春のお茶会
「最近、モストロム侯爵家に医師が頻繁に出入りしているようだけど、何かあるのかい?」
「あらまあ、お耳が早いですわね。季節の変わり目でございましょう? 体調を崩す使用人が居りますの」
「ふーん?」
探るようなサフィール様の視線を受けながらわたくしはローズヒップティーを一口飲みました。
最近気に入っていると前回言ったからか、本日用意されているあたりは流石と言う所でしょうか。
ティーカップをテーブルの上に戻し、ラズベリーソースのかかったレアチーズケーキにフォークを入れて一口大にするとそれを優雅に口に持っていきます。
「まあ、シシリアに何もなければ僕はどうでもいいんだけどね」
「ええ、ご心配なさらずとも大丈夫ですわ」
「心配はしてるけどね」
「あらどうしてです?」
「使用人から病が移ったら大変じゃないか」
「ああ、それもそうですわね」
クスリと笑ったわたくしに、どこか納得のいかないというような顔をしたサフィール様はカモミールティーを一口飲んでため息を吐き出しました。
「どうなさいましたの?」
「効果が出過ぎている気がするなぁって思って」
「秘薬の扱いなのですから、慎重をきすべきなのではございませんか?」
「慎重にしているつもりなんだけど、相性がいいのか想像以上の結果を出しているんだよ」
「では量を減らしては如何です?」
「それは今調整中」
「弟のフォローと言うのも大変ですわね」
「まったくだよ。本当に、なんでこんな馬鹿な手段を取ったんだろうね」
「まあ、半分とはいえわたくしと同じ血を引いておりますから、情が湧いたのかもしれませんわよ」
「はっ、それはないね」
「あら、言いきれますの?」
「もちろん、これでも兄弟だ。多少の感情はわかるよ。シシリアだってグリアムの事は多少はわかるし、フォローもするだろう?」
「否定はしませんわね」
その結果が今なのですから、サフィール様の言葉も確かにそうなのかもしれませんわね。
けれども……。
「黄金の籠の蝶、ですか。よくもまあ、そんなものを知っていましたわよね」
「必死に調べたんじゃないかな? 一時期マレウスが禁書庫に出入りしていたという記録があったよ」
「血濡れの王様のおとぎ話を知らないわけではないでしょうに、それでもあの子に使おうとするなんて、残酷ですわよね」
「北に連れて行った後に薬を抜く方法も調べていたみたいだよ」
「それが、新月の雫、ですか」
「そうだね。一応、理論的には薬は抜けるよ」
「副作用を考えなければ、でしょう?」
クスリと笑うわたくしにサフィール様は同じようにクスリと笑いました。
一応、新月の雫、も用意させていると聞いていますが、黄金の籠の蝶を抜く際の副作用に、ティアンカが耐えられるとは思えませんので、解毒は難しいのではないでしょうか?
それはもう、苦しい幻覚に悩まされると聞いておりますもの、あの子の精神がそれに耐えられるとは思えませんわ。
「シシリア」
「なんでしょうか?」
「ルツァンド様とはうまくいってる?」
「ええ、もちろんですわ」
「それならよかった。うまくいってないなんて言われたらどうしようかと思ったよ」
「あら、物騒ですわね。具体的にはどうするおつもりでして?」「毒でも盛っちゃおうかな?」
「サフィール様でしたらどのような毒でも手に入るでしょうね」
「これでも医療機関のトップだからね。まあ、いつまで続けられるかは知らないけど」
サフィール様は生きることに執着はしておりません。
けれども、死を望んでいるわけでもございません。
出来る限りの手段を使って生き、それでもだめなら死を受け入れる、そういう方なのです。
そこが好ましいと思えてしまうあたり、わたくしも身内に甘いですわね。
「ねえ、シシリア」
「なんでしょうか?」
「愛してるよ」
「知っておりましてよ」
「うん、そうだよね。だって、僕は君に何度も愛を伝えているんだから」
「そうですわね。何度言われても構いませんわよ」
「そう? じゃあこれからも愛を伝え続けるよ」
「どうぞ」
ふわりと窓から風が吹き込んできて春の香りを運んできます。
「あーあ、僕だけのお姫様だったのになあ」
「残念でしたわね」
「まあしかたがないよね。シシリアが選んだ道なんだし、僕はそれを出来る限りバックアップするだけだよ」
「頼もしいお言葉ですわ」
「でも」
「なんでしょう?」
「最期を選ぶのは、シシリア自身だ」
「あたりまえですわね」
ふわりとわたくしの頬を撫でていく春の風が心地よく目を細めてそう言いますと、サフィール様は何処か苦しそうな顔をなさいました。
「羨ましいなぁ」
その呟きは小さすぎて聞き逃してしまいそうなものでございましたが、わたくしの耳にはしっかりと届いてしまい、わたくしは思わず苦笑してしまいました。