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戦国太平記 〜大きな楠の木の下で〜  作者: 流星群
伊勢国統一編

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第27話 六角襲来・その後

◎伊勢国・保々西城 楠木正顕くすのきまさあき

 1559年 5月下旬


 六角の軍勢は六角義治と共に引き上げた。幹軒宗智かいかんけんそうちこと蒲生定秀は和睦の条件は必ず履行する旨を記した文書を残して行ったが、何処まで信用できるか分からない。


 仮に期限を過ぎても履行されなかった場合、六角は攻め滅ぼす、俺の責任において必ずだ。


 よく仏の顔は三度までと言うが、俺には二度目も三度目も存在しない。俺の慈悲、慈愛のほとんどは家族や臣下、庇護下の領民に向けられている。故にそれ以外の者、特に敵対した者に対して与える慈悲や慈愛は欠片も存在し得ない。


 それから、六角義治によって惨殺された親子の遺体だが、俺がインベントリに収納し、何とか見える状態に修復した後、丁重に弔うように満和に命じた。


 また員弁郡で六角に寝返った者たちの末路だが、例の書類の効果もあって、記名血判した家の当主達のうち、やむを得ない事情で寝返った場合を除き、神罰により心の臓が鼓動を止め、一人残らず骸を晒した。少し厳しすぎないかと思う者もいるかも知れないが、その寝返りによって命を失う者が出る可能性があることも事実であり、この事は最初の記名血判の時点で説明済みである事から、覚悟の上での行動なのだろう。


 因みにここにある()()()()()()事情とは、家族を人質に取られた、自身の命を失う状況に追い込まれた等、寝返らなければ自身または家族などの命を失ってしまう状況にあったと()()()()()()()()()という事になる。


 最後にこの時代は連座制が一般的であるため、通常こういった寝返りに関する罰則は一定以上の年齢の男児も処分対象で、酷い場合は女性であっても打首となり得る。しかし俺は連座制は採用しておらず、当人以外は基本的には罰する事はない。


 故に当主以外の者は皆無事ではあるが、領地は全て没収となる。家督を継げる者がいる場合は例の書類への記名血判をした上で、家督の継承を認めるが、継承者がいない場合は家名は断絶となる。


 ここで勘違いして欲しくないのは、俺は戦って死ねと言っている訳ではなく、私利私欲のため…例えば領地を自分たちの物として維持するために敵方に寝返り、楠木を裏切る事を許していないだけだ。


 閑話休題、先の親子の事と同様、様々な後処理は満和に任せて、保々西城の広間に入った俺達は車座に座って話しをしている。


「義兄上、此度の援軍…誠にありがとう御座います。この度のお礼については、落ち着きましたら改めて清須にお邪魔させて頂き、その時にお渡しさせて頂きます。」


「あぁ、時間が出来たら連絡してくれ。盛大にもてなししてやろう。」


「アハハ、ありがとう御座います。それから、父上、お爺様、俺はこの後取って返して大河内へ戻りますので、後を宜しくお願いします。」


「何?!大河内に戻るのか?!」


 三人は俺の顔を見やり、驚きの表情を浮かべる。


「はい、あちらの戦場を後にしてから、まだ半日も経ってはおりません。戦は光秀に任せて来ましたが、流石に決着はついていないと思います。来た時と同じ様に走って戻れば、一刻余りで戻れるでしょう。城が焼け落ちなければ、そのまま大河内城にて論功行賞を行いますので、その様にお願いします。」


「待て待て、折角この後、信長殿をもてなそうと思うておったに、そこまで急いで戻ることはなかろう?」


「いや、饗しの件は御無用に願う。一応今川の件もある故、直ぐに戻るつもりなのだ。」


「うーむ、それは残念だが致し方あるまい…また別の機会とするとしようか…」


 父上とお爺様、特にお爺様は義兄上のことがお気に入りなようで、とても残念そうにしておられた。


 日は西に傾き始め、後少しで夜の帳が降り始めると言った時間帯、俺は保々西城を立ち、大河内城へと戻る。義兄上は俺との近い内での再会を約束し、俺よりも少し早い時間に保々西を立った。


