お別れのパーティー(中編)
マレウス様の言葉に今度は慰めようとしていた子息達から声が上がります。
「なんで僕達まで!」
「そうだ、そんな契約をした覚えはないですよマレウス様!」
「残念だが、君達の親がきちんと契約書にサインをした。息子を勘当する、平民として北の領地にお供させてほしいという嘆願書付きでな」
「そんなの勝手だ!」
「そうだ、そんなもの無効だ!」
「勘当なんて冗談じゃない!」
「喚いてもこれは正式な書類として受理されている。お前達は今はもう貴族籍ではないただの平民だ」
「そんな」
「あんまりだ」
「俺が何をしたっていうんだ」
口々に言う言葉に、マレウス様が鼻で笑いました。
「俺が何も知らないと思うなよ? 言ったはずだな、『ティアンカの仲のいいお友達』だと」
マレウス様の言葉に何かに気が付いたのか、三人の男子生徒の顔色が青くなります。
さて、彼らは何をしたのでしょうね?
流石にそこまではわたくしは知りませんわ。
わたくしだってすべての情報を集めたわけではありませんもの。
「愛人となる令嬢との契約も済んでいる。みんなで仲良く北の領地に行こうじゃないか」
「は!? 愛人? どういうことですか!」
「ティアンカに仲のいいお友達がいるように、俺にも仲のいい女友達が居てもおかしくはないだろう? 彼女達には申し訳ないが、愛人契約を結んで早期退学をしてもらって一緒に北の領地に行くことになっている」
「信じられない! 婚姻したばっかりなのにもう愛人!? 常識を疑います!」
「しかし、もう契約は済んでいる。これも王宮に提出して正式に処理されているから今更無効には出来ない」
マレウス様の言葉に、絶句していたかと思うと、急にわたくしの方を見てギロリと睨みつけてきました。
「お姉様のせいですね」
「何のことでしょうか?」
「全部お姉様が企んだんだわ!」
「言いがかりですわね、全て、皆様の意思とご実家の意思で行われた事ではありませんか」
にっこりと微笑んで言えば、こちらに走って来てバンッと間にあるテーブルを思いっきり叩きました。
その衝撃でワインの入ったグラスが倒れ、真っ白いテーブルクロスが赤く染まっていきます。
「死ねっ死ねっ死ねっ! お姉様なんか死んじゃえ!」
「……愚かな」
激高した声とは正反対の冷たく低いわたくしの声が会場に響きました。
「お前がわたくしの死を望むのは自由です。人の意思まで変えようとは思いませんもの。ですが、口にしていいか悪いかの区別ぐらい付けるべきですわね。男爵子息夫人如きが、侯爵子息夫人であるわたくしに向かって死ねとは、自分の首を絞めているとわかりませんの?」
「うるさいっうるさいっうるさい! 全部お姉様が悪いのよ! お姉様が居なければよかったのよ! そうすればお母さんだって死ななかったわ!」
「わたくしとお前の母親の死に何の因果があるというのです」
「お姉様が生まれたせいで、お父様がお母さんのことを忘れたのよ!」
「馬鹿らしい、お父様は通りすがりに一夜買っただけの下級娼婦などそもそも記憶に残っていませんでしたわよ」
「嘘よ! 全部お姉様が悪いんだわ!」
バンバンとテーブルを叩くたびにグラスが揺れ、中に残ってたワインがどんどんとこぼれていきます。
こぼれたワインはテーブルクロスを伝い床にまで落ちてしまっていますわね。
「私は忘れない! 絶対に忘れない! お姉様がお母さんを殺したんだわ! わたしを、貶めたのよ! お姉様は私を初めてみた時こういったのよ『みすぼらしい』って! 母親が死んで、残された手掛かりでやっと父親のもとに辿り着いた私に向かってそう言ったのよ!」
「そんなこと、言いましたか? まあ、言ったかもしれませんがだからなんです? 事実を述べただけでしょう?」
「ふざけないで! あの時私がどんな思いをしたか知りもしないくせに!」
「そんなもの、興味ありませんわね」
「っ! そうやって、そうやってお姉様はいつも私を踏みにじるんだわ! 私の努力も、プライドも、幸せも、なにもかも!」
「プライドや幸せはともかく、努力? お前が努力をしたと?」
「そうよ! 私は頑張ったわ! 努力した! でも、お姉様がそれを邪魔したのよ!」
「人のせいにするなど、無様でしてよ。お前の努力など、他の令嬢に比べれば児戯に等しい物です。お前がしたと思っている何十倍の努力を他の令嬢はしているのです」
「嘘よ!」
「事実ですわ。お前がくだらないと言って逃げていた講義をしっかりと受け、貴族の令嬢達は水面下で必死にもがいて努力をしているのです。お前はうわべだけを見ていたようですけどね。言われたはずです。努力無くして高位貴族令嬢は務まらないと。お母様にも講師にも、そしてこのわたくしにも」
「しらないっしらないっしらないっ! そんなものしらないっ!」
叫ぶその背中にマレウス様が手を添えました。