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二十三.協力者がヤバい


「アザミ先輩、確認お願いしますぅ……」


 成人を越えて日の浅い、少女の面影を残す声が柔らかに鼓膜を擽った。応じて顔を上げれば、ほっそりとした指が目の前を通り、手にした書類をデスクに残して引き返す。

 遠慮がちな懇願。頼りなく震えた指先。運び手の慎ましさに反し、運ばれただけの荷は厚かましく机上を支配していた。その高さ、デスクチェアに深く腰掛けた私の目線をわずかに越えるほど。黄ばんだ白い紙にはびっちりと、黒い文字が整列している。


 かつてであれば、臆していた。混沌に渦巻く闇に心を呑まれ、エナジードリンクだけが友達になる。終わりの見えない仕事の山に、対峙するとはそういうことだ。

 されど今の私はマリアアザミ。すました顔で顎を上げ、鎮座する塔をひと睨み。一番上から数枚を摘み取り、分厚い眼鏡のブリッジに中指を添えて目を向ける。悠々と部下の仕事ぶりを確認する姿は、確かな圧を放っていた。――内心では、密かに苦笑していたのだが。

 頼んだ通り、どころかいっそ忠実が過ぎるほど過不足のない仕事ぶりであった。自己顕示欲が一切透けて見えないのは、アポロン神殿所属として恥と罵るべきか、意図を汲んだ仕事ぶりと褒めるべきか。


「注文通りですね。ありがとうございます、プル」


 さして悩む問題でもない。後者を選べば、不安げに眉尻を下げていたプルサティラが安堵に表情を綻ばせた。追加の資料を求めたところ、はにかむ笑みと共に請け負ってくれる。

 浮ついた気持ちを隠しきれない軽やかな足取りで去っていく背中が、彼女の少女然とした雰囲気をより強固なものにして微笑ましい。本当に、本当に、悪巧みさえなければなー……。

 しょっぱい気持ちを手放すべく、見送りはほどほどに留めて書類の確認を再開した。


 ここはアポロン神殿首都本部、神官事務室。デスクワーク特化の我らが戦場である。

 各員専用のデスクを備えた神官のための部屋とはいえ、外回りを主とする我らからすれば無用の長物。綺麗なオフィスに、権威の象徴以上の意味などない。神官の中では筆頭の扱いを受けるマリアアザミは特に顕著で、専用デスクは新品と言って差し支えないほど使い込まれた形跡が見受けられなかった。

 今日も今日とてデスクでやるべき仕事などなく、強いてあげれば本日開催のトークイベントにおける報告書の作成ぐらいだが、記載が必要な情報――グッズ販売の売り上げ報告など――が届くのは早くても明日になる。それも平時と大した差はないだろうし、過去のデータと照らし合わせて多少の調整を加える程度で十分とくれば、一応は草稿をまとめておくか、いっそ退社をするかの二択が残り、それなら退社しちゃおうかな。ホワイト万歳! と、夕食のメニューに思いを馳せる予定であった。


 尊き定時退社が放つ輝き。ほのぼのアフターファイブに抱く夢は、新たな仕事によって露と消えた。


 たとえ体が、世界が変わろうと、社畜の宿命から逃れることは許されないらしい。うらめしや。正規ヒロインとは、とことこんまで悪役ヒロインの邪魔をする、宿痾のような存在なのであった。普通逆じゃないのか? 本当に目障りな小娘である。


 だからといって、消すわけにはいかない。


 当然だ。当たり前のことだ。いかに相容れないとしても、対立は避けられないとしても。手練手管を弄することを常識とし、あらゆる裏工作を可能とする組織に在籍していても、やってはいけないことがある。

 仮に法が許したところで、相手を破滅させて良い理由などどこにもない。

 邪魔をされたくないから消滅させる、なんてのは蛮族の考え方だ。汚物は消毒できても人は消せない。消してはならない。常識と良識だけが取り柄のOLとして、断固拒否の構えを維持する。他者を害するための覚悟なんて持っている訳がない。あっても捨てる。あってたまるか。