「それでは父上、お爺様、後のことはお願いします。それから、市と母上にも早めに戻る故、心配しないように伝えて下さい。」


「あぁ、分かった、存分に働いてくると良い。それから北畠の扱いについては、宜しく頼むぞ。」


「ええ、分かっております。先方とも大枠に関しては話がついておりますれば、ご心配には及びません。では、行ってまいります。」


 俺は力強く大地を蹴ると、土煙を上げながら大河内城を目指す。後方の憂いは断てた。後は北畠との決着を付けるだけだ。



◎伊勢国・楠城への道程 神宮寺正輝じんぐうじまさてる

 1559年 5月下旬


 俺は騎馬中心の編成にて楠城への道を直走ひたはしっている。


「急げ!…急ぐのだ!!脱落した者は置いて行け!!急ぎ楠城まで戻るのだ!」


 光秀から伝えられた六角軍襲来の報せは、将兵全員の心胆を寒からしめるに十分だった。撤退を進言する者も僅かにいたが、若殿が単身戻られた事や、以降の戦の後事を光秀が託されたこと、俺に兵を率いて戻るように指示が出ていた事により現場の混乱は徐々に収まった。


 俺は兵の中から騎馬を中心に選抜を行い、早々に楠城への帰途についた。


「半数の兵でも戻れれば問題ない!俺達の家を蹂躙される訳には行かんぞ!!」


 俺には未だ嫁がおらん故に、家族は母上一人だ。仮に保々西城が落ちれば楠城までは眼と鼻の先だ。気持ちは逸るが、全力疾走では馬が潰れてしまうので一定の速度で走ることしか出来ん。


(もどかしい時間が続くな…今がだいたい…とりの刻(午後5時~午後7時)あたりか?…ならば楠城にはの刻(午後9時~午後11時)には着けるか?)


「全軍停止!!ここで四半刻しはんときほど休息と致す!次の合図まで休め!」


 それから我らは各々(おのおの)水を飲んだり、握り飯を食ったりと思い思いに過ごす。俺も軽く握り飯を頬張り、水で流し込んでいると眼の前に何かが現れる。


「何者だ?!」


 俺は素早く槍を構え、戦闘態勢を取る。


「おっ?!正輝か?俺だ楠木正顕だ!」


 眼の前には涼しい顔で笑顔を浮かべ、手を振っている若殿が立っておられた。


「えっ…あっ…若殿?!何故この様なところに?!保々西城へ向かわれたのではないのですか?」


「あぁ、それなんだが…既に決着した故、急ぐ必要はない。」


「決着したとは…六角の軍勢に勝ったという事ですか?!」


「あぁそうだ。実は…」


 若殿は保々西での状況をお話され、俺達に無駄足を踏ませたことを詫びられた。


「俺はこのまま大河内まで戻り、状況を見る。」


「では俺もお供します。」


「いや、正輝はこのまま楠城まで戻ってくれ。馬の全力でも俺の足には付いてこれん。それに俺はあちらに戻っても裏から動くに留めるつもりだ。」


 俺は不思議に思い、若殿に意図を問う。


「特に深い理由はないが、此度の戦だが皆にとっては手柄を立てる機会が少なかった様に思う。故に余程のことがない限り、静観を決め込む事にする。それに少し用もあるのでな。」


 確かに俺にとっても戦闘の場面が少なく不完全燃焼は否めない。しかし若殿の命ゆえ仕方ない。


「皆にも此度は手柄を立てる場を奪う形となってしまったが、この埋め合わせは必ずするので許せ!」


「滅相もありません!我らは若殿の命に従うのみです。しからば我らはこの場で暫く休息の後、楠城に向け出立致します。」


「分かった、俺はこのまま向かう故、ゆるりと戻れ。ではな…」


 若殿は信じられない速度で、我らの元を立たれた。正に、聞きしに勝るとはこの事だろう。俺はこのような人を超えるお力を持つお方に仕える事が出来る事に、喜びを感じずには居られなかった。





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