第86話 ひよと次郎法師Ⅰ
※ 現在執筆の時間を余り取れない為、投稿を優先して話が短くなっております。また、誤字脱字の確認も不十分です。以上、ご了承ください。
※ 次郎法師(井伊直虎)には様々な説がありますが、本作では通説を参考にしております。
◎遠江国・井伊谷城下 月夜見幻斎
1563年 4月中旬
殿のご命令にて月に一度はこうして井伊谷を訪れては異変が無いか探っておるが、特に変化はなさそうだ。この井伊谷を治める井伊家の当主直親は昨年、謀反の嫌疑を掛けられ、その疑いを晴らす為に駿府へと向かう最中に掛川で、今川家の重臣・朝比奈泰朝の襲撃を受けて殺害された。
そのような事があった為かそれ以降、殿の命にて更に慎重に井伊家を見張っている。
「ふむ、此度も収穫は無し…か。」
夜も更ける時分となり、明日も同様に探りを入れて変化が無ければ引き上げる事を考え始めた矢先、前方より争う音が聞こえる。
何事かと思い、急ぎ音のする方に向かうと、一人の赤子を抱えた女子と尼僧が数人の武士と思われる者たちに取り囲まれておった。
儂は配下の者に指示を出し、囲んでいた者らを静かに始末をし、彼の者らの元へ姿を見せる。そして暗がりで良く分からなかったその姿が、近づくにつれ彼の者らが、我らが密かに見張っておった井伊家の次郎法師殿と、井伊直親殿の奥方ひよ殿とその御子である事が分かった。
「お助け頂き、有難う御座いました。」「有難うございました。」
「お礼には及びません、次郎法師殿にひよ殿。」
儂の言葉に二人の方はびくりと震え、顔には警戒の色が浮かぶ。
「おっと、警戒なさらないで下さい。儂は楠木家にお仕えする月夜見の長である、幻斎と申します。この度は殿のご命令にて、お二人と井伊家の様子を伺っておりました。」
「楠木様の…では…まだ我ら井伊を?」
「そうですな、それ故に二月に一度はこうして井伊谷へお邪魔しておりました。…とまぁ、それよりも一旦この場を離れましょう。このまま此処に居ては危険です。我等の拠点へご案内します。」
お二人と赤子を連れ、拠点の一つである旅籠屋へと入った。それから二階の一番奥の部屋へとお二人をお連れした。
「それで、どうしてあの様な事になっていらしたのですか?当主が誅殺された事と何か関係が?」
「そう…ですね、その前に二つ程訂正を。一つ、私は先日、家督を継いで名を次郎直虎と改めました。二つ、直親様は誅殺ではありません。小野道好による謀反です。確かに朝比奈殿の手により直親様は殺害されましたが、但馬守による諌言が全ての切っ掛けです。織田と内通しているなどとありもせぬ事をでっち上げ、御屋形様(今川氏真)の不安を煽り、手を下させたのです。」
「証拠はありますか?」
「いいえ、物的証拠はありません。ですが、井伊家の実権は既に但馬の手にあり、一番得をしたのも紛れもなくあの者です。それに井伊家を継いだ私を自分の物にしようと様々な手を使い…、それでも首を縦に振らぬ私を見て、最後にはひよ殿と跡取りの虎松を攫い、人質とするように画策し、先程ご覧になられた通り襲撃を受けておりました。」
「ふむ…(前当主の奥方と現当主に手を出した事は、状況証拠としては十分だが、物証も無く問い質せば、知らぬ存ぜぬとしらを切られて終わりとなろう。それに物証があったとしても、それで井伊家の実権を取り戻せるかは未知数だな。)」
これからの動きを如何するべきか、思案に暮れておると、直虎殿が話し掛けてこられた。
「月夜見殿、私共を楠木へとお連れ頂くことは出来ませぬでしょうか?井伊谷を離れる事は口惜しくはありますが、このままではいつまで経っても状況が好転するとは思えません。」
「そうですな、現状ではどのような証拠を揃えようとも、井伊家の実権を取り戻す事は叶わぬでしょう。」
「はい、私もそのように思いました。残念ながら実権は完全に彼奴の手に移っておりますから…。故に以前お誘い頂いた楠木様のお力に縋らせて頂きたく思います。ただあの頃とは違い、既に父も直親様もいらっしゃいませんが、ひよ殿と虎松の身の安全を担保して頂けるのなら、年嵩の身ではありますが、私のこの身を捧げてお仕えする覚悟に御座います。」
「直虎様、私にもその覚悟はあります。」
「ふぅ…、分かり申した。殿がどの様にご判断をされるか判りかねますが、近江八幡まで無事にお連れ致しましょう。」
以前秘事としてお話頂いた殿のお力の事を考えれば、側室は多ければ多い程良いはずだが、殿は積極的に増やそうとは為されていない。故に直虎殿の覚悟は吉と出るか凶と出るか、儂には分からぬ。
それから儂は船の手配の為、湊屋へと繋ぎを取り、三日後の深夜、無事に三人を手配した船に乗せて楠湊へ向けて出立をした。
◎近江国・近江八幡城 楠木正顕
1563年 4月下旬
数日前に幻斎より報せを受け取った。
兼ねてより偵察をさせていた井伊谷で、元次郎法師こと次郎直虎とひよ、そして一歳前後の虎松を保護したとの事だった。史実では直虎が家督を継ぐのは1565年頃だった筈だが、微妙に歴史との相違が出て来ているな。まぁこの事は考えても仕方のない事なので置いておくとして、一行は既に楠湊を離れ一路、近江八幡へ向かっているとの事だった。恐らくこの数日以内には到着するであろう。
確かにこの報せ自体は楠木にとっては目出度い事で、このまま無事に虎松が育てば井伊直政、まぁ歴史の流れが変化しているので、同一人物となるかは分からないが、その者が手に入る事になり、何にしても嬉しい限りだ。
兎も角、その直虎一行がこちらに向かっているのだが、問題が一つある。俺の庇護を受ける代わりに側室として仕えたい旨、希望しているらしく、正直悩ましい問題だ。
俺としては一人で決めるべき話では無いと思い、市と春にありのまま伝え、相談したところ、二人とも彼女らに会って判断したいと申してきた。俺としてもこれから側室を増やす場合、その時点での室全員の了承が無ければ増やさない事を自分の中では決めている事もあって、当然の事ながらそれを了承した。