 だから、先刻脳裏を過ぎった殺意は、気の迷いに違いないのだ。


 ストレスがピークに達したが故の破壊衝動なんぞ珍しくもない。OLとて、上司の無茶振りを受ければ弊社爆発しろと強く念じてブラックコーヒーを一気飲みし、力任せに握り潰した紙コップをゴミ箱に向かってダンクシュートぶちかましていた。発散方法に差異あれど、社畜にとってはあるあるなネタである。

 もちろん、本当に爆発したりしない。妄想の中でささやかな鬱憤を晴らすだけだ。わざわざ爆弾の生成方法を調べる社畜も少数派だろう。たぶん。気のせい気のせい。


 ふふ、と零れた笑いは乾き切っていた。後ろを通りがかった同僚神官が、ひっと短い悲鳴を漏らし、首を竦めて足早に離れていく。はて、怪奇現象でも起きたか。是非ともお話を伺いたい。みえる人であるのなら、憑いているか、憑いていないかだけでも確認してはくれないか。


――消してやる。


 神官長室の前で、私は確かに呟いた。

 OLがかつて弊社に抱いた敵意とは異なる、クソガキコンビが吠え立てた喧嘩上等の戦意とも異なる、実行の意思が込められた、本物の殺意だった。あれはこの肉体の持ち主、ゲーム本編通りの悪役ヒロイン――本来のマリアアザミ、そのものの思考だと思われる。


 アイチャン曰く、現状この魂は中途半端に混ざっている状態だとか。今はOLが表層に出ているが、何分不安定であるそうなので、ふとした拍子で反転し、悪役神官アザミに主導権が戻る可能性も否めない。

 困難な状況下、それもアリかもしれないが、再び反転する可能性も否定できず、悪逆非道を尽くされた後でOLに戻ってしまうと非常に困る。

 かくなる上は人格が移っても問題ないような、悪巧みより旨味のある正攻法を確立するしかない。


 先手は取られた。主導権もゼウス神殿直々の命によりあちらのものとなったが、諦めるには早すぎる。所詮は序列下位、規模の大きな催しとは無縁の木っ端神殿が初の試みである合同神事を成功に導けるなど、上も考えちゃいないだろう。その点、我々には序列をひっくり返すほどの実績、それに至るためのノウハウがある。

 合同神事が失敗に終わればアルテミス神殿の名声は地に落ちる。それだけなら良い。それだけに留まらず、アポロン神殿にまで飛び火する可能性が極めて高い以上、出し惜しみは許されない。

 では、アポロン神殿は大人しくアルテミス神殿のサポートに徹するほかないのだろうか? 答えは否である。相手方に栄誉を奪われようと、抜け目なく実利を貪ってこそのアポロン神殿。ゼウス神殿はそこまで当て込んだ上で、我らに白羽の矢を立てたのだ。嬉しくない信頼だ。その通り動かなければならぬ身にもなってくれ。


 神官長も概ね私と同じ考えを持っており、ゼウス神殿の意向に沿った行動を提案するとあっさり許可を出してくれた。無論、両手を挙げての大賛成ではない。ガッツリ稼げと念押しされた。言われるまでもない。

 日和見を良しとし、中途半端な献策をすればフリージアの天下が訪れ、神官長に疑念を持たれる。正攻法かつ容赦なく、アポロン神殿の利益になるよう動かねば私に明日はない。まずは情報収集だ。


「アザミ先輩ぃ、お持ちしましたぁ」


「早かったですね、プル」


 こういうとき、頼れる後輩の存在は本当に有り難いものだ。

 新人神官の主な仕事は小間使いだが、閑古鳥が支配する神官事務室が待機場所に指定されている以上、暇を持て余す日もままある。新人であるプルサティラも例に漏れず所在なさげにしていたので、遠慮なく仕事を割り振った。おかげで資料確認に集中できている。


 プルサティラは何を頼んでも嬉しそうに引き受けてくれるが、ほどほどにせねばなるまい。先日食事を共にした帰り、少し階段を上っただけで早々にバテた姿を目にしたばかりだ。

 体力に乏しい彼女のため、心持ちゆったりと紙を捲り休憩時間に当ててやる。椅子を勧めてやれれば尚良いが、あまりフレンドリーに接しすぎて悪役ヒロインとしてのイメージが崩壊するのはマズい。

 マリアアザミに付け入るスキ有り、筆頭神官恐るるに足らず……などと判断されては非常に困る。アポロン神殿所属は総員、上昇志向に秀でているのだ。下剋上はされる方が悪いというのがスローガン。


