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女神たちは今日もエリクサーをあおる。  作者: 猫大。
第1章:神が知らざるもの

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第5話:「では、まず服を全部脱いじゃおうか」

白い小さな診療所。

 

外から見れば、町医者のような質素な建物ですのに――

扉をくぐった瞬間、空間がひらりと裏返ります。


中は外観からは想像もできないほど、驚くほど広い造り。

高い天井は柔らかな光に満ち、壁一面の棚には瓶詰めの神薬が整然と並んでおります。淡く発酵する液体、金色の粉末、名の知らぬ種子。


薬草と消毒液が混じり合い、どこか懐かしく、それでいて冷たい空気が漂っていました。

 

白い床を看護服を着た猫や狐の精霊たちが忙しなく行き交います。小さな足音は軽やかで、けれど無駄がありません。


診療所の奥には、誰も座っていない待合室の椅子が並んでいました。

神の待合室など、本来はあるはずないのに。


わたくしは、無意識に胸の奥を押さえます。

胃のあたりが、また、きゅっとしました。


「おや、スクナちゃん。おじさんを訪ねてくるなんて珍しい」

受付の方から白衣に身を包んだ男神が出迎えました。

 

「おやおや、エンデちゃんとイナンナちゃんまで?

 これはおじさん、モテ期きちゃったかな?」


「お久しぶりです、ルカオス先生。医神である先生の意見も聞きたくて」


「ほう、それは何かな?」


「わたくしとお姉様の身に起こっていることですわ。

 例の人間が、わたくたちに祈るたびに胸の奥――いえ、胃のあたりがきゅっとするのですわ」


「あとね、内側から少しづつ削られるような感じ。

 痛いわけじゃないんだけど……ちょっと気持ち悪いんだ」


「ふむ、それはそれは……」

ルカオス様は顎に手を当て、薄く微笑みました。

ふざけた態度のまま――目だけは妙に真剣でした。


「では、まず服を全部脱いじゃおうか」


「……はい?」

  

「そこのベッドに横になってね。

 大丈夫、おじさん優しくするから」

そう、ニヤつきながら診察台を指します。

 

隣いたスクナヒメ様の影が揺れたと思うと――

乾いた音がして、ルカオス様の脛に見事な回し蹴りが入りました。

痛そうですわ。

 

「何を言っているのですか……って、エレキ様も脱ごうとしないでください。脱がなくても大丈夫ですから」


「あたた、そんなに怒らなくても、おじさんの可愛いジョークじゃないか」

ルカオス様は痛がるふりをしつつ、イタズラっぽく笑いました。

 

「セクハラですよ」

「ごめんごめん。冗談はさておき、二人とも横になってもらえるかな?

 服はそのままで良いから」

そう言い、ルカオス様はモノクルを取り出し掛けながら、わたくしたちを診てくださいました。

 

「ふーむ。」

モノクルの奥で、ルカオス様の瞳がわずかに細まりました。

「ちょと、膝を立ててもらえるかな?

 お腹押しますね。痛かったら教えてね」

 

 優しくお腹を押しながら、サクナヒメ様を見て

「ごめん、スクナちゃん、そこの聴診器とってもらえるかな?

 うん、ありがとうね」

 

「何かわかりましたか?」

「いや、なんだろうね。これ。怖いね」

 

 モノクルを外し、目を揉みながら続けます。

「ふー、見た感じ、君たちの霊格が削られているわけじゃなさそうだ。

 奇跡の流れも正常に見える。……正常なんだ」

 考えるように手でモノクルを弄びながら

 

「なのに――うん。

 “何か”が、発生している。

 それにより、ちょっと胃が炎症を起こしてるっぽいかな?

 いや、ホントなんなの。怖い。」

 

「先生でもわからないとなると……」

 

「信仰の逆流でもないし、呪詛でもないのかな?

 こんな症例、まだ診たことないな」

 

 ……怖いですわ。

 

「ああ、怖がらせちゃったね。

 大丈夫?今夜おじさんが一緒に寝てあげようか?」

 

スパンとキレの良い音が響きます。

「セクハラです。」

スクナヒメ様がスリッパでルカオス様の頭を引っ叩いた音でした。

もっと、叩いていいですわ。

今夜もお姉様と寝るに決まってますわ。

 

「とりあえず、スクナちゃんのエリクサーを飲んで様子を見ようか。

 あ、もう飲んでるんだね……うん、改善が見られるなら、対処療法として継続、かな。

 おじさんにもちょくちょく診させてね」

ルカオス様はそう言いながら、もう一度モノクルをかけ直しました。

 

今度は先ほどより少し長く、わたくしとお姉様のお腹の辺りを交互に見つめます。

 

