28話
国家管理区画の外周は、静かすぎた。
警備は張り付いている。
魔導探知も稼働中。
異常値は、どこにも出ていない。
それなのに――
“人がいる匂い”だけが消えない。
カイルが、鼻を鳴らした。
「……おかしい」
「気配はあるのに、隠す気がねえ」
リィナも、わずかに眉を寄せる。
「近いわ」
「でも……敵意がない」
俺は足を止めた。
数字は見えない。
因果も追えない。
だが、これは分かる。
――見せている。
「……出てこい」
そう言った瞬間だった。
「はーい」
間延びした声が、壁際から響いた。
次の瞬間、
影が“ほどける”。
そこに、普通に人が立っていた。
「いやぁ、やっぱりバレるか」
「もうちょい行けると思ったんだけどなぁ」
男だった。
二十代後半くらい。
軽装で、緊張感がない。
場違いなほど、表情が明るい。
敵意はない。
警戒もない。
……ここが国家管理区画の外周でなければ、
雑談でも始めそうな雰囲気だ。
「誰だ」
カイルが、低く問う。
男は、素直に両手を上げた。
「敵じゃないよ」
「少なくとも、今はね」
その言い回しに、少し引っかかる。
「名前は?」
男は自分から言った。
「ユリウス」
「職業は……まあ、色々」
少し考えて、笑う。
「観測点、って言うと分かりやすいかな」
リィナの指先が、わずかに強張った。
「……観測?」
「そ」
ユリウスは軽く頷く。
「上から見たり、横から見たり」
「たまに下からも」
俺を見る。
「君たちを見てた側」
空気が、少しだけ重くなる。
だがユリウスは、気にした様子もなく続けた。
「安心して」
「黒幕じゃない」
一拍置く。
「“黒幕と繋がってるだけ”」
……訂正になっていない。
「繋がってるのか」
俺が聞くと、ユリウスは即答した。
「うん」
否定しない。
「でも、君たちとも敵対しない」
「今のところはね」
「今のところ?」
「理由ができたら、その時考える」
軽い口調。
だが、軽すぎない。
この男、
“選ぶ”ことに慣れている。
ユリウスはポケットから、小さな金属片を取り出した。
赤い。
歪んだ。
紅晶の欠片。
「これ、途中で拾った」
リィナが息を呑む。
「……それ」
「管理区画の裏側から流れてきたやつ」
「回収部隊、動いてるね」
欠片を指で弾く。
「エルって子」
「E-07で合ってる?」
……知っている。
「今は“保管”されてる」
「壊さないように」
「でも、戻さないように」
カイルが歯を食いしばる。
「……なんで、そこまで教える」
ユリウスは、少し困ったように笑った。
「趣味かな」
即答。
「面白い方に賭けたいんだ」
「で、今は――」
視線が、俺に向く。
「君の動きが、一番読めない」
……最悪だ。
「勘違いしないでね」
ユリウスは、手を振る。
「味方じゃない」
「敵でもない」
少しだけ間を置く。
「ただ、見てるだけ」
その言葉は、妙に納得できた。
盤面に触らないが、
情報だけは持っている。
「一つだけ言っとく」
ユリウスが、声を落とす。
「正面から行くと」
「たぶん、死ぬよ」
リィナが、思わず聞いた。
「じゃあ……どうすれば」
ユリウスは指を二本立てた。
「“回収”じゃなくて」
「“返却”を狙う」
「返却……?」
「エルって子はね」
ユリウスは、どこか遠くを見る。
「壊れてるんじゃない」
「固定されてるだけ」
「外せば」
「勝手に転がる」
それだけ言って、彼は一歩下がった。
「今日はここまで」
影が、再び揺らぐ。
「また会おう」
「次は――」
一瞬だけ、
目の奥が読めなくなった。
「君が、どう動いたか」
「分かった頃に」
ユリウスの姿は、音もなく消えた。
静寂が戻る。
誰もいない通路。
警備の流れは、何も変わっていない。
カイルが、舌打ちした。
「……信用できねえな」
「ああ」
俺は短く答えた。
ユリウスのいた場所には、
何も残っていない。
足跡も、
気配も。
ただ――
知っていた、という事実だけが残っている。
リィナが、
紅晶の欠片があった辺りを見つめる。
「……でも」
「嘘は、言ってなかった」
「そうだな」
それだけで十分だった。
信用する理由にはならない。
切る理由にもならない。
そういう人間は、
扱いが難しい。
俺は歩き出す。
管理区画の奥へ向かう動線を、
頭の中でなぞる。
感情は薄い。
判断は速い。
背後で、カイルが小さく笑った。
「なあ」
「嫌な予感ってさ」
「大体、当たるよな」
「……ああ」
通路の先で、
警告灯が一つ、点滅した。
理由は分からない。
原因も不明だ。
ただ、
空気の向きが――
少しだけ変わった。
俺は歩き続ける。
それ以上、
考える必要はなかった。