 一個人だけをあからさまに重用するのも本来避けるべきなのだが、プルサティラであれば今のところ心配無用だろう。

 新人である彼女が妙な気を起こせば、先達らの結託を招き、敵を増やす結果になりかねない。また、以前昼食を共にした際は私に情報を捧げる形で取り入る姿勢を見せてきた。まだまだヒヨッコであるプルサティラではマリアアザミの威を借りて、足場硬めを目論むぐらいが関の山。現状、神官の中では一番安全だ。


 読み終えた資料の縁をデスクに打ち付け整える。横目に見遣ったプルサティラは表情にこそ出さないものの、呼吸はやや途切れがちで、そこはかとなく顔色も悪い。

 体力不足が心配だが、意のままに動く手駒は魅力的。合格だ。


「プル。あなたには、色々と頼みたいことがあります」


「はいぃ……なんなりとぉ……おっしゃって……下さいぃ……」


 声が本当に疲れていた。心苦しいが、彼女にはこれから大いに働いて貰わねばならない。でも、さすがに、お水ぐらいは飲ませてやりたい。悪役らしい休憩のさせ方って、なにかあったかな……。


 ◆


 この世界において、時間外労働は狂気の沙汰として扱われる。気が触れたか、時間内に仕事を終えられない無能であると喧伝する物好きか。いずれにせよ、定時を越えてもデスクに齧りつき、延々と職務に励むような人間に向けられる、余人からの評価はすこぶる悪い。

 ファンタジー異世界にブラックを持ち込む非道も気が進まず、定時にはプルサティラを解放し、私も終業を選択する。ある程度の目処は付けた。細かい調整は明日に持ち越すことにして、自宅のドアを開け放ち、


「うげえぇぇぇぇぇぇぇぇぇえッッッ!!」


 悲哀を掻き立てる、マスコットキャラクターの咆哮に出迎えられた。


 一日の労働を終えたとき、人が求める最たるものは何だろうか。

 甘味で疲れを癒やす者がいれば、厄払いの如く酒を浴びる者がいる。疲労など熱い湯に浸かれば汗と共に排出できると豪語する者がいて、湯よりもサウナを欲した者ならアフターファイブはロウリュでアウフグース、ヴィヒタにウィスキングがチラーでグルシン、ラドルを手にしたトントゥがフィーバータイムで整い始め……。

 兎にも角にも、余暇の過ごし方なんてものは人によって様々だ。


 ちなみにこちらのOL、終業時間は終電ギリギリ、あるいはオーバー。会社に泊まり込み当たり前。休日出勤も当たり前。連勤記録を更新し続け、昼休憩もあってないような社畜ぶりだったので、時間も体力も日常的に枯渇していた。

 夕食もおざなりに帰宅するなりベッドへダイブ。余暇のすべてを睡眠時間に当て込んでも回復は追いつかず、大体にして休息とは体だけでは到底足りぬ、心に栄養素を注ぎ込まねば如何ともし難いと気づくのは乙女ゲームに出会ってからの話だ。以降は強引に時間をこさえ、発泡酒片手に乙女ゲームを嗜むことで日々の気力を養ってきた。

 ゲーム機の存在しない今生では叶わぬ趣味となってしまったが、疲れ切ったOLの魂は夕食作りひとつ取っても十分な息抜きとなる。さらば、十秒チャージ。ありがとう、豊かな食生活。とはいえ食道楽に傾倒する気はないので、ゆくゆくはファンタジー異世界らしい、華やかかつ優雅な余暇の楽しみを見つけられれば良いのだが……。


「うげっ、うげっ、うげぇっ、げっ! うげえぇ……!」


 間違っても、ファンタジー異世界らしい謎生物と過ごすアフターファイブを日常にしてはならないと、固く心を戒める。いやだ、こんな当たり前。

 リビングのど真ん中にて、もちっとしたフォルムを苦しげに屈めたマスコットキャラクターの嘔吐反射はもはや嗚咽に近く、見る者の心に憐憫を誘う。中身が出ていないことを祈るばかりである。掃除の手間が増えてしまう。


