の荒法師! で、でけぇ・・・!」
男達は滝のように汗をかき、ゴクリと唾を飲み込む。
「てめぇら侍か?」
「ち、違うよ! 俺らはただの町人だ!」
大男が男達を睨む。男達はすっかり酔いが覚め、直立して青い顔をしている。
「・・・そうか」
そう言うと大男はスッと退き、男達は逃げるように走り去る。
「・・・昨夜で侍から奪った刀が九十九。今晩には百と思ったが・・・」
すると、反対岸から橋を渡る足音が聞こえる。見ると、渡ってくるのは一人の男で、笠を深く被り腰には一本の刀を差している。
「あいつの刀で百か。・・・チッ。あっけねぇな」
笠を被った男が橋の真ん中まで来ると、大男が前に立ちはだかる。
「待て。ここを通りたきゃ刀を置いてきな」
「刀狩りか。何だってこんな事してんだ?」
「そうだな、暇潰しとでも言っておくか。お前ら侍が嫌いなもんでな」
すると、笠を被った男がニヤリと笑う。
「ほォ、気が合うねェ。実はおれもそうさ」
男が笠を脱ぎ捨てる。その正体はしゃらくで、腰の刀を取り大男へ向ける。
「取りたきゃ取ってみな」
「生意気な小僧だ。容赦はしねぇぞ」
大橋の上、睨み合う二人を月明かりが照らしている。
完




