↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
109/109

第百九話 「風に乗る花」

 甲玄(かんげん)では、再び笑い声が溢れ、兵達は誇りを取り戻し、子供達は未来を語るようになっていた。そんな甲玄の中心にいたのはカガリ。彼女の人懐っこく、誰とでも分け隔てなく接する姿は、老若男女を問わず愛されていった。

 そんな中でも変わらない男が一人。ヨルヨシである。麟東(りんどう)へ帰ったと思えば数日後には甲玄(かんげん)にいる。将軍家の嫡男として忙しいはずなのに、まるで自分の家のように甲玄(かんげん)へ現れては誰かしらと話していた。


    *


 それから一年の月日が流れる。十八歳になったカガリは、さらに美しく成長していた。だが本人は全く自覚がない。今日も庭で子供達と一緒に泥だらけになって遊んでいる。

 一方、国を支える若者達も目覚ましい成長を遂げていた。カガリと同じく十八歳になったカエンは、若くして軍師補佐に就任していた。ゼンベエやリン斎(さい)ですら舌を巻くほどの才覚を見せ、その知略はかつてのホムラを思わせるほどだった。

 十三歳になったブジはさらに凄まじかった。元々大柄だった身体は常識外れの大きさへ成長し、今や甲玄(かんげん)で最も大きな男となっている。まだ少年であるにも拘らず、大人の兵士が横に並ぶと子供に見えるほどだった。

 そして五歳になったハヤテ。まだ幼子でありながら、その才能は恐ろしいほどだった。誰にも気付かれず背後へ回り込み、誰にも見つからず城中を走り回る。その姿には甲玄(かんげん)の忍達ですら戦慄し、「歴代最高傑作」と口を揃えていた。

 新たな世代の新たな力。甲玄(かんげん)は着実に未来へ歩き始めていた。

 一方で、もう一人の若者もまた、大きな転機を迎えていた。麟東(りんどう)では将軍であったヨルヨシの父が病に倒れ、この世を去ったのである。そして二十一歳。奇しくもホムラの享年と同じ歳で、ヨルヨシは麟東(りんどう)の新たな将軍となった。国を背負う立場。重責。並の男なら押し潰されてもおかしくない。

 しかし数日後にはまた甲玄(かんげん)にいた。

 「仕事はどうした!?」

 ゼンベエの怒号が飛ぶ。

 「やりましたよ! ・・・半分くらい」

 「帰れ!」

 大広間が笑い声に包まれる。将軍になろうが何になろうが、ヨルヨシはヨルヨシだった。暇さえあれば甲玄(かんげん)へやって来て、カガリと話し、カエンと喧嘩をし、ゼンベエに説教され、リン斎(さい)と酒を飲み、ブジと腕相撲をする。そんな日々を繰り返していた。

 もちろんカガリも負けていない。ふらりと麟東(りんどう)へ遊びに行っては城下を走り回り、勝手に市場で飯を食い、家臣達と仲良くなる。気付けば麟東(りんどう)でも人気者になっていた。

 そしてそんな二人を見ていながら誰一人、決定的な変化に気付かなかった。否、気付いていたかもしれないが誰も口にしなかった。

 ある日のこと、カガリが珍しく全員を大広間へ集めた。ゼンベエ、リン斎(さい)、カエン、ブジ、重臣達。皆が不思議そうな顔をしている。

 そして下座には、カガリとヨルヨシが並んで座っていた。

 「何だ急に?」

 ゼンベエが呑気に聞く。するとカガリはニヤリと笑い、隣に座るヨルヨシを指差す。

 「アタシ、こいつんとこに嫁ぐから」

 静寂。

 次の瞬間。

 「はああああああああああっ!?」

 大広間が揺れる。ゼンベエは悲鳴、リン斎(さい)は気絶、カエンは絶叫、ブジは硬直。家臣達は混乱していた。

 「な、何を言ってんだぁ!?」

 「言葉通りだよ!」

 「い、いつからだぁ!?」

 「結構前!」

 「け、結構前ってなんだぁ!」

 「秘密♡」

 隣ではヨルヨシが苦笑いしていた。

 「いやぁ・・・すいません」

 「こんの野郎おおおおお!!!!」

 ヨルヨシに襲い掛かろうとするゼンベエとカエンを、皆が必死に止める。

 だがカガリはどこ吹く風だった。反対する者、説得する者、泣く者、怒る者。その全てをカガリは笑顔で押し切った。

 数日後、カガリは本当に荷物をまとめた。

 そして出立の日、城門の前には大勢の人々が集まっていた。

 「姫様〜! お元気で〜! たまには帰って来てね〜!」

 あちこちから声が飛ぶ。カガリは苦笑する。

 「別に死ぬわけじゃないよ?」

 そう言うが、人々は泣いていた。それほど愛されていたのだ。

 カガリは馬に乗る前に振り返る。そこにはゼンベエ、そして甲玄(かんげん)の家族達が並んでいたが、誰も笑っていない。

 「なんだよ〜。そんな顔してたら兄様が悲しむよ? ハハハ!」

 馬に乗ったカガリが笑う。どこか兄によく似た笑顔で。

 「大丈夫! アタシは幸せだよ!」

 その一言で、ゼンベエはとうとう顔を覆う。

 「ったく・・・」

 震える声だった。カエンも顔を背ける。リン斎(さい)とブジは隠そうともせずわんわんと泣いていた。

 カガリはそんな皆を見渡し、目に涙を浮かべる。

 そして涙が溢れないよう空を見上げた。目の前には青い空。あの日と同じ空だった。まるで遠くから見守っているように、優しい風が吹く。

 「・・・行ってきます。兄様(にいさま)」

 そう呟き、カガリは前を向いて馬を進める。


    *


 麟東(りんどう)へ移ったカガリは相変わらずだった。天真爛漫、自由奔放。遠慮など微塵もない。しかし、その明るさは人を惹き付けた。特にシロトキは完全に振り回されていた。最初こそ戸惑っていた家臣達も、気付けば全員がカガリの味方になっていた。

 そして何より、カガリは既にいたヨルヨシの正室や側室ともすぐに打ち解けた。

 「一緒にあいつを支えてやろう!」

 満面の笑みでそう言われてしまえば、敵意など生まれるはずもない。三人は姉妹のように手を取り合った。その支えは大きかった。

 ヨルヨシは元々優秀な男だったが、家族と仲間に支えられたことで、その才覚はさらに花開く。戦で功を立て、政で成果を上げ、次第に帝からも認められていった。

 そしてついに、後に申(さる)将軍、酉(とり)将軍と呼ばれる二人の男と共に、帝直轄の家臣へ任命される。

 帝に仕えた三人は、その卓越した知略と武勇をもって、数々の功績を残した。人々は彼らを「“三英傑(さんえいけつ)“」と称え、その名は後世まで語り継がれる。

 だが、その栄光の始まりを知る者達は皆、同じことを語る。三英傑(さんえいけつ)の一人を支え続けたのは、誰よりも明るく、誰よりも自由で、誰よりも人を笑顔にした甲玄(かんげん)の姫、カガリだったと。


 完

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。