「……ただいま帰りました」


 一応の礼儀として帰宅を告げて、洗面所にて手洗いうがいを入念に。次に台所へ向かい冷蔵庫の中身をチェックする。さて、夕食は何にしようか。おっとベーコンの期限が近い。じゃがいももあるし、胡椒たっぷりのジャーマンポテトなんて良いんじゃなかろうか。余っている野菜も入れてしまおうかな。寄せ集めポテト炒め、決定の瞬間である。


「……オマエ……なんも言うコト……ないアル……?」


 材料を並べる背中に、やっと衝動を落ち着かせたアイチャンの声が届く。憔悴を拭いきれない、息も絶え絶えといった具合の問いかけに、溜め息を堪えて返事をした。


「ただいま帰りました」


「アホアルか!」


 ぺしーん! と響く乾いた音に目をやると、いつの間に移動したのか、キッチンカウンターに乗るアイチャンがちいさなおててで天板をはたいていた。


「普通、チョットは気にしたり心配したりとかするもんアル! 人のココロが無いアルか!」


「そうはおっしゃいますが、既に元気を取り戻されたご様子。良かったですね」


「わかったアル! 無いアルな! このヒトデナシ! アル!」


 地団駄踏んで全身で怒りを表現するマスコットの姿に、今度こそ躊躇わず溜め息を吐いた。ちょっと煽ればすぐ復調する単純さが、今ばかりは羨ましい。

 そもそも。


「あなたが悪阻に苦しむお姿は、既に見慣れてしまいましたし」


「産むと思ってるアル!? んなワケないアル! 誰のせいだと思ってるアル!」


「はいはい、わたくしとの契約のせいですね。申し訳御座いませんね」


 このマスコット、喚くかえずくかの二択しかないのだろうか。人工知能だってもっとまともな応答ができるというのに、時代遅れなことである。この世界に人工知能はないけども。

 中身が悪属性とはいえ懐いてくれるプルサティラには湧く情も、取り繕う必要のないマスコット相手であれば底をつく。雑にあしらってキッチンに向き直る私の背中に抗議の視線が突き刺さるのを感じるが、取り合って貰えるだけ有り難いと思って欲しい。今日はお騒がせヒロインのせいで倍以上の疲労を感じている。この苦境、明日以降も続くところが悩ましい。残り物の寄せ集めではなく、ちょっと豪華な夕食で英気を養うべきだろうか。買い出しが面倒臭いので、明日以降のどこかで。


「オマエ、ヒトゴトみたいに言うアルけど、ボクの体調不良がオマエ絡みって、ちゃんとわかってるアル?」


「はいはい。わたくしのせいですね。契約解消に関しましては、仕事に無理のない範囲でお手伝いさせて頂きますのでもうしばらくご辛抱下さいませ」


「心の籠らないゴメンナサイと、中身の伴わないオヤクソク……。オマエ、もすこし、誠意とか。……難しいアルか。難しいアルな……」


 背中に刺さる視線が険を潜める代わりにしょっぱいものへと軟化していく。腹立たしいが、いちいち構うと長いのだ。しみじみ呟くアイチャンなど無視して調理を進めるべきだろう。

 じゃがいもを洗い、皮を剥く。手の中で芋を回しながら包丁の刃先を当てれば、シャリ、シャリ、と小気味良い音が断続的に響いた。


「オマエの不誠実はもう仕方ないアルけど、ボクの話を聞き入れる度量……も難しいかもアルけど、ちょっとは考える頭を養うべきアル」


 芋の皮剥きには、でこぼことした形状に手元を狂わせぬよう、それなりの集中力が求められる。だというのに、口の減らないマスコットは尚もこちらを謗ってくる。皮剥きの済んだ芋を、水の張ったボウルに落とした。ぼちゃん。重石要らずで手軽である。生物であればこうはいかない。沈む黄色を見下ろして危険な思考が脳裏を過り、よろしくない、大変よろしくないと首を振る。

 極端な結論が出やすくなっている。悪役ヒロインになどなりたくない。平和が一番。仕事は二番。いや社畜にもなりたくない。どうしろと。

 混迷しつつあった思考を引き裂いたのは、アイチャンのいつもの「うげえ」であった。辟易する私を大きく上回る、疲れ切った声がまだ続く。


「ボクがこうなるのは、オマエの魂が安定してないからアル。だいたいいっつも安定してないアルけど、今日はもっとヒドいアル。危険信号って意味アルよ。ほどほどにしろっていつも言ってるアルのに、オマエちっとも聞かんアル。死にたいアル? これあと何回言えば良いアル。たぶんもうそんなに言えないアル。死ぬアル」


