マタニティーブルー
ミリアが倒れたと聞いて、急ぎ王宮に向かいお見舞いをしたわたくしは、倒れた原因をミリアから聞いて呆れてため息を出してしまいました。
「馬鹿ですわねえ」
「う……」
「貴女のお父様の考えはわたくしにはわかりませんが、貴女は次代の王の母親、すなわち国母となるのですよ。それが王族でなくて何だというのです? 王族を産んだ妃を簡単に放り出す程王宮は冷酷な場所ではございませんわよ」
「それは、ちゃんと考えればそうだってわかるんだけど、お父様に言われた時はその事で頭がいっぱいになってしまって、どうしようもなくなってしまったのよ」
「お馬鹿ですわね。あまり難しい事を考えるのは胎教とやらに悪いと言ったのはミリアでしょう。くだらない事を考えずに貴女は楽しい事を考えていればよろしいのですわ。楽師を呼んで音楽を奏でさせて心を安らげるのもいいかもしれませんわね」
「そうね」
口ではもう大丈夫だとでも言いたそうなミリアですが、表情は暗いままです。
これでは確かにサフィール様が心配するはずですわね。
ベッドの上で上半身を起こした状態のミリアはわたくしに視線を合わせていますが、時折迷うようにそらされたり、揺れ動いております。
またハツカネズミをしておりますのね。
わたくしは腕を伸ばしてミリアの額を指でピンッと弾きました。
「痛っ、なに?」
「グルグルグルグルと、くだらない事を考えているようでしたので、つい」
「酷いわね」
「どうせわたくしの子供と異性の子供を産まなくちゃいけないとか、男の子を望まれているとか、そんな事を考えているのでしょう?」
「それは、そう、だけど……」
「ミリア、わたくしは沢山子供を産むつもりですわ」
「うん?」
「その子供が全員同じ性別なんて、確率的にほとんどありえないでしょう?」
「まあ、そうね。かなり低いと思うわ、なくはないとも思うけど」
「だから、貴女は何も心配することはありませんの。ちゃんとわたくしが貴女の親友として貴女をフォローして差し上げますわ。それに、女の子だっていいじゃないですか。歴代の女王は皆様、素晴らしい功績を残していらっしゃいますわよ」
「そうね」
「貴女はもっと自分に自信を持つべきですわ。胸を張って前を見てごらんなさい、と言いましたでしょう。世界は広く美しいのです。いつまでもハツカネズミなどしていないで、新しい可能性を模索した方が余程効率的ですわよ」
「うっ……。わかったわ、頑張ってみるわ」
「そうなさいませ。さて、わたくしはそろそろ失礼しますわね」
「もう行ってしまうの?」
「何をそんな捨てられた子供のような顔をしていますの。具合の悪い方の休息を長々と邪魔するわけにはいかないでしょう。それに、わたくしはこの後サフィール様とお話がございますのよ」
「サフィール様と? 何かの悪だくみ?」
「さあ、どうでしょうね?」
そう言ってわたくしがクスリと笑うと、ミリアがやっと笑顔を見せてくださいました。
◇ ◇ ◇
「シシリア、わざわざありがとう。僕もフォローに入ったけどやっぱりシシリアの方が効果がありそうだ」
「おほめ頂きありがとうございます」
わたくしはサフィール様のお部屋でハーブティーを頂いております。
「それにしても、ミリアのお父様はミリアにあまりいい影響を与えないようですわね」
「優秀な人材だけど、家の繁栄が心の拠り所のような人らしいからね」
「今後もこのようなことがあっては困りますわ」
「……すぐには、無理かな」
「あら、孫の顔を見ずにお亡くなりになるなんてお気の毒な事を言うつもりはありませんわよ?」
「そう? シシリアの事だから今すぐにでもとか言うかと思ったよ」
「わたくしはそこまで気が短くはありませんわよ」
「どうかな?」
サフィール様はおかしそうに笑うとティーカップを持ちあげて紅茶を一口飲みました。
「それで、あちらの方はどうなっておりまして?」
「禁断症状が出始めているようだね」
「やはりそうですか」
「マレウスは僕の子供が生まれてシシリアの子供も生まれてしばらくしたら、正式に王籍を抜けて北の辺境伯の親族の男爵家の養子に入ることになったそうだよ。まあ、学園がある間は王宮で過ごすことになるけどね」
「では、婚姻の方はどうなりますの?」
「男爵家の養子になったらすぐに婚姻届けを出すそうだよ。婚姻式については決めていないと言うか、しないんじゃないかな」
「そうですか」
「まあ、成功するとはとてもじゃないけど思えないからね」
「マレウス様はともかく、あの子では覚悟が足りそうにありませんものね」
「うん」
頷いて手に取ったフィナンシェを齧るサフィール様は一瞬だけ視線を彷徨わせると、再びわたくしに視線を合わせました。
「僕としては、ティアンカ嬢がどうなろうとどうでもいいけど、マレウスはどう思うかな?」
「さあ? けれども黄金の籠の蝶を使うあたり、いくら解毒薬を用意していたとはいえ、結果は変わらなかったのではありませんか?」
「はあ、僕の弟も従姉妹姫も恐ろしいなあ」
「何をおっしゃいますの。サフィール様も十分に恐ろしいではありませんか。平然とした顔で毒を盛るのですからね」
「そりゃ、僕はこれでも王族だからね」
そう言って笑うサフィール様の顔は、いつもの穏やかな微笑みではなく、王族らしい冷たい微笑みでございました。
恐らくミリアも見たことの無いこの微笑みを、サフィール様は一生ミリアに隠していくつもりなのでしょう。
優しいこの方は、わたくしの事を愛していますが、それでもミリアの事を大事に思っているのですからね。
まあ、そうでなければわたくしの大切な親友を嫁になど差し上げませんでしたけれども。
◇ ◇ ◇
その後もミリアは何度も倒れ、妊娠初期の調子の良さは何処に行ったのかと思えるほど食が細くなり痩せていっているとの話を聞き、わたくしは出来る限りミリアに会いに行き、その度に励ましましたが、その効果は一時的なものでしかなく、ミリアは部屋にこもりがちになってしまっているのだそうです。
まったく、わたくしに運動をしなさすぎるのもよくないと言ったのはミリアですのに、困った人ですわね。
けれども、わたくしも流石にお腹が大きくなってきてルツァンド様に外に出ないように言われてしまいましたのでミリアのお見舞いに行くことが出来なくなってしまい、心配をしていたところにミリアが産気づいたという知らせが入って来ました。
予定日よりも二週間も早い状況に王宮内は慌ただしくなったようでございますが、こうなってしまえばあとは無事に生まれてくることを神に祈るしかないとルツァンド様が帰って来ておっしゃいましたので、わたくしはその言葉に頷いて、神にミリアの子供が無事に生まれることを祈りました。