「……うん、やっぱり削れてはいないな」

 呟きは軽いのに、視線が軽くありません。

 

「霊格は保たれてる。奇跡の循環も良好。祈りはちゃんと届いてるようだし、君らの側からの出力も乱れてない」


指先で空中をなぞると、淡い光の線が浮かびました。

それは祈りの経路。人間界と神界を結ぶ、目に見えないはずの流れ。

見えないはずのそれが、モノクル越しにはっきりと視認できるのでしょう。


淡い光の線は、脈を打つようにゆっくりと明滅していました。


本来それは、もっと滑らかで、澄んだ流れのはずです。

祈りとは、水のように満ち、滞りなく神へ届くもの。


ですが――


「……うん?」

ルカオス様の指が、空中で止まりました…

光の線の一部が、ほんのわずかに“黒いざらつき”が見えたのです。

それは光を遮っているのではなく、光の中に混ざっていました。


「どうかなさいましたか?」


「いや……いやいや、そんなはずは…気のせいかな?」


そう言いながらも、ルカオス様はもう一度、同じ場所をなぞります。

光は再び現れ、同じ経路をなぞり――


やはり、同じ箇所でわずかに揺らぎました。


それは乱れと呼ぶほどではない。

断絶でも、濁りでも、まして呪詛のような異物でもない。


例えるなら。


正常な鼓動の中に、ほんの一拍だけ混ざる、余計な脈。


「……妙だなあ」


珍しく、ルカオス様が独り言を漏らしました。


「祈りは正常。信仰も、まあ純粋。拒絶反応も出てない。

 君たちの側も、受け入れ処理はちゃんと動いてる」


「受け入れ……処理?」


「そう、我々、神々ってのは、人の祈りをそのまま受け取っているわけじゃないんだよ。

 雑念や欲が混じりすぎると、胃にくるんだよ」


さらっと、とんでもないことをおっしゃいました。

やっぱり、胃なんですのね。


「普通はそんなこと起きないはずなんだけどな」


 ルカオス様は頭を掻きながら、椅子にどさっと腰を下ろし考えこみました。


その仕草はいつもの、どこかだらしない姿とは違い研究者のそれでした。


「人間一人分の祈りでどうこうできる問題じゃない。

 君たちの神格なら、何万、何十万と束になっても問題ないはずなんだけどね」


「……だけど、現に胃がいたいよ」


「そう。そこなんだよねぇ」

指先で机をとん、と叩いたと同時に


コンコンコン


と、ドアがノックされました。


「あ、いたいた。工房にいないから探しましたよ、スクナヒメ様」

ひょっこり顔を出したのは、トルヒノカミ様でした。

よれたツナギに目の下のくまが濃く、どこかやつれた様なお姿でした。


「私に何か御用ですか?トルヒノカミ様」


「ええ、ちっとばかし霊薬を分けていただけないかと」


「エリクサーをですか?」


「ええ、最近徹夜ばっかりでして、ちっと魔剤を……コホン、失礼。

 エリクサーをお願いしたいんですが」


「システムに何か異変でもあったの?」


「最近どうも、演算が噛み合わんくてですね。

 誤差のはずなんですが、どうにも炉の火が落ち着かんとですよ。

 可愛い火たちをあやさないといかんもんで、寝れんとですわ。」


「なるほど、それでエリクサーが欲しいんだね」


「ええ、ちょいとばかし、景気をつけたいんでさぁ」


あ、スクナヒメ様が震えてますわ。

「トルヒノカミ様も、エリクサーを常備薬とお思いですか」

案の定、プンスコと怒りはじめました。


「……おじさんもね、医神としてはさすがに見過ごせないかな。

 今君が必要なのは睡眠という休養だよ」


「ええ、じゃっどん、火をあやさんといかんとです」


「それは、太陽神様にお願いしてください」


「いや、それは、恐れ多いというか」


『いいから、寝ろ』

エンデの診療所に、薬神様と医神様の声がこだまするのでした。 



「……まあ、今すぐどうこうなる類のものじゃないだろうね」

ルカオス様は、いつもの調子で肩をすくめました。


「経過観察。異常があったらまた来なさい。

それと――」


「エリクサーの過剰摂取は禁止ですからね?」


「うっ」

「ぐっ」


医神様とサクナヒメ様の視線が、同時にわたくしたちへ突き刺さります。


……ええ、もちろん、分かっておりますとも。


分かっておりますとも、ええ。


その後、診療所の棚からエリクサーを一本だけいただき――

(一本だけですわ。本当に。)


胃の奥は、まあ少しだけ、きゅっとしておりましたけれど。 

今日も女神たちは、エリクサーをあおるのでした。

 

 

 

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本作はネトコン14に参加中です。

よろしくお願いします。

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