第63話 参内・その後Ⅰ
※ 現在執筆の時間を余り取れない為、投稿を優先して話が短くなっております、ご了承ください。
◎伊勢国・楠城 楠木正忠
1560年 2月下旬
正顕が京に上って数日が経過した。今は倅の部屋にて茶を啜りながら城下の様子について話をしていた。
「親父、聞く所によると最近城下では、一般の民も神棚を造って神仏に祈りを捧げているそうだ。しかもその中に正顕の姿を模った木製の像を祭って拝んでいる者もいるそうだぞ。」
「ほぅ…商家なら兎も角、一般の者らが神棚とは珍しいの。しかも正顕を祭っておるとは…。まぁ、あれほど人ならざる力を見せておれば仕方ないやもしれんがの。」
「まぁ何にしても、民の生活に余裕が生まれて来た証左だな。それに、国内の整備…公共事業だったか?それによって河原者や流れ者も、定期的に職を得る事が出来ており、殆どの者が町に定着し始めておる。まぁ、そうで無くとも近隣の国々よりも税が低く、正顕の権能のお陰で飢える事も無く暮らし易いからな。」
確かに正顕の権能は強力だが、それだけでは無いだろう。税を軽くし民の懐を潤す事によって心に余裕が生まれる。そこに関所を廃し、様々な品物の値段を安く流通させ、懐に余裕の出た民の購買意欲を刺激する。確か経済政策が如何とか言っておったな。
「大殿、若殿よりの書状をお持ちしました。」
庭先に月夜見の手の者だろう、巫女の格好をした女子…恐らく歩き巫女であろう者が膝を突き控えていた。
「おぉ、そうか!」
正具は書状を受け取ると、千と市を呼んで来るようにその者に命じた。暫くすると千と市が八重と茜を連れて部屋にやって来た。
「あなた、正顕より書状が届いたそうですが。」
「あぁ、ここにあるぞ。一通は市宛だ、後でゆるりと読めばよい。その前にこちらの書状を読んでみるとしよう。」
正具は書状を広げると、声を出して読み始めた。
「えぇぇと、何々…『詳細については戻った折に話しますので、概要のみお伝えします。まず、楠木家の朝敵指定については取り下げとなり、帝より直々にお詫びのお言葉を頂きました。そしてこの事については朝廷より諸大名や寺社などに宛て書状を送り、周知させるそうです。』…親父、良かったな。これで楠木の汚名は返上された。」
「うむ…これで正成公を始め、ご先祖様方もお喜びになるだろう。」
ようやく楠木家最大の懸案事項が解決を見た。これにより他勢力の楠木を見る目は大きく改善されるであろう。
「続きを読むぞ…『更に官位についてですが、父上に正五位下伊勢守、お爺様に同じく正五位下近江守を賜りました。後日使者が参られる事になりますので、対応はお願いします。』…か、これで我らも官位持ちだな、近江守殿?」
「やかましいわ!お前こそ伊勢守ではないか!」
「おめでとう御座います、あなた、お義父様。」「「「おめでとう御座います。」」」
「うむ、ありがとう。」「わっはっは、少し照れるのぅ。」
正具に言われては素直には喜べんが、千や市らに祝われるのは嬉しい物じゃ。
「あなた、続きを…」
「分かった分かった、えぇぇと…『最後になりますが、帝の姫で在られる春齢女王さまが、再来年の春を目途に…』…。」
そこまで読んだところで、正具の書状を持つ手が震えだした。更に目は血走り、息が荒くなる。
「如何したのじゃ、正具よ!」
「おっ、親父…。正顕の奴が、やりやがった。」
「まったく、要領を得ん奴じゃ、儂に寄越せ!」
そう言って書状を引っ手繰ると、続きを読み始める。
「よし、『最後になりますが、帝の姫で在られる春齢女王さまが、再来年の春を目途に楠木に…降嫁…されます。』…は?」
儂は自分の目がおかしくなったのかと、目を擦り再度書状に目を通す。それでも書状の内容は変わらず、唖然としてしまう。そして続きが気になる千に書状を奪われてしまい、千が続きを読み進めている。
「ふぅ…『因みに殿下は側室での降嫁となり、正室は市のままです。俺の正室は市以外には在り得ません。これは帝を始め、殿下も了承済みです。また降嫁の費用は楠木が全額負担し、これとは別途毎年一万貫の献金を行います。詳細は帰還後お話しますが、堺を回って帰りますので、暫くお待ちください。』だそうですよ、市…良かったわね?」
しかし、参ったわい。何をどうしたら朝敵であった楠木が、春齢女王様の降嫁などと言う幸運に恵まれるのか。世の中はどう転ぶか分からぬ物よの。
◎摂津国・大阪本願寺 楠木正顕
1560年 3月上旬
京の都を出立した我々は淀川を船で下り、大坂で一晩過ごした後に陸路で堺へと入る予定だ。大坂では大阪本願寺(石山本願寺)の者が我らの事を待ち構えており、流石の情報網と言わざるを得なかった。
その者らは特に我らに危害を加える意図は無く、長島願証寺の件もあって、俺に対しては良感情を持っているようだった。我らを食事に招きたいとの事だったので、応じる事にした。
大坂本願寺では浄土真宗本願寺派第11世宗主であり、更に真宗大谷派第11代門主であり、大坂本願寺の住職である顕如殿が門前にて待っていた。十七歳にしてこの肩書の多さである。もっと言えば、関白内大臣・九条稙通卿の猶子であり、室は左大臣・三条公頼卿の三女である如春尼となる。
「ようこそお出でくださりました。拙僧がこの大阪本願寺の住職を務めさせて頂いております、顕如と申します。お見知り置き下さいませ。」
「ご丁寧なごあいさつ、痛み入ります。楠木正顕と申します。此度はお招き頂き、有難うございます。」
お互いに定型的な挨拶を済ませると、顕如殿の案内で寺の内部に足を踏み入れる。内部は流石は本願寺、一向宗の本拠である。寺の周りを堅牢な城壁で囲み、無数の櫓を建てて警戒する。更に周囲に寺内町を形成してそれらを堀と壁で囲み、曲輪としての役目をも持たせている。正に難攻不落といった様相である。
とまぁ、それはさて置き、寺内の一画の離れを今夜の宿泊にと宛がわれた我らは、旅装を解いた暫くの後に夕餉の席にと案内された。
夕餉の席にはどちらが上か下かの優劣は無く、入って右に楠木、左に本願寺と別れ、向かい合わせに並んでおり、それぞれの上座に俺と顕如殿の席が用意されていた。