 忠告が諦念になり、それきりアイチャンは黙り込んでしまった。ちら、と肩越しに一瞥送ると、ばっちり目が合う。一瞬たりとも逸らされぬ、蛍光灯を反射して黒々と輝く瞳の中、映る女がこちらを見ていた。

 不快げに寄った眉。かさついた唇は何かを押し殺すように、真一文字に引き結ばれている。視線に宿る険は、分厚い眼鏡越しだろうと隠せない。陰気な立ち姿は、ゲーム画面越しに何度も目にした。記憶に齟齬はない。合致している。……だというのに、肉眼で見ると印象がまるで異なっていた。

 まるで、不貞腐れてでもいるような。


「……わかっては、います」


「ええ〜……ホントにアルかぁ……?」


「わかっていても、どうにもならないこともあるでしょう?」


 好き勝手動き回るフリージア。無茶を言い出すゼウス神殿。こちらの意志を尊重するようでいて、結局は判断を丸投げしてくるアクイレギア。相次ぐトラブルを乗り越えてやっとの思いで家に帰れば、えずき癖のある謎生物が待ち構えている。ストレス源が絶えず襲いかかってくるのだ。勤労時間がホワイトでも、環境が劣悪では意味がない。

 加えて、本来の体の持ち主が抱くと思しき反射的な嫌悪と悪意。OLの意志とは無関係に発露して、肉体と精神のちぐはぐさに生じる負担は溜まる一方である。今のままでは魂以前の問題として、ストレス地獄によるバッドエンドを創造してしまう。やはり謎生物だけでも、屠ってしまうわけにはいかないだろうか……。


「うげえ」


 鏖殺主義に反応したらしいアイチャンが、恨めしげに睨めつけてきた。極端思考の癖は、戒めようと止まらない。危険だ。でも、反射的に浮かぶのだ。どうしようかな、ほんと……。


 ◆


 翌朝。家を出ようと玄関口に立つ私に、アイチャンが両手を差し出した。丸っとしたフォルムが掲げ持つのは、ヤツの運搬に使用した巾着である。


「オマエ、いくら言っても聞かないアルから、やっぱり着いていくことにするアル」


「憑いてくる……おつもりですか……」


「オマエ、失礼な言い換えしてるアル?」


 にゅっと顔の中心に皺を寄せるアイチャンだが、引く気は一切ない様子だ。


「ボクがいれば、オマエが魂を粗雑に扱うたび、教えるコトができるアル」


「こういう言い方はなんですけど、わたくしが死ねば契約が解消され、あなたにとって都合が良いのでは?」


「……契約は迷惑アルけど、契約者があっという間に死ぬのも迷惑アル。神の御使いの名折れアル。もすこし生きてから死ぬアル」


 非情かつ自分勝手な物言いをするアイチャンは、棒立ちの私に焦れたのか小さな羽をばたつかせ強引に巾着を持たせてくる。


「また神官長に踏まれますよ」


「ちょっとは庇う気概を見せるアル! ヤバそうなら……んー……そのときだけ席外すアル」


 巾着の紐を私の手首にぐるぐると巻き付け、アイチャンは袋の中に吸い込まれるようにして姿を消した。ヤツには確かに質量があったはずなのに、驚くほど軽い。気持ちの悪い生態である。


「……」


 置いていきたいが、この様子では勝手に同行しかねない。今日ばかりは、居所を掴めないのは悪手といえる。

 やむを得ず、私はマスコットの吸着した巾着片手に、出勤することにしたのだった。


 そしてアポロン神殿に到着するなり更衣室の自分のロッカーに巾着を突っ込み、鍵を掛け、外出した。

 


「えー! トリガラコンビは!? いないの? なんでよ!」


 今日はアルテミス神殿に出向き、フリージアと打ち合わせをしなければならないのである。

 自宅ではマスコット、出先ではヒロインのキンキン声がお出迎えときた。ストレス回避の道のりは、遠い。

 